第5話 安倍陽太という男(中編)
安倍陽太と管狐が化けた少女である狐里管子の共同生活が始まった。
狐里管子の姿は黒髪ロングの美少女ではあるが、その正体が管狐という妖怪だと知っている陽太は、まったくなびくこともなかった。
だが、管子が滞在するようになってからというもの、生活環境は改善している。なにせ、身の回りのことをしっかりとやってくれるのだから。
それにしても驚かされたのは、管子が現代の利器をすべて使いこなしていることだろう。
妖怪といえば、古来からの生き物であることが多いので、現代文明など知らないことも多いと考えられるからだ。
ところが、管子はまったくそんな心配すらさせないくらいに現代生活に慣れている。
掃除に洗濯、料理すらもきちんとこなす万能っぷりである。それでありながら、周囲の人間にもすっかり受け入れられているようだった。
「お前、なんでそんなに受け入れられているんだ?」
「ふふっ。わっちは管狐ではあるが、一応妖狐じゃぞ? 化かすくらいの力は持っておる。なぁに、恩人たるおぬしに害をなすつもりなどない、安心めされよ」
「なんだかなぁ……」
管子のいうことをいまいち信じられない陽太である。
「なぁに、味噌と油揚げさえあれば、わっちのことは気にせんでよい。必ずや、おぬしを富ませてやるわい」
「まぁ、そういうことならな……」
仕事で疲れているのか、管子の相手をまともにできず、ぽりぽりと乱れた頭をかいている。
さっさと風呂に入って寝ようとする陽太を、管子は何かを思い出したかのように呼び止めている。
「そうじゃ。おぬし、こういうのに興味があるようじゃな」
管子が目を向けた先にあるのは、パソコンに映し出されたとある動画。そこには実に怪しい烏帽子姿の男が踊る姿が映し出されていた。
その次には、部屋の中に大量に置かれたオカルト関連の書物。それを見せられた陽太は、なんとも慌てた様子を見せている。
「心配要らんよ。わっちはこっち側の存在じゃしのう。礼をするというたからには、おぬしの力、わっちが引き出してやろうではないか」
「ほ、本当か?!」
管子の言葉に、陽太は強く食いついた。
「うむ。独学でやるのも難しいからのう。専門家であるわっちが面倒を見てやろうではないか」
「ありがたい!」
陽太は管子の手をがっちりと握っていた。三十路も近い男の手など、普通なら触りたくもない人もいるだろうが、さすがに管狐は違った。
管子は陽太の手を握りながらにっこりと笑っている。
「では、できれば長い休みを取ってもらいたいのう。わっちが面倒を見るとはいえ、才能があるからとはいっても、期間は最低ひと月は見てもらわんとなぁ」
「はあ?!」
管子から言い渡された期間を聞いて、陽太はさすがに叫ぶしかなかった。なにせ、今の職場でひと月休むということは不可能だからだ。有休を使ったとしても、せいぜい半月が限度である。
それ以上の期間を用意しようとなると、それはつまり、今の会社を辞めるしか方法はなかった。
「なんじゃ、おぬしの夢というのはその程度か」
そういった管子は、突然立ち上がる。
次の瞬間、管子の髪の毛がぶわっと風にあおられたかのように浮かんで広がった。
「近くで、妖怪の仕業と思われる事件が起きておるのう。ちょうどいい、わっちが解決する様を見て、その迷いを吹き飛ばしてやろう」
次の瞬間、管子は陽太を抱え上げていた。その姿はまるでお姫様抱っこだ。これには陽太は顔を真っ赤にしてしまう。
いい年こいた男がお姫様抱っこなのだ。そりゃまあ、恥ずかしいだろう。
そうかと思うと、管子はどこからともなく尻尾を出すと、器用にもその尻尾で窓を開けている。
「それっ、ひとっ飛びじゃ!」
「うわあぁっ!?」
かなり高層階だったのだが、管子はまったく気にしないで飛び降りていた。その高さから飛ばれたとあれば、陽太の方は心臓がバクバクしている。
ところが、管子は気にしないでどこかに向かって走っていく。
しばらくすると、女性の悲鳴が聞こえてくる。夜遅い時間だ。おそらくは不審者に襲われているのだろう。
そう思っていた陽太だったが、実態は違った。
なんとも不気味な変な物体が立っている。
「ふむ、こいつはのっぺらぼうじゃのう」
「のっぺらぼうって、顔がない妖怪だろう?」
「ああ。そして、害はない妖怪なのじゃがなぁ……。あれはどう見ても人を襲おうとしておる。さて、さっさと助けるとするか」
陽太を下ろした管子は、手を組んで何か不思議な力を使おうとしている。
「狐火」
管子が叫べば、女性と男ののっぺらぼうの間に、突然火が現れる。
男は驚いて、女性から離れると、管子たちの方に気が付いた。
そのまま、無言でターゲット切り替えて管子に襲い掛かってくる。
「やはり、こやつは妖に取り憑かれて理性を失った人間か。やれやれ、顔を見られたくない一心から、のっぺらぼうと化しおったか」
「どういうことなんだよ」
状況がよく分からない陽太は、管子に問いかけている。
「おそらくは、隙間妖怪じゃのう。しかも、心の弱いところにつけ込む厄介なやつじゃ」
「で、どうするんだよ」
「まあ、任せておけ」
答えを聞いても動揺し続ける陽太に対して、管子の方は自信たっぷりだった。
「破っ!」
管子が気合いを入れて妖気を飛ばせば、男にぶち当たって何かが体から飛び出してきた。
「邪鬼じゃのう。こやつは弱い個体のようじゃ、ふんっ!」
「ぴぎゃっ!」
小さな鬼のような姿をした何かは、管子に思いっきり踏まれてそのまま潰れてしまった。
その瞬間、広がっていた管子の髪が元の状態に戻っていた。
「さっ、目の前の娘を家まで送り届けようではないか」
「あ、ああ……」
呆然とする陽太ではあったものの、さすがに女性だけで移動させるわけにはいかない。やむなく管子に従って、一緒に女性を家まで送り届けた。
この時の管子の姿を見た陽太は、ちょっとした憧れを管子に抱いたのだった。




