第14音「心」
2000年5月
私は生まれました。
私のお家は
静岡で代々続くお茶問屋です。
明治時代初期にいち早く機械を導入し
高級茶葉と一般的な茶葉をそれぞれを
ブランド化し、繁栄を収めました。
私は将来的に8代目にあたります。
私の代には男子がいないので、私が「西屋」を継ぐ事になります。
小さい頃から特別なお客様へ
祖母と手摘みでお茶を作っていたので
喜んで継ぐ事を受け入れました。
我が家のお茶の多くは手摘みで行っています。
高齢化の波の中、全て機械化してしまえば楽になると思いますが、
私は朝露が乾き始め茶葉が青々としていくあの時の茶畑が大好きなのです。
私はそんな環境で育ちました。
多くをご年配の方々から学んで来ました。
古きを知り新しきを知る事は
私の人生の目標になりました。
だからでしょうか、
音楽の授業で出会った
クラシックに惹かれました。
まさに私の目標通りの世界が広がっていました。
知れば知るほど、この世界の奥深さに私ははまって行きました。
茶摘みをサボってしまう程に…微笑
祖母は
「気にせんでいい」
「今までずっとお手伝いしてくれてたろ」
「少しは好きな事をせんといかんよ」
私は毎日出会う新しい『音』に魅了されていきました。
そんなある日
父が使い古したクラリネットをプレゼントしてくれました。
「佳代、やるなら後悔しない様に、
とことんやりなさい」
「お父さんは出来なかったから」
父は愛おしそうにクラリネットのケースを撫でていました。
「で、でも」
「佳代」
「心配なんていらない、好きにやりなさい」
…
「なぁに、お父さんもお母さんもそれにばあちゃんだってな、まだまだ現役だ!!」
家族は皆んな笑っていました。
最後に父が
「佳代、お父さんが使ってたお古ですまないけど
このクラリネットを貰ってくれないかな?」
少し寂しそうにだけど嬉しそうに言ってくれたのを覚えています。
……
私はクラリネットだけでなく、
父の
母の
祖母の
皆んなの心までプレゼントされたようで
本当に嬉しかったです。
その日の夜はクラリネットを抱えて眠ったのを
良く覚えています。笑
…
その日から
暇をみつけては、父が私に基礎を教えてくれました。
毎朝茶畑で練習してから学校へ行くのが日課になりました。
……
高校2年生の時に、祖母が亡くなりました。
毎朝練習に付き合ってくれた大好きだった祖母の死を、私は受け止めきれずに音大の受験を受けました。
もちろん落ちました。
とても、音楽と向き合える様な気持ちではなかったですから。
母がそんな私を見兼ねて、東京の大学を勧めてくれました。
「ここなら今からでも間に合うよ」
「少しここから離れなさい」
部屋も決めてくれていました。
まだ行くなんて一言も言ってないのに。笑
母は私や父と違ってせっかちなものですから
手続きから願書まで全部隠れて用意していたようです。
……
東京に向かう日
私に向けた母の言葉を良く覚えています。
「佳代、あんた音楽辞めたらいかんよ!!」
「ばあちゃんも皆んなもあんたの『音』大好きなんやから」
「ばあちゃん喜んどった、佳代ちゃんが、やっと好きな事見つけてくれたって。」
「クラリネットを楽しそうに吹いてるあんたを見るのが1番嬉しいって」
父の運転で駅に向かっている間
私は泣いていました、ずっと。
……
ひとしきり泣いた私は新幹線の駅に到着しました。
泣いてスッキリしたからでしょうか視界が開け
前を向けたと思いました。
父から受け取ったクラリネット
母からもらった言葉
祖母の想い
……
茶葉は朝露が乾いてから暑くなるまでの
本当に短い時間に収穫します。
でも私は朝露に濡れた茶畑も、大好きです。
涙という露はきっと乾く事はないと思います。
それでも、
あの茶畑で育てた「心」は無くさない。
そんな気持ちで東京に向かったのをはっきりと覚えています。
ーーーー
初めて住む東京は
新しくて
早くて
空気が薄い
そんな印象でした。
クラスメイトとの会話も新しい事ばかりで
正直ついていけなくて
友達なんて出来ませんでした。
私の「心」は音も色もなくしていました。
毎日、父と母と祖母にごめんねと謝っていました。
……
ある日ひょんな事から知り合った
坂下さんと言うおばぁちゃんのお家に招待されました。
坂下さんとお話をしてる時だけは
私の「心」に音と色が戻ってくる…
そんな気がしていました。
それに、若い人と過ごすより、
年配の方とご一緒させて頂く方が為になりますし、何より好きでした。
私はウキウキしながら実家から送られたお茶を持ってお邪魔しました。
喜んでもらえるかしらなんて思いながら。
…
だけど恥ずかしい事に、
実家を思い出す佇まいと空気に、
私泣き出してしまって。
それに坂下さん祖母に似てるんです。笑
さらにお恥ずかしいのですが、
私、泣き疲れて眠ってしまって。苦笑
その日はそのままお泊まりさせてもらいました。
私、いっぱい、いっぱいお話ししました。
茶畑の事
父からもらったクラリネットの事
祖母の死
東京についていけない事
坂下さんは静かに私の話を聞いてくれました。
「佳代ちゃん、頑張ったね」
その声に祖母を思い出して
また泣いちゃって。
本当にどれだけ泣けば気が済むんでしょう。笑
落ちついた頃坂下さんが
「ねぇ佳代ちゃん、
明日私に付き合ってくれる?」
とお誘いを受けました。
どこに行くのかは教えて頂けませんでしたが
お友達とのお出かけが楽しみで仕方なかったのを覚えています。
ーーーー
翌朝、
坂下さんに連れられて学校の裏手にある
音楽堂に来ました。
えぇ、ここです。笑
私東京に疲れてしまって、母との約束守れてなかったんです。
音楽をやる気持ちになれなくて。
小さいけれど可愛くて綺麗な音楽堂だなって思いました。
「佳代ちゃん、おばあちゃんはここまで」
…
「ここからは、佳代ちゃん自身が歩き出さないと」
正直いきなり何を言ってるのって思いました。
「ねぇ、佳代ちゃん。
人はね一人じゃ生きていけないの」
そんな事分かってる
どうしてそんな事言うの?
お友達なのにって思いました。
「私、佳代ちゃんの事大好きよ。
だけど、私おばぁちゃんじゃない。
もちろんお友達よ、私とも遊んで欲しいもの」
「ここではね、無理しなくて良いの」
「自由なの」
「人に合わせる事も無理にしなくて良いの」
「好きな物を好き、嫌いな物を嫌い
そのままで良いのよ」
そんな所あるもんか、なんて思いました。
「だけどね、佳代ちゃん」
「一つだけ、この扉を開くかは自分で決めないといけないの」
「誰に強制されても、向こうから迎えられてもダメなの」
私の中で何か熱い気持ちが生まれてきたのを覚えています。
…
「勇気を出して、ね」
…
……
◇
私は…
勇気を出してその重い扉に手をかけた。
後ろで坂下さんが見守ってくれている…
怖い…
だけど、
私だってこのままでいいなんて思っていない!!
振り返ると坂下さんが
両手で拳を握り
「がんばれ」って言ってくれてる…
行こう…
私は扉を開き、一歩踏み出した。
「あ、あの〜」
…
……
………
ーーーー
次回 第15音
「休日」




