第4音「イディアハルモニア」
指揮者になって、早1週間。
楽譜の理解を深める為にオケは休んでいた。
「だあ、むじぃ〜」
「なんだよこれピアノと全然違うじゃねぇ
か!!」
「いやぁ、痛感するわ。指揮者ってすげえわ」
「天才かバカじゃねぇと無理だって!笑」
……
「はぁ、愚痴だよ、愚痴」
「やりますよーっと!!」
楽譜は分かるけど…
……
「楽器は無理だなぁ」
気分転換にオケに顔出すか。
楽器の事はみんなに教えてもらおう。
1人じゃ無理だわ。笑
ヘロヘロになりながら、音楽堂に向かった。
まぁ、悪くない
久しぶりにちゃんと疲れてるよ、はは。
◇
「イディモニ??」
そんなアイドルいたような?
「あ、トーマっち!!やっと来たぁ」
「あぁ、久しぶり!」
「そのイディモニってのは何なんだ?
皆んなTシャツ着てるけど…」
「むふふ」
「もう、欲しがりさんだなぁ!」
「はい、トーマっちの分。
白黒ストライプの指揮者用!!」
「あぁ、ありがとう」
「そんでこの可愛い文字の
イディモニってのは、何よ?」
「って、おい!…行っちゃったよ」
……
「い、イディアハルモニア、って、
い、言うらしい、です」
「あ、木下さん。お疲れ様」
「お、お疲れ、さ、様です!!」
しかし、こんな小さい子がチューバって
「あ、あんまり、み、見ないでもらえると…」
「あ、ごめんごめん」
「それで、どういう意味なの?これ?」
「あっ、それはねぇ〜」
「おわ、あぶね!!」
走ってくるなよ、狭いんだから。
「『イディアハルモニア』」
「ウチ達の音!!」
「自分達の音!!」
「せんせーのつけたアウトサイダーハーモニーっ
て、クソダサいじゃん!笑」
「だから、めっちゃ頑張って考えた♬」
ま、眩しい!!
仏のような笑顔だ!!
しかし、
へぇ「イディアハルモニア」ね。
「良いじゃん、俺等の音ね」
「茜、お前やるなぁ!プリンとピアノ以外にも
考える脳みそあったんだな!!笑」
「…」
「ねぇ、殴って良いって事だよね」
「いや、殴るわ」
「…」
「…ごめんなさい」
「ふんだ!!ともかく、これからウチらは」
「『イディアハルモニア』!」
「略して『イディモニ』!って事で!!」
俺がTシャツを着た事で
全員イディモニだ。笑
茜、嬉しそうだな。
…
木下さんがこっそり耳打ちして来た。
「こ、これ、じ、自分で作ったらしいです」
「これ?全部?」
「は、はい。は、恥ずかしいから、言うなって」
「で、でも、みんな知ってますし。笑」
「…意外だわ、シルクスクリーンってやつか」
「了解了解!知らんふりしとくわ♬」
……
「おーい、茜!これ上手く出来てるなぁ!!」
「でしょ〜♬」
「ん?」
…
……
◇
「みんな相談なんだけど…」
本題、本題っと、
「指揮者としてやっていくには、
楽器の事も学んで行かないとダメみたいだ」
「知識は勉強出来るんだけど、
楽器についてはやっぱ厳しいわ」
「という事で」
「皆んな頼む、俺に楽器の事を教えてくれ!!」
みんな自分の事で手一杯だもんな…
…
「あ、あの、わ、私でよけ、れば…」
き、木下さん!!
「マジで、助かるよ!!」
「ひゃあ!!は、はい。
チューバの事もっと知ってもらいたいので…」
「が、がんばります!!」
人と上手く話せないって言ってたけど、
すげぇ、良い子じゃん!!
◇
「それじゃ、先生。お願いします!!」
「せ、先生!や、やめてくださいよ〜照」
基本から教えてもらったが…
持ち方からして難しい。
大型の楽器だから、椅子に座る位置一つで運指、息の出し入れのやり易さが変わる。
奥が深いな…
「そうです、うちのオケはピストン式です。
音が前に飛ぶイメージなのでしっかりと
押し込んで音を出すイメージです」
「運指の幅が大きいので次のイメージをしっかり
と組み立てておかないと音がぼやけて混ざて
しまいます」
「ちょっと座りが深いですね、ちょうど椅子の
真ん中に座るイメージが良いと思います」
「息で音を出すというより、ピストンの中に息を
送り込むというイメージが良いと思いますよ」
……
「木下先生…めっちゃ喋るね。笑」
「は、はあ、す、すいません!
わ、私、チューバの事になると、
こ、興奮しちゃって、あわあわ」
「良いんじゃん、木下先生のチューバ愛がすげえ
伝わってきたよ。めっちゃ勉強になった」
「チューバがいかに音の支えを行なってくれてい
るか、主張し過ぎてはいけない、全体の音を包
み込む、縁の下の力持ちなんだな!」
「そ、そうなんですよ!!」
「前に出過ぎると壊してしまうのですが、
曲によってはソロから全体を引っ張ったりも
するんですよ」
「ありがとう、
チューバの役割を再認識させてもらいました」
俺は本当に本当に感謝して、頭を下げた。
木下さんがあわあわしているが、これでチューバの事を少しは知れたと思う。
◇
その後の全体練習
指揮が全然ダメだな。
だけど、木下さんのおかげで指揮について少し深く学べたと思う。
「よし、今日はここまで」
「もし余裕のあるヤツは
俺に時間くれるとありがたい」
「そういや、弘は休みなんだな?」
「なんか、新刊を買いに行くって!」
「コントラバスも教えて欲しかったんだけど…
まぁ、弘には本だわな!!笑」
「そんなわけで、時間あるやつはよろしく頼む」
……
〜♪〜〜♬
茜のピアノ?
初めて聴くメロディだ…
儚くて
荒々しくて
寂しくて
それなのに、茜らしく楽しげな曲。
……
「茜、なんだよこの曲?」
演奏を終えた茜に曲名を聞いてみた。
「イディアハルモニア」
「今考えた!!」
「ウチ等の曲♬」
茜がもう一度ピアノを弾き始めた。
儚く、せつないイントロ。
……
〜♬〜〜♪
俺は、自然とピアノに向かっていた。
オリジナル…
自分から湧き上がる気持ちを抑えきれず
茜のピアノに続いた。
茜のピアノのソロから始まり
俺のピアノソロ。
力強く、前を向いて歩きだすようなイメージで
二人で…
メロディは同じなのに全然違う『音』。
こうか?
……
茜のスイッチが、入って超絶技巧が始まる。
相変わらず、すげえな。
怒涛のように押し寄せる和音の連打。
ホールに音が響き渡る。
茜の指は重力を忘れたように
軽やかに跳躍を繰り返す。
……
キッつ!!
茜さん、乗りすぎですよぉ。
ひとしきり弾ききり、急にスローになる。
なんであの後にこんな情緒ある『音』を出せるんだ!?笑
茜の旋律に引きずられるように
俺の頭に景色が浮かぶ。
……
暗い
世界が、真っ黒だ
それでも歩いている…
歩き続けると一筋の光が差し込んできた
光が広がる…
その時、重厚で暖かいチューバの音が
俺達を包み込んだ。
木下先生…
バソンが続いた。
一心…
たった一人で暗闇を歩いている
ゴールも分からずに
光が広がり
気がつくと共に歩く仲間がいた
顔は良く見えない、みんな前を向いている
暖かく、芯のあるバソンの音色が俺を勇気付けてくれる。
……
荒い…一心らしいな
チューバの音色が俺を守って優しく包み込む。
流石です、先生
二人の『音』がこれから歩む道を
安心して、明るい道なんだよと教えてくれる。
……
やれやれと言いながら、バイオリンが重なる。
西田…
「ちょっと!先に入らないでよ!」
慌ててヴィオラも飛び込んできた。
由希子…
タイミング逃したな。笑
……
西田の真っ直ぐな音が…
空へ駆け上がる
追いかけるように、
艶のあるヴィオラが景色に色を塗っていく
さっきまで重かった足が、不思議と軽くなった
前を向け
大丈夫だ
二人の音に背中を押される
…なんだよ。
みんなノリノリじゃねぇか。笑
俺は今まで感じた事のないワクワクを楽しんでいた。
……
茜をチラッと見ると最早トランス状態だ。
コロコロ表情が変わり、面白怖い!笑
そんな事を思い、ピアノを弾いていると
……
パワフルで歌うような
トロンボーンが飛び込んできた。
ヒロミ…
目が合う
ウィンクされた
…返してやるぜ。
太く真っ直ぐな音が、さっきまで残っていた不安を豪快に吹き飛ばした
湿っぽいのは似合わないわよ
…そう言われた気がした。
その向こうで、マリアと目が合う。
来いよ!!
マリアは小さく笑って頷いた。
…チェロが入る
深い
低く、豊かな音が大地みたいに広がっていく
すげぇ…マリア、こんな音出すんだな。
風景がまた変わった
空には太陽
足元には暖かな大地
…もう暗闇なんて、どこにもなかった
……
元気にフルートが飛び込んできた。
まどか…
いきなりトップギアかよ。笑
風が吹いた
爽やかで、優しい風
…まどか、そのものだ。
風の中を、クラリネットが静かに流れ始める。
佳代…渋い入り方だな
豊かな音が、ずっと先まで道を伸ばしていく
そんなにゆっくりでいいのかい?
走ろうよって
……
周りを見渡すとみんながいた
1人じゃない
……
ん?
なんか足りねえな。
…
ノリノリで踊ってやがった。
ルーカス!!!
ヤベっとティンパニを叩き始めた。
ドン
ドン
ドン
俺の心臓と、
ティンパニが同じリズムで鳴っていた。
あぁ、生きてる
止まっていた時間が動き出す。
ふと気付くと、茜がニヤニヤと俺を見ていた。
クイっと顎で指揮台を指してきた。
……
「あちぃな…」
俺は指揮台でTシャツを脱ぎ捨てた。
……
「まだまだ終わらねぇぞーーー!!!」
……
半裸になりタクトを振り下ろした瞬間、
音が爆発した。
……
譜面なんかない。
正解なんかない。
それでも
誰一人、誰かの音を否定しなかった。
……
一音
また、一音
消えていく
旅路のゴールが分かっているように
最後に残ったのはピアノ
茜のソロ
長い、長い旅だった
それぞれが、それぞれの暗い道を歩いてきた
その道は今日、一つになった
ようやくスタート地点に、辿り着いたんだ
この道はまだまだ続いている
だから今日は、ここで少しだけ立ち止まろう
歩くのをやめるわけじゃない
……
明日から、みんなで走り出すために…
ポーン…
茜の最後の和音がホールにこだまする。
静寂…
…
……
「はっ…ははっ!」
俺は堪えきれず笑い出してしまった。
つられて笑い出すメンバー。
必死に堪えていたのに、
止まらねぇ。
みんな思い思いに喋り出してる。
「なんだよあれ」
「ねぇ、やばいやばい、鳥肌止まんない!!」
「フォロー、サンキューな」
「ひでぇ、演奏だったな」
とか、とか…
…
……
「おらー、いつまでやってんだお前ら!!」
教授が怒鳴り込んできた。
「お前らが帰らねぇと、
俺が飲み行けねぇだろが!!」
めっちゃ怒られた。
そんな教授がイディモニTシャツだった事は触れないでおこう。
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追伸
茜は俺がTシャツを脱ぎ捨てたのが気に食わなかったようで、プリンを奢らされた。
後日、あの演奏を撮影していたマリアがSNSに投稿した所めっちゃバズったらしい。
「ひでぇ演奏、だけどめっちゃ楽しい」
「個性やばくね」
「めちゃくちゃなのに合ってるってなんだそれ」
とかだったらしい。
コメントの大半は俺の半裸咆哮についてだったらしい…
…
……
ほっとけ。
…
……
………
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次回
第5音
「茜色」




