第10音「楽しい」
2週間なんてあっという間にすぎるもんだ。
いよいよ明日は、アマオケの大会だ。
やれる事はやった、皆んな気合いも入ってる。
ヴィオラ協奏曲なんて任せちまった由希子には悪いけど、俺はあいつの音を信じてる。
なんか吹っ切れたみたいだけど、
今のあいつは誰なんだ?笑
……
茜の編曲も実に俺たちらしい「キラキラ星」に仕上がった。
やっぱあいつ天才だわ。
…
なんか、あの日を思い出す。
あの最後の日のミーティングを…
◇
「ここまで来たな」
「この試合勝てば、いよいよ決勝ステージだ」
「俺たちの高校サッカーが終わるかどうかが、
今日にかかってる」
「気合い入れていこうぜ!!」
バックルームでメンバーと最後のミーティングを行っていた。
俺達は名門校じゃないから
自分達で考え、実践し、
ここまで来たんだ。
俺は、そう思っていた。
◇
ホイッスルが鳴り、ゲームが始まった。
行ける、全国だ!!
俺はまだそんな事を考えていた。
開始10分。
何かが違う…
指示が通らない…
思った通りに動いてくれない…
どうしたんだよ皆んな!!
……
結果はまぁ、あれだ。
俺は再起不能。
サッカー引退。
……
今思えば違っていたのは俺だったんだな。
最後になるかもと熱くなりすぎた。
皆んな同じ気持ちだと思っていたけど、
いつもと違っていたのは俺だったんだ。
皆んなを見ていなかった、
皆んなの声を聞いていなかった、
皆んなを信じきれなかった、
空回り、
若かったな、俺も。笑
そんな歳かよ、と自分にツッコミつつ明日が楽しみで、怖くて、中々寝付けなかった。
◇
翌朝
いつもより早く集合した俺達は、波多野さんの用意したレンタカーに機材を積み込んでいた。
音楽堂の中から
「ちょっと〜なんであたし燕尾なのよ〜」
「いや、オメェ男だから」
「殺すわよ♡」
物騒な痴話?喧嘩の声が聞こえてきた。
「ふー、これで大体OKだな」
「どうだぁーー?」
「は、はい。だ、大丈夫です」
「後は手持ちで行けるよー」
「じゃあ私は一足先に向かってますね」
波多野さんが会場に向けて出発した。
手続きやらを全部やってくれてる。
「あのハゲは、なんでなんもやらないんだ」
「あぁん、誰がハゲだぁ??」
き、教授!
あ、頭が!!
ちょっ、浮いてる!!!!
「たく、口だけは一丁前だな」
しばらくもがいていたが、やっと解放された。
「教授、どこ行ってたんすか!?
全部波多野さんがやってくれましたよ!!」
「あぁー、ちょっと野暮用でな」
バツの悪そうな顔でハゲ、もといスキンヘッドをポリポリとしている。
「それより、準備は済んだのか?」
「「バッチリっす!!」」
音楽堂の周りに座り込み、みんな休憩中だ。
「こっちはどうだ?」
教授は俺の胸に軽く拳を当てた。
いちいちカッコいいな、この人は。
「…バッチリっす」
武者震いが止まらなかった。
◇
そろそろ電車の時間、
会場までは五駅。
今出ればリハーサルにも十分間に合う。
「おーい、そろそろ行くぞー!」
肉体労働と緊張で、皆んな疲れた顔だ。
「待て待て、若人よ」
ジャージ姿の教授が手を上げる。
…この人、来ない気か?
教授はゆっくり俺たちを見渡すと、
どこぞの船長みたいに両手を大きく広げた。
「いいか」
「全力で遊んでこい!!」
一瞬、静まり返る。
「勝ち負けなんざ二の次だ」
「大体、お前らが勝てるわけねぇだろ!
がっはっは!!」
一気に力が抜ける。
「良いんだよ」
「音楽は勝ち負けじゃねぇ」
「楽しむもんだ」
教授は俺たち一人一人の顔を見ながら続けた。
「演奏するお前らが楽しんでなきゃ、
観客が楽しめるわけがねぇ」
「音と遊べ」
少しだけ笑って、
「そうすりゃ、音の方から遊んでくれる」
……
敵わないな、俺がなりたかったの
こういう人だったんだ。
あの時もこの人ならきっと…
……
「いいか、かましてこい!!」
俺達は震え上がった。
……
◇
大学駅から25分、いよいよだ。
自然と背筋が伸びる。
久しぶりだなこの感覚。
……
せっかくシリアスに決めていたのに、
「おっ、出店あんじゃねぇか」
「オォウ、焼きそばでーす!!」
「ウチ、フランク〜」
「波多野さんはたこ焼きが好きらしいぞ、お礼に
買っていくべきだろう」
「ベタにソースだけで良いのか?
マヨはかける派か?」
「…生1つ」
…
……
「全力で遊んでんじゃねぇか!!」
「弘!酒は待てって、これから本番だって!!」
広場はちょっとしたお祭り騒ぎだった。
夜には花火もあげるらしい。
りんご飴を齧る女の子や昔ながらの射的にムキになっている小学生なんかもいる
だから浴衣が多いのか…
それにしても、西田、お前まで…
そういや木下先生がいないな?
ちっさいから逸れたら大変だ。
「木下さーん、お〜い木下〜」
…
「あ、あの…いますここに」
りんご飴を片手にプルプルと震えている。
今にも泣き出しそうだ。
さっきの女の子って…
……
「き、木下先生。なんか食べたい物あるかなぁ?」
「俺奢っちゃうぜ!!」
「…」
小さい声で、
「わたあめ」
「よっしゃわたあめだな」
木下さんは俺の服の裾を摘みながら、
真っ赤になって震えている。
「ほら」
無言で受け取る木下さん、マジでごめん。
「ミツミ〜、一口下さいでーす!」
「嫌です!!!!」
「え〜、トーマっち奢ってくれんの!!
マジヤサじゃん♬ウチかき氷ね」
「あたしも、かき氷…あっ溶けちゃう♡」
茜とマリア、ヒロミちゃんに捕まった。
「おっ、なんだ兄弟奢ってくれんのか?
太っ腹だなぁ。
「まぁ祭りは景気良く行かねぇとよ、
金は天下の回りものってな!!」
「俺はベビーカステラでいいぞ」
「なんだベビーとは?
カステラにベビーなんぞ存在するのか。
…シェフに確認せねば」
「…」
あっ、わかった。
こいつら、緊張してんだ。
茜以外。
あいつは本当に祭りを楽しんでやがる。
……
「わかったよ、今日は奢ってやるよ」
「食いてぇもん買ってこい!!」
「…生おかわり」
「早くしろよー、波多野さん待ってんだから」
思い思いに買い食いに走るメンバーを横目に
俺の財布は重さを失っていった。
今月、もつかな…
あれ、由希子は何処行った?
…
あいつ…
ステージを見てるな。
どうせまだみんなは買い物から帰ってこない。
「由希子」
声を掛けると、由希子はゆっくり振り返った。
「あんたか」
「どうした?」
由希子はもう一度ステージへ目を向け、小さく息を吐いた。
「ヴィオラってさ、バイオリンやチェロと比べる
と、あんまりメイン張ることないのよ」
「…」
「今回、あんたはそんな私を選んだ」
張り詰めた空気が流れる。
やっぱり、緊張してたんだ。
「ごめん」
「柄にもなく緊張してたみたいだわ、
あたしったら」
照れ隠しみたいに笑う。
「今日、友達も観に来るんだ」
「かっこいいあたし、見せつけてやんないとね」
「あぁ」
「じゃ、あたしもなんか買ってこよ〜」
そう言って走り出す背中を見送りながら、
「弘〜、良いもん飲んでんじゃん!!」
頼んだぜ、由希子。
……
◇
「ヒロミ〜! 一口よこしなさいよ〜!」
「嫌よ、このブス!」
「はぁ!? あたしのどこがブスよ!」
「あんたなんか、まんまゴリラじゃない!!」
「キーッ! 言ったわね、この万年発情期!!」
「オォウ、ミツミ、冷たいでーす」
「あ、あ、あ…
ち、違うのごめんね、マリアちゃん!」
「なるほど。
小さいサイズだからベビーカステラか。
味は…うむ。学業の片手間に最適だな。
早急にシェフへ再現を…」
「おっちゃん!
お好みもう一枚! マヨたっぷりでな!」
「見て見て、ベロ青っ!ウケる!!
インスタ上げとこ♬」
「…芋…ソーダで」
いつもの吹き溜りの風景だ。笑
大丈夫、俺達なら
……
◇
意気込んでリハに向かった俺達だったが、
ずいぶん呆気なく終わったな
「こんなもんか」
肩の力が少し抜ける。
リハというより音合わせって感じだったな。
だけど
本番は違う。
眩しい照明
客席からの期待の眼差し
楽しくなってきたぜ
俺は込み上げてくるワクワクに笑いが止まらなかった。
…
……
………
ーーーー
次回 第11音
「オケ」




