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イディアハルモニア  作者: 金柑


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第29音「置き時計」


合宿9日目


…朝だ


昨晩のアイアンクローとコブラツイストの余韻を引きずったまま、とうとう練習最終日になった。


…なってしまった。




「教授、これが俺達の合宿の結果です」


「聞いてください。


シューベルト:

交響曲第8番『イディモニ完成版』」



俺達は練習の成果を教授と渚さんにぶつけた。



良い、


良いぞ、


一日一日、音が良くなってくる。


今までで最高の出来だ。


まだまだなのは分かってる。


だけど、俺達はもっと上手くなれる。


……


ジャーーン!!


はぁはぁはぁ、


俺はタクトを静かに置いた。


「ど、どうでしょう?」


教授は何か考えているが、


「良いんじゃねぇか…」


「あ、ありがとうございます!!」


なんか反応が薄いな…


「あぁ、確実に上達してるよ。確実にな」


「「イェーイ!!」」


教授が何か言っているようだったが、

上手く聞こえなかった。




「上達はしてるよ…」



ひとまず、全員長めの休憩を取らせた。


……


思った通りだ、素晴らしい技術の向上だ。


だが、なんて楽しくない『音』なんだろう?


俺はやはり間違えたのか?


市の大会の演奏の方が100倍もマシだ。


演奏は拙かったが、『音』に『心』があった。


客に聞いて欲しい、客と一緒に楽しみたい。


そんな『音』があの頃にはあった。



「どうすりゃ、良いんだ…」

「教授?」



「このままじゃ、

優勝はおろか本戦に残る事も難しいだろう」


「…そんなにですか…」


「アイツらが勝っている点は…気持ちだ。

ああいう音は、アイツらにしか出せない」


「自分の痛み、

人の痛みを見つめたやつにしか出せない音だ」


……


「確かに…

下手っぴでしたけど初めて音楽堂で聴いた

あの演奏は、私も覚えています」


……


「早かったか、俺が急いでしまったんだ」


「教授…」



「すまん、少し一人にさせてくれ」


「は、はい、失礼します」


……


渚を部屋から出し、俺は考えていた。


どうすればアイツらに音を返してやれる?


どうすれば『音楽』を楽しむ事を思い出させてやれる?



「…俺に救えるのか!?」




私は、ドアの前で立ち聞きをしていました。


良くないとは思いながら…


大城のおじさん…


だけど、私には音楽の事も誰かを導く事も


何も出来ない。


何か、何か、ないだろうか…


私にできる事が何かあるはず…



私は、お爺様の書斎へ向けて駆け出した。



教育の資料…違う


音楽の教材…違う


この島のリゾート開発資料…違う


私にしか出来ない事


私、だから出来る事



書斎をひっくり返していたその時、


ふと、手を止めた。


開発資料?


何故、開発資料に書かれていないの…


だって、それは私達がこの島にいた時から


この島の象徴かのように、そこにあったのに


…コンサートホール!!


何も、書かれていない?



私は、机を深く漁ってみた。


奥の方に鍵付きのファイルケースを見つけた。


鍵か…


あっ、鍵!!


お爺様にこの島をお借りする時に…



あった!!


カバンから、小さな鍵を取り出した。



『何もなければ使う必要のない鍵』



そう言って渡された小さな鍵。


深く考えずに、受け取ったけど。


ひょっとしたら、これで…



開いた!!



『海鳴島 未開発案件について』


レポートかな?


……


・アクセスの強化について

 現状、船で6〜8時間。

 スピードボートで3時間程度。

 日常を離れて、というコンセプトなら可。

 ヘリでの移動も考慮に入れるべきか?


 ※追記、島特有の固有種が発見された。

 秋から冬はヘリでの移動が難しい。

 要検討。


・天然温泉について

 火山帯に位置する、当該島は豊富な天然温泉  

 を保有している可能性が高い。

 しかしながら、かなり深い地層迄掘り進めな    

 ければならない為、相当な時間と資金が必要 

 となる。



…温泉あったのね。

今は疑似的に温泉水を作っているけど。



・この島特有の固有種について

 秋から冬にかけて羽化を迎える「ルリタテハ」

 という蝶がいる。

 この島で発見された「ルリタテハ」の新種。

 夜空のような美しい斑点模様から

 「星空ルリタテハ」と名付けた。

 この島と大きく異なる気候では長く生きられ

 ない為、周辺の島とこの島のみ生息が確認で

 きた。

 乱獲や、収集家達を恐れた我々は学会に発表 

 する事を諦めた。

 我々は後から来たのだ。

 あの美しい命を危険に晒す訳にはいかない。

 リゾート開発は少し考え直さなければ。



…あの蝶、新種だったのね。

だからお爺様は開発をストップしたのね。



コンサートホールについて


・島の目玉施設、コンサートホールの設計を

大城指揮者の奥様に依頼した。


元々、建築設計をされていたそうだ。

ドイツでの客演指揮を見に行った時に挨拶をしてくれた。


度々、彼の公演で見かける日本人だとは思っていたが、まさか彼の奥様とは思わなかった。


私は、島のリゾート開発の話をした。

コンサートホールを作ろうと考えている事。

こけら落としには彼に演奏してもらいたい事。


子供のように話す私を、温かく見つめ、

一緒になって盛り上がっていた事を

今でも覚えている。


そんな時、彼女が自分に設計させてもらえないかと、

切り出してきた。

彼のクセなら分かってる、

一緒に素敵なホールを作らせて欲しいと。


彼女の設計は素晴らしかった。

演者だけではなく、観客、そして、島が一体になったかと錯覚する、温かくて、優しく、そして前を向く勇気を与えてくれるような、そんな設計だった。


彼女が事故で亡くなり、

工事はストップせざるを得なくなった。


設計図はあるが、何より私自身、

彼女の存在が大きかったようだ。


完成させてしまうと彼女の存在を忘れてしまうようで。


彼女は太陽のような人だった。


だから、彼をここに匿う事にした。

彼の痛みが、苦悩が少しでも安らぎ、


また前に向かって歩き出せるように。


願わくば「渚」をもう一度救ってくれる事を祈って。


私は、ズルい大人だろう。

このホールの設計者を彼には明かさなかった。

渚の事も打算だ。


…陽向さん、どうか2人を見守ってください。


再び歩き出せるように、どうか頼みます。


どうか、どうか……


ホール設計図、コンサートホール構想についての資料もここに封印しておく。


私自身、どうすればいいのかを決めかねている為だ。


……



…お爺様…


あのホール、おじさんの奥様の設計だったの?


時折ホールを愛おしそうに見ていたのは、おじさん知ってたのね。


パサパサ


いけない、何枚か落としてしまった。


あら?


これは??



休憩を挟んだ。


…素晴らしいオケだ。


まだまだ、荒削りだけど。


一人一人の、音を良く聞けている。


アイツらの音楽は確実に上達していく。



それが、ツライ。



聞いてくれるやつがいるから『音楽』なんだ。


誰の為に「音楽」をやるのかを思い出して欲しい。


あの、市の大会のように…


……


「おじさん…」


渚が急に話しかけてきた。


「お前、おじさんって。いつぶりだ。笑」


「なんとなく…

おじさんじゃなきゃダメかなって思って…」


「何言ってんだ?」


「来て、見せたい所があるの…」


「だが、最後の練習が…」


「お願い…」


俺はいつになく、必死な渚に違和感を覚えたが

渚を信じてついて行く事にした。


……


「コツコツコツ」


ホール3階、何があるんだ?


「ここ…」


木材本来の色、派手さはないが優しく、重厚感を持つ扉の前にきた。


「ここは、

工事途中で危険だから閉めっぱなしの部屋だろ?」


……


「おじさん、

このホールの設計、奥さんだって知ってた?」


「あぁ、出がけに爺さんから聞いたよ」

「今まで黙ってやがった、あの爺さん。笑」


「もう一つ、秘密があったの…」



ガチャ



渚が部屋の鍵を開ける。


「お、おい、危ないんじゃ…」


俺は部屋に一歩踏み入れた。


踏み入れて、止まってしまった。



「ここは…」




「これ、読んでみて」



設計図と手紙…?


陽向の字だ…



「丹下のおじ様へ


おかわりなくお過ごしでしょうか?


お仕事で日本に戻られるそうで、

あの人の舞台をご一緒出来る日が減ってしまうのが残念です。


そうそう、来月あの人のパリでの常任初演奏が決まったんです!!


耳の早いおじ様ならもうご存知ですよね?

是非いらして下さいね。


その時はやっとあの人をご紹介できますね♬


その後、工事は順調に進んでいる事と思います。

完成が楽しみです。


……


順調に進んでいる所、

大変申し訳ないのですが、

1箇所だけ、変更をお願いしたいのです。

同封した設計図をご覧下さい。


……


ごめんなさい、おじ様。

私のわがまま♬


小さな部屋で良いんです。


ホール全体を見渡せる3階に

部屋を作りたいんです。


……


特に何も入りません。


椅子とサイドテーブル。


あっ、後コーヒーかな?笑


それと、一緒に送った置き時計。


……


いつか、あの人に弟子や教え子が出来た時。


あんな性格の人だから、

そんな日来ないかも知れないけど。笑


あの人、音楽バカだし、

あんな見た目でさらにあんな性格でしょ?


すぐに口出しして、きっとぶつかるんです。笑


そのクセ、ナイーブで真面目だから

考え過ぎて、悩んじゃうの!!笑


まぁ、そんな所が可愛いんだけど♡


そんな時に私が言ってやるんです。


「あなた、そんなに自分の弟子が信じられないの?」


「3階のあの部屋で大人しく見守っていなさい」


って。笑


……


それで、この時計!!


結婚前に、二人で買った時計。


こっそり、持ち出したの。


最近忙しいから、あの人どうせ気付かないわ。


そんな時、この部屋に入るとこの時計!!


置き手紙に


『あの時の気持ちを思い出せ!!』


って、サプライズ。


それで、2人でみんなを見守るの!!


……


だから、この部屋は内緒!!


あの人が壁にぶつかった時に

この部屋をプレゼントしたいんです。


それまでは私がこの部屋で

音楽を楽しんじゃいます。


あ、おじ様はご招待しますわ♡


……


使わなければ、それでも良いんです。


わがままなのは理解しています。


だけどおじ様ならきっと分かってくれるって

思っています。


ごめんなさい、ズルい言い方で。笑


……


今日は、この辺で筆を置きますね。


来月お会い出来るのを楽しみにしています。


どうぞご自愛下さいね。


あなたのもう1人の娘


大城陽向より、愛を込めて」



…陽向



「…コーヒー、持ってくるね…」


渚が部屋から出ていく、


「豆から挽くから、ちょっと時間かかるね」



ガチャン



小さな部屋。


あの頃の俺達の部屋みたいだ。


小さいけど、ゆとりがある。


温もりがある。


完成してるじゃねぇか…


目の前の置き時計は


静かに時を刻んでいる。


……


…こんな所にあったのか。


パリを出る時に探したのに無いわけだ。


……


よく見えるな…


音も良く聞こえる…


何より温かい。


アイツが、陽向がここにいるみたいだ。


……


俺は用意されていた椅子に座り、目を閉じた。


……


「…おじさん!!」


少し眠っていたみたいだ…


「はい、コーヒー」


「悪いな」



「インスタントだろ、これ。笑」

「あっ、バレた!笑」



「渚、座ってくれよ」



「…良いの?」



「お前以外誰がいるんだよ。笑」


「座って欲しいんだよ」


「ん、ありがと」



「落ちつくな…」

「ですね〜笑」


「陽向もジジイも分かってたんだな」

「俺がミスるって!笑」

「ですね〜笑」


「全然気付かなかったな、こんな部屋」

「ですね〜笑」


俺は自然と泣いていたようだ。


……


「いい曲じゃねぇか?」

「ですね…」


「失敗…するよな?」

「ですね…」


「失敗も経験…か?」

「ですね…」


「ツライな…」

「ですね…」


……


暖かな日差しが差し込む…


音が聞こえる…


コーヒーの香り…


俺達はしばらくこの部屋に留まった。


……


「さて、切り替えるか!!」


「ですね」


「きついけどな、俺達も」


「陽向さんもお爺様も見守ってくれていました」

「今度は私達の番ですね」


「あぁ」


俺は立ち上がり、部屋を出ていく。


「どちらに?」


俺は天井、

空を指差して。


「ちょっと、文句言ってくる」


そう言って部屋を出た。



陽向…お前もアイツら見守ってやってくれ


頼むな…


……

…………

ーーーー

次回 第30音

「それぞれの」













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