第8音「オケとは」
斗真が指揮者になり、
少しずつまとまり始めた「イディモニ」。
まだまだ拙い中でも
オケとして活動を続けるそんな夏の日。
◇
「みてみて、アマチュアオケ大会だって」
俺がいつものように食堂でB定食を注文していると茜が飛び込んできた。
「大会だぁ、無理に決まってんだろそんなん」
「たく、どっから拾って来たんだこんなチラシ」
「でも、タナが言うには地域活性化のためだか
ら、誰でもどうぞって感じらしいよ」
……
タナこと
タナワット・パッタナーラパポン。
俺達が良く利用するコンビニの店員だ。
とにかく世間話が長い、そのせいでレジが詰まるなんて事はしょっちゅうだ。
……
「あのなぁ」
「やっとこさオケっぽい形になってきたって
ところでわざわざ自信を無くしにいく必要がど
こにあるんだよ!!」
チラシを茜の顔にグリグリ擦り付けてやった。
「ちょっと、マスカラが取れる〜」
……
そんなドタバタ劇をしていると、
「はい、B定食お待ち」
「おっ、今日も美味そうだなぁ!!」
「ありがとう高木さん!!」
「…」
「岬君、やってみたら?」
「何事も経験って言うじゃない?」
「いいじゃない失敗したって、それも勉強よ」
高木さんはそう言うが、
俺も指揮を始めたばかりだし…
「ねっねっ、あっちゃんもそう思うよね」
あっちゃんって…
高木敦子、この食堂のおばちゃんだ。
栄養管理が徹底されたメニューから若者の胃袋を満たす茶色メニューまでなんでもござれだ。
いつのまに注文したのかA定食を受け取った茜が
高木さんにのっかる。
(今日のA定は鬼唐揚げ定食か。量が鬼だな。
妹の夕夏なら全部食い尽くしそうだな)
……
「とーもーかーく、まだ俺達には早い」
「大会は逃げない」
「だから今回は逃げる」
「以上、飯食わせろ」
「ケチ」
「ケチってなんだ!?」
「でーたーい」
ぶーぶー言いながら唐揚げを貪る茜を横目に
俺は少し大会の事が気になっていた。
大会か…
目標がある事は良い事だけど…
◇
「大会ねぇ、俺達にまだ早いんじゃねえか?」
「ふん、それは君が初心者だからだろ」
「んだと、このキザメガネが!!」
「ふん、
ヤンキーに何を言われてもなんとも思わんな」
「ヤンキーじゃねぇ、ツッパリだ!!」
相談した相手間違えたかな?
西田と一心の漫才を横目にしていたら
…
「あたしは、出てみても良いと思うけど」
「由希子はありか?」
「一応、市が金かけてやる大会でしょ」
「いっぱい人くるじゃん」
「いい男いるかもでしょ?」
「それに優勝で高級ホテルの宿泊券と施設利用権
がついてくるじゃない?」
「エステ行きたいのよ〜、だ・か・ら、ヴィオラ
メインの曲で構成作ってね!!」
「ブラームスとか、ウォルトンでヴィオラ協奏曲
ってのもありね」
欲丸出しじゃねえか…
とりあえず、他のメンバーにも意見を聞いてみた。
大半はまだ、早いとか自信ないとか。
……
そうだな!
ここで自信を無くして練習に身が入らなくなるくらいなら、
…やはり今回は逃げよう!!
これは戦略的撤退だ!!
……
俺はそう決意した。
決意した。
したのだが…
……
「おぅ、皆んないるか?」
「このアマオケ大会に出場する事にしたから!」
教授が何故そのチラシを!!
「いや、デスクの上によう、変なチラシがあるか
らなんだこれって見てみたら面白そうな事やる
みたいじゃねえか」
「早速応募しちゃったよね」
はっはっはと笑いながらチラシを見ている。
「しかしこのチラシなんか油クセェな」
あの野郎…
まて、冷静になれ…
「だけど、教授」
「俺達には流石にまだ早いと思います」
「確実に失敗すると思うし…」
「ふーん」と鼻を鳴らしながら教授が言った。
「良いじゃねぇか、失敗」
「失敗しないヤツがどこにいる?」
「今のお前達は未完成だけど、
未完成って言う完成でもあるんだよ」
「大いに失敗して、大いに恥かいてこい!!
そんで、そんなもん踏み台にしてやれ!!!」
……
わかるけど…
「それとも、逃げるかぁ?」
「失敗しても良い、未完成でも良いって言ってん
のに〜ぃ、逃げるのかぁ??」
あっ、ダメだこれ。
「そこまで言うならやってやりますよ!
失敗しませんよ!
成功して、優勝してやりますよ!!」
「おぅ、失敗上等。かかってこいや」
「え、え、え、せ、せんぱ〜い」
「やっりぃ、これでエステは私のものね♬」
……
まんまと焚き付けられた。
本当敵わないな、この教授には。
ん?
緞帳の隙間から誰か…?
茜…
「グッ!!」
グッ、じゃねぇよ!!
握り拳なんかしやがって。
……
◇
大会出場が決まり、大会まで後2週間。
プシュ
「ぶはぁ」
「急だったけど、参加出来るもんだな」
屋上飲みの良い季節だなぁ…
「さて、やるからには全力でやりたいと思うが
問題は曲だ」
今回の、課題は2曲
俺としては1曲目はアップテンポな曲で客の心を掴みたい。
ブラームスや、バッハだとか色々な声が上がるなか、
「由希子。ウォルトンで行きたいと思うんだけど
どうだ?」
「ん?」
「…お前さぁ、
その容姿でつまみがスルメってどうなのよ?」
…あいつの欲望を叶えるわけではないが、
由希子には華がある。
そんな彼女のウォルトンならきっと観客の心を掴めるのではないかと考えていたのだ。
由希子は一瞬びっくりした顔になったがすぐに普段のいやらしい顔に変わった。
「なに、なに、みさきぃ〜、
アンタあたしの事が好きなの〜??笑」
「それとね、
あたしは好きでスルメ食ってんのよ!!」
「そりゃ、失礼。笑」
「そ、それと、好きだよ…」
「お前の演奏がな!!笑」
……
俺は照れ隠しで強い語気で言ってやった。
由希子は本当にうまい。
演奏に艶もある。
「な、何よ!はいはい、ありがとね」
「皆んなが良いなら、あたしに文句はないけど…
ウォルトンの何をやるの?」
俺は少し無言で考えた。
……
「ヴィオラ協奏曲の第2楽章はどうだろ?」
「あ、西田レモンサワーとって」
カシュッ
「男まさりだけど、グビッ、艶と妖艶さのある
由希子にはピッタリだと思うんだけど…」
「後期の曲をベースにして、初期の
編成に近いイメージで編曲すれば俺達でも出来
るんじゃないかと思うんだけど」
「ふーん、第2ね…いいじゃん」
「あ、西田。あたしビールね」
「そんじゃホテルの権利は、
ゴクっ、あたしのものって事で」
由希子はおちゃらけながらも嬉しそうだ。
……
「ウォルトンは構わないが、
僕を使い過ぎじゃないか?」
……
よし、1曲目は決まった。
2曲目…2曲目…
「どうする?」
皆んな、案が出てこないな…
「2曲目には俺達を、見て欲しいと思う」
「俺達ってさ、一人ではうまくいかなかった奴ら
ばっかりだろ?」
「だけどオケってそう言う物なんじゃないかなっ
て思うんだ」
「…」
「おい、起きろ!一心!!」
「んぁ」
「一つ一つの音、それだけでは
『個性』で片付けられちまうけど、
その音が一つになれば『音楽』になる」
「それが
『オーケストラ』って事なんじゃないかな?」
皆んなシーンとしてる。
「なんか言えよ!!」
「良いじゃん、良いじゃん、
トーマっちあつ〜い!!笑」
「うるさい、茶化すな!!」
ペシっとデコピンをお見舞いしてやった。
「いたぁーい!!」
こ、コイツ。ニヤニヤしてやがる!!
それにしても
…プリンつまみって
「それで、岬。曲はどうするんだ?」
西田が空気を読んで話題を元に戻してくれた。
……
「…」
「…」
「わかんね♬」
ふふ、言い切ったぜ。
「「ズコー!!」」
新喜劇かな?笑
ノリいいじゃん!!
……
「とにかく、2曲目に関しては
もう少しみんなで考えようぜ!?」
「流石にすぐには決まんねぇよ」
…
……
◇
由希子と西田主導で練習を続ける。
1曲なら皆んな集中して練習出来てる…
ここに2曲目を入れるのか…
俺達のレベルじゃ、どっちつかずになってしまうな…
しかし、課題は2曲だ。
どうする…
……
「大丈夫ですか?」
「波多野さん!?」
「すいません、差し入れありがとうございます!」
「…」
「凄いですね」
「私は音楽の事さっぱりわからないんですけど、
目標が出来た事で皆んなの目が違いますよ」
「ありがとうございます」
受け取った水を一口飲んだ。
「それに、知ってました?去年のみんな」
「皆んな何かしらの事情があって」
「だから、表面上は仲良かったんですよ。」
「だけど、やっぱり壁があって」
「それなのに、ホラっ、見てください!
喧嘩してる!!笑」
「ちょ、波多野さん!そんな、泣かないで下さい」
「ごめんなさい、ちょっと嬉しくなっちゃって」
「音楽を通して、本音をぶつけられるようになっ
たんですね…」
……
俺もそうだ…
あの日から自分に嘘をつくのをやめた。
いや、辞めさせてくれた。
「イディモニ」笑
ここが俺のフィールドなんだな…
あ、やばい!もらい泣き!!笑
……
「あら、ごめんなさい。私ったら」
「とにかく、ありがとう岬君」
なんか小っ恥ずかしい事を言いながら波多野さんはステージに差し入れを持って行った。
……
俺達の音かぁ…
……
◇
翌日俺は茜を食堂に呼びだした。
(今日のA定は、ミックスフライか。
あっ、焼肉もついてる。
相変わらずのボリュームだ。)
(俺のB定食「豆腐のふんわりお好み焼き、
おろしポン酢」と同じ人が作っていると思うと
落差が凄いな…見てるだけで胸やけしそうだ)
「んで、どったのトーマっち??」
「悪ぃな、わざわざ」
「茜に相談したい事があってな」
「げっ、金ならないよ!!
この間いっちんとカフェ巡りしちゃったから」
一心、あいつそんな趣味あったのか。
ギャルとヤンキーのコンビって…笑
おっと
「ちげえよ!…2曲目なんだけどさっ」
「おっ、決まったの!!」
「あぁ、曲は決まった」
「何よ何よ、勿体つけて」
「こんなのどうかな…」
…
……
◇
「皆んな集まってくれ」
俺の号令に集まってくるメンバー。
皆んなどう思うかな♬
「2曲目が決まった」
ざわつくメンバー。
「キラキラ星だ」
「「「キラキラ星〜」」」
まあ、そうなるよな。笑
「せ、先輩、それは
Ah ! Vous dirai-je, Maman
という事、でしょうか?」
木下さんがおずおずと聞いてきた。
「そ、そうよねモーツァルトのって事ね」
由希子がホッとしながら確認している。
「いや、キラキラ星だ」
「もちろんそのままじゃない、
俺と茜で編曲をしてみた」
「だけど、ベースはみんなが知っている
キラキラ星だ」
各パートごとにスコアを渡していく。
茜はVサインをしている…
……
手伝えよ。
……
「しかし、
キラキラ星なんてオケでやるもんなのか?」
そうか、一心は知らないのか。
「練習では散々やっただろ?」
「フランスの童歌が発祥と言われているけど、
18世紀にモーツァルトがメロディを使った
変奏曲を作ったんだよ」
「そこに19世紀イギリスで歌詞をつけた」
「それで、今のキラキラ星になったんだ」
「へぇー」と一心は感心している。
「色々考えたんだけど、今1曲目はすげえいい感
じに仕上がって来ていると思う」
「ここに2曲目を入れたら、せっかくの1曲目が
ダメになってしまう気がするんだよ」
「それと2曲目は
『オーケストラ』って言ったろ?」
「俺達の『オーケストラ』だ」
「『イディモニ』…だろ?笑」
「それに、キラキラ星は俺達が
オケとして動き始めた最初の曲だ。
こんなにふさわしい曲が他にあるか?」
……
……
「異議なし」
「これなら俺も行けるぜ」
「やるじゃん岬〜」
「が、がんばります」
……
よし、まとまった。
やべっ嬉しい!!
ニヤニヤしながら茜が寄ってきて
「これも『オーケストラ』だね」
とか気の利いた事を言ってきたけど、
ドヤ顔とVサインで台無しだった。
ともかく、俺達「イディアハルモニア」
ファーストコンサートの楽曲が決まった。
……
本番まで後1週間…
ま、今出来る事をやるしかねぇよな。
……
「よし、飲み行くか!!」
「ウェーイ!!」
…
……
………
ーーーー
次回 第9音
「女優」




