12.夏休み
体育祭が終わると、あっという間に夏休みがやって来た。終業式を終えた教室は解放的な雰囲気に包まれている。
「どうせ緑は毎日バイトだろー?」
雪原の問いかけに俺は頷く。
「でも法律で決まってるから毎日は働けない。時々休みがある」
「うへー。高校生が社畜みたいな事言ってる」
「シャチク?」
俺がシャチを想像していると、雪原が「俺ファミレス通うわ」と言い出した。
「え……、なんで?」
「緑と会えるから」
こいつはなぜいつも俺相手にまるで口説くようなセリフを言うのか。俺は毎回変な期待をしないよう必死だ。
「俺キッチンだから会えないよ?」
「そこは出てこいよ!」
俺は雪原の宣言を笑って受け流し、夏休みはほとんど会えないだろうと思いながら帰宅した。
しかし翌日から、雪原は本当に頻繁にファミレスを訪れた。
俺がキッチンで調理をしていると、料理を受け取りに来た女性の先輩が「雪原君って人が、自分が来た事を八尋君に伝えて欲しいって」と戻ってくるなり俺に言った。
厨房からバックヤードに飛び出して客席の方を見渡すと、雪原が嬉しそうに手を振っている。俺は目を丸くした後小さく手を振りかえした。
先輩に「お友達すごいイケメンだね」と言われ、俺はコクッと頷き「はい」と答えた。
雪原はこちらを見ながらハンバーグを頬張っている。俺は顔が熱くなり、慌ててキッチンに戻って行った。
それからも雪原は連日のようにファミレスを訪れた。
大体夜の九時頃に一人で来る。そしてご飯を食べると俺のバイトが終わるのを待っている。俺は退勤時刻の十時になると急いで着替えて雪原の元へ行く。その後二人でコンビニに寄り、パピコを半分ずつ分けて食べながら俺の家まで歩いて帰る。
コンビニに行くのは遠回りなのだが、雪原が行きたいと言うので付いて行ったら毎回行くようになった。
「言いにくかったらいいんだけど、緑って親はどうしてんの?」
初めて二人で夜道を歩いた日、雪原が聞いてきた。
「父親は蒸発。でもたまに気まぐれに帰ってくる。母親は小さい頃に出てったよ。県外で再婚してる」
「……そっか」
「別に、気にしてない。あの父親に関してはいない方がいいし。母親も俺産んだときまだ若かったから育てきれなかったみたい。これで良かったんだよ」
「…………うん」
本当に気にして欲しくないのに、雪原の元気がなくなってしまった。明るい話ではないので俺も進んで話したくは無かったが、雪原には知っておいてほしいという気持ちもあった。
しばらく無言で夜道を歩いた。
夜は随分涼しいが、それでも汗が滲んでくる。
「……俺といっぱい遊ぼうな」
雪原がポツリと言った。一体どういう経路でその発言に至ったのだろう。
「楽しいこといっぱいしよう」
もしかして、慰めてるのかな。俺は思わずクスッと笑ってしまった。
「そうだな」
そのとき夜の風が吹き抜けて、汗を拭っていった。
夏の夜道は人を饒舌にさせる。
ある時俺は思い切って尋ねた。
「女の子と出かけたりしねーの?」
「しないかな」
雪原は即答した。俺はしばし言葉を探す。
「……まじで雪原がずっと俺といるの不思議なんだけど」
自分のスニーカーを見ながら俺は呟いた。
「えー……、俺もわかんねー。緑といるのが一番楽しいんだよな」
「俺が携帯持ってないから?」
雪原はきょとんとした顔でこちらを見ている。
「それはどっちでもいいよ」
雪原の言葉に思わず立ち止まると、雪原も足を止めた。
「携帯持ってても持ってなくても、緑は緑じゃん」
どくん、と心臓が跳ねる音がした。体が熱くなっていく。
「……もし携帯買って依存症になっても?」
真面目に返事をするのが照れ臭くて、ついひねくれたことを言ってしまう。雪原は笑い出した。
「いいよ。俺が連れ出すから」
「……そうしてくれ」
俺はまた歩き出した。今が夜でよかった。顔が赤くなっているかもしれないから。
空を見上げると三日月が浮かんでいた。
青白い街灯の下を二人で歩く。
俺はバイト後の汗と油の匂いが付いた自分が嫌で、いつも雪原から一歩離れようとする。けれど雪原は気がつくとすぐ隣にいる。
風は生ぬるく、俺は半分溶けたアイスを一気に流し込んだ。
*
12/47




