13.雪原の家
雪原は毎日のようにファミレスに来ているが、家で夕飯を食べなくていいのかと聞くと「ファミレスで友達と勉強すると言って出てきてるから大丈夫」と言う。
「勉強なんてしてないじゃん」
と突っ込むと、
「じゃあ勉強しに行こうよ」
と言われ、宿題を片付ける必要もあるので図書館に行くことになった。
俺のバイトが休みの日、昼過ぎから二人で図書館に行った。
俺にとって、夏休みにこんなにずっと友達と過ごすのは小学生の頃以来のことだ。
俺たちは自習室で隣同士座って宿題を進めていた。
「ここ、教えて」
集中していると、突然耳元で雪原が囁いた。顔がすぐ隣にある。俺は驚いて思わず体を引いた。すると雪原はまた近づいて俺の肩に手を置いた。
「ここ」
雪原はペンで俺の教科書を指している。
熱い。近い。熱い。
「こ……れはたぶんこう……」
俺は雪原にノートを見せた。
「写さして」
雪原がノートを書く間、ずっと腕がくっついていた。
ずっと友達がいなかったせいで、俺は友達の距離感が分からない。意識する方がおかしいのだろうか。
「ありがと」
雪原が俺の顔をじっと見てお礼を言った。顔が整いすぎている。
「図書館だと話せないからつまんないな」
また耳元で囁いてきた。俺も図書館では身が持たなそうだ。
「そうだ、俺んちで勉強しない?」
「え?」
「クソ兄貴は出かけて明日までいないらしい。さっき連絡があった」
雪原は心底嬉しそうだ。
「ね、来てよ。母さんと父さんは仕事だし」
俺が迷う暇もなく、雪原は自分の荷物を片付け出した。
「ほら、早く」
「は……? 待てよ……」
俺は焦ってガタガタと荷物をまとめた。
「ほんとに行くのか!?」
「うん、こっから歩いて二十分くらい」
雪原は図書館を出てズンズン歩いて行った。
「お前って……強引だよな。我が強いっていうか我儘っていうか……」
俺が呆れながら言うと、雪原は「まぁ我慢は苦手」と笑っていた。
雪原の家は駅前のマンションだった。二十七階建ての二十七階。エントランスは俺の家以上に広くて、エレベーターで上がると通路には絨毯が敷いてある。
「ここ、ホテル?」
俺が尋ねると雪原は、
「え? マンションだよ。普通に」
と笑って答えた。
部屋に着くと雪原が来客用のスリッパを出してくれて、広々としたリビングに通された。室内には額縁に入った絵や生花が飾ってある。俺の家とは何もかも違いすぎて落ち着かない。俺はソファの端に浅く腰掛けた。
「何か飲む?」
「み……みず」
俺は雪原がキッチンの端のウォーターサーバーから水を注ぐのを見ていた。
「個人の家にもウォーターサーバーって置けるんだ……」
「なんか言った!?」
「なんでもない……」
グラスを置いた雪原が俺の隣に腰掛ける。
「よし、何する?」
雪原の言葉に俺は驚いた。
「え? 勉強だろ?」
俺と雪原は目を合わせた。お互い顔に「?」が浮かんでいる。
「ちょっと遊ぼうよ。晩ご飯うちで食べねえ? てか泊まったらいいじゃん!」
言いながら迫ってくる雪原に俺は後ろのめりになる。
「いや……、帰る……」
「え!? なんで!?」
こんな落ち着かないところに一泊などできない。すると雪原が俺の腕を掴んだ。
「え……? 何?」
そのままソファに押し倒された。
「おい……、ど、どうした……?」
雪原が俺の肩に頭を置いて、シャンプーの香りがふわりと香った。雪原の表情は全く見えない。俺の心臓が激しく脈打っていて、その音が聞こえてしまわないか心配だ。
雪原は何も答えず頭をぐりぐりと俺の胸に押し付けてきた。
「ま……やめろって……、くすぐったい……、なに……?」
擦られている胸と顔に触れる髪がくすぐったい。思わず笑ってしまった。
「あー……、もう……、帰るなよお……」
雪原は吐息のようにそう溢すと頭を離した。俺の頭の横に両手をついて、膝を立てた腕立てのような体勢で俺を見下ろしている。
顔が熱くて、頭が沸騰しそうだ。体の芯が痺れるように脈打っていて息が苦しい。
「緑……、俺もう……」
雪原の端正な顔がぎゅっと歪んだ。何でそんな顔をしてるんだろう。
綺麗な顔が段々と近づいてきた。
一体今から何が起こるのか。
雪原の髪が顔にかかる。心臓が爆発しそうだ。
「ゆきは……」
ガチャリ――。
玄関ドアが開く音と共にドタバタと誰かが家に入ってきた。雪原は飛び起き、俺も雪原からバネのように離れた。
「やっほーやっほー! お客さん? 初めましてー! 兄の勇也でーす」
騒々しく現れたその人物は薄いピンク色の短髪、大きなサングラスにたくさんのピアス、激しいダメージ加工の施されたダボダボのジーンズという中々インパクトのある見た目をしている。しかし顔をよく見るととても整っていて、雪原にそっくりだ。
「テメェ……! 旅行行ったんじゃねぇのかよ!!」
雪原が聞いたことのない怒声を出した。
「沖縄天候不良だってさー。飛行機飛ばなかった」
勇也と名乗ったその人物は飄々と答えた。その人はくるりと向きを変え、俺の姿を捉えた。
「へぇ……へぇ、ふーん……。もしかして君は鷹也が甲斐甲斐しく通う相手だったりする……?」
サングラスを外した勇也に値踏みされるように全身を見られ、俺は眉を顰めた。
「勇也!」
雪原が怒鳴っても勇也は全く顔色を変えない。
「君、俺のこと知ってるー?」
俺は怪訝な顔で首を横に振った。
「えー、うっそ。俺鷹也よりフォロワー多いよ?」
勇也は俺に近づくと携帯を目の前に突き出してきた。
「俺のことフォローしてよ。携帯見して?」
「いや、俺携帯……」
「緑」
雪原が俺の手を引っ張った。
「勇也とは関わらない方がいい」
雪原は勇也を睨みつけているが、勇也はニヤニヤと笑っている。
勇也は自分の携帯の操作を始めた。すると腕を伸ばして携帯に向かって喋り出した。
「やほー、鷹也が家にいたからインライ始めるね」
「はぁ!?」
雪原が半ば叫ぶように大きな声を出した。
「勝手に始めんな! 俺たちを映すな!」
勇也が何をしているのかよく分からないが、俺たちを巻き込んで動画か何かを撮ろうとしているようだ。
「おー、激怒ですよみなさん」
俺は雪原に腕を強く掴まれてリビングから連れ出された。
「まっっじで有り得ん。あのクソ兄貴。イカれてる」
雪原は俺を近くの部屋に連れ込みドアを閉めた。
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