第6話 安倍陽太という男(後編)
それは、陽太と管子が出会ってからしばらくした時のことだった。
「なんじゃ、会社を辞めるのか」
南向きの窓から差し込む夕日に照らされて、アイスを頬張る管子は淡々と反応をしていた。
この様子から察するに、管子はなんとなく分かっていたようである。さすがは妖怪といったところだ。
「ああ。俺は結局、夢を捨てきれないみたいだ」
「そうか。その覚悟があるのなら、わっちは精一杯協力させてもらうぞ。なにせわっちは管狐。とりついた相手を富ますのは得意じゃからのう」
「お前、本当に管狐なのか? 調べたら、こんな小さな管に入るっていうじゃねえか」
陽太の覚悟を聞いた管子は、にっこりと微笑んでいる。
その管子を見ながら、陽太は疑問をぶつけている。
そう、管狐と名乗るには、狐の時の大きさが普通の狐と変わらないからだ。
「ふふっ、そこを疑うか。確かに管狐というのは小さい。性質は、とりついた相手を富ませるが、その食欲によって食いつぶすというものじゃな」
「おいおい、それじゃ何か? 俺は貧乏一直線ってわけか?」
「はっはっはっ、面白いことを言うのう。心配は要らぬよ、わっちは長年の修行で妖狐に変化しておるからな。富ませる性質は変わっておらんが、成長しきっておるがゆえに、そこまで食い意地は張っておらん。心配するでないぞ」
管子の話を聞いていた陽太が自分の懐を気にしているが、管子はそれを大笑いで一蹴していた。
ひょいっと椅子から管子が立ち上がる。夕日に照らされた黒いストッキングがきらりと黄金に光ったように見えた。
「そうかそうか、覚悟を決めたか。ならば、わっちも本気を出さねばなるまいな」
「何をする気だ」
「ひと月もの間、ここを留守にするのじゃ。そのための資金は必要であろう?」
「た、確かに……」
今借りているマンションの家賃などなど、とにかくお金は必要だ。管子はそのことを心配しているようである。
ただ、管子が言うには、自分の力を使えばあっという間だという。訳も分からないうちに土日はとある場所に向かっていた。
「うっそだろ、おい……」
陽太は呆然としていた。
「はっはっはっ。どうじゃ、わっちの富ませる力は!」
「まさか、万馬券の連発とは……。本当にすごいな」
そう、陽太と管子は競馬場にいたのだ。そこで管子に言われるままに賭けた陽太は、あっという間に大金を手に入れてしまったというわけである。
「では、軍資金もしっかり準備できたし、おぬしの望む力を手に入れるために、山籠もりといくぞ」
「あ、ああ……。本当に、大丈夫かな……」
あれだけバリバリに馬券を当てまくったというのに、陽太はまだ管子の力を信じられないようだった。
だが、迷っていても管子はどんどんと進んでいってしまう。
「さぁ、力が欲しいのじゃろ。わっちについて来い」
「わ、分かったよ」
管子に連れられてやってきたのは、以前管子を助けた霊場の山林である。
ここには不思議な気配がたくさん集まっており、自身の中に秘められた不思議な力を増幅させる効果があるのだという。それゆえ、管子は妖狐へと変化ができたのだという。
そのような場所ゆえに、しばらくこもれば陽太の中に秘められた力が解放できるかもしれないというわけである。
岩の上での座禅や滝行など、管子は容赦なく陽太に修行を課していく。だが、夢を実現させるために、陽太はまったく音を上げなかった。
その様子を火の番やら食事の世話などをしながら眺めていた管子は、ずいぶんと満足そうである。
ちょくちょく街に下りながら続けられた厳しい修行も、ようやくひと月が経ち、締めの時を迎えた。
「はあはあ……、できた……」
陽太の目の前には、人型に切られた白い紙、形代が落ちていた。そこにはなにやら模様が浮かんでいる。
「ようやったのう。妖を封じるまでできるようになるとは、これでおぬしも、晴れて陰陽師を名乗れるな」
「あ。ああ……」
どうやら、どこともなく現れた野良の妖を形代に封じることができたらしい。浮かんだ模様は、妖を封じられた証拠なのである。
ところが、陽太はどことなく呆けてしまっているようである。夢に見てきた力をついに身につけたわけだが、その実感がいまいち湧かないからだ。
「やれやれ、陰陽師になるという夢を持ちながら、おぬしはどことなく現実主義じゃのう……。もっと喜べばいいに」
この光景には、修行を見てきた管子も首を左右に振ってしまうほどである。
とはいえ、無事に自分の才能を開花させられた陽太は、この能力を活かすべく何でも屋となる『安倍相談事務所』を開くことになる。
住んでいたマンションの一室は引き払い、新たな事務所兼住所となる建物を購入する。
「さぁ、ここが俺たちの新しい出発地点だ」
陽太は購入した建物を見上げて、実に満足げな表情を浮かべている。
「やれやれ、先日の儲けをほぼ全部吐きおって。税金で飛ぶぞ?」
「それだけまた稼ぎゃいいだけだ。世の中、困っている人はたくさんいるんだからな」
「まあ、そうじゃのう。わっちもおぬしの相方を買って出た身じゃ。やれるだけ協力しようではないか」
「ああ、頼むぜ、相棒」
陽太は管子と拳をこつんとぶつけ合う。
こうして陽太は、人生で初めて充実した時を迎えたのである。




