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安倍陽太の妖怪事件簿  作者: 未羊


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第3話 閑古鳥の鳴く事務所(後編)

 背広のポケットから出したのは、人型に切りそろえられた紙の束。これを使って何をするというのだろうか。


「管子、あいつの動きを封じられるか?」


「できなくはないが、なにぶんわっちも狐じゃ。同じ狐同士なら、単純に力の強い方が勝つ。あれだけ強力では、そう長くはもたんじゃろうて」


「ああ、一分も押さえられれば大丈夫だ」


「なら、任せておけ」


 陽太から要請を受けた管子が、スカートの中に腕を突っ込んでいる。さすがにこれには女性と執事が驚いているが、管子は別に気にしていない。

 引き抜いた腕には、細長い管が何本も持たれている。


「さあ、行け。わっちの子どもたちよ!」


 筒の先端の封をすべて開けて腕を振るうと、筒から細長い狐が一斉に飛び出してきた。


「あ、あれは……?」


「管狐って聞いたことがありますかね」


「あ、あれが?」


 陽太の質問に女性と執事の両方ともが驚いている。どうやら、二人とも管狐の存在は知っているようだ。

 ところが、その目の前では、狐憑きになった女性の父親が、ロープを引きちぎって立ち上がってしまう。


「ちぃっ、思ったよりも抵抗が激しいようじゃな」


「ぐるあぁぁっ!」


 管子が叫ぶと、声に反応して父親が襲い掛かってくる。


『母様を守れーっ!』


 飛び出した管狐たちが、父親の両手両足に絡みつく。勢いよく走っていた父親は、急に動きを止められた反動で、後ろへと弾き返されている。


「ぐわぁっ!」


「お父さん!」


 しりもちをついた父親を見て、女性は思わず声を上げてしまう。

 陽太はここぞとばかりに、術を使う。


「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前!」


 九字を唱え、狐憑きとなった父親を結界の中に捕らえる。

 囚われとなりながらも、父親は結界を破ろうとして大暴れをしている。引っかきや体当たりなど、陽太たちへ襲い掛かろうと必死である。


「くそっ。こいつはかなり強力だな。祠を壊されたことに相当に怒ってやがる」


 陽太が仕掛けた結界に、なんということだろうか、ひびが入り始めている。それだけ、狐憑きを引き起こした祟りが強いということだ。

 形代と呼ばれる人型の紙を一枚手に取り、指に挟んだ陽太はなにやらぶつぶつとつぶやき始める。


「ソワカ!」


 腕を振るって、狐憑きの父親へと投げつける。

 形代は父親へと張りつくと、その動きをしっかりと封じてしまう。


「祠を壊されて怒るのは分かるが、これ以上お嬢さんを悲しませるのはやめるんだな!」


「ぐああああっ!」


 陽太が呼び掛けるも、父親は苦しむ声を上げるばかりで、何の変化もない。

 それどころか、封印のための形代を張りつけたまま、さらに暴れようとしている。

 様子を見ていられなくなった管子が、一か八かと女性へと声をかける。


「娘、あやつに向かって父親の代わりに謝るのだ」


「えっ?」


「祠が元に戻ると分かれば、あやつはきっとおとなしくなる。説得を試みるのじゃよ」


 管子の言葉を聞いて、女性はハッとしている。

 自分で父親を助けられるならと、ぎゅっと胸の前で拳を握る。


「お父さんが祠を壊してごめんなさい。私が代わりに謝ります。祠もきちんと元に戻すから、お父さんを返して、下さい……」


 女性は涙ながらにそう訴えると、床に頭がつくくらいの土下座をしている。


「お嬢様だけにつらい思いはさせません。私からもお願いします」


 執事も同じように土下座をしている。その姿を見せると、狐憑きの動きが弱まった。


「今だ!」


 陽太は迷いが生じたことを見逃さずに、もう一度形代を投げつける。


「封っ!」


 ぴたりと張りつくを見ると、陽太は叫ぶ。

 その瞬間、父親の体から黒いもやが浮かび、形代の中にどんどんと吸い込まれていく。

 やがて黒いもやがすべて消え去ると、場にあふれていた重苦しい空気は同時に消え去ってしまった。


「ふぅ、どうやら無事に退治できたようじゃのう」


「ああ。親父さんについていた悪霊は、ここに封印された。こいつは手順を踏んで破棄すれば、消滅させることもできるが、どうする?」


「えっと……」


 陽太の質問に、女性は戸惑っている。

 消滅させるということは、悪霊を殺すということだ。それでは、先程の自分の言葉はだまし討ちをしたようになってしまう。当然ながら、女性は困った顔をしてしまう。


「いえ、そのままにしておいて下さい。祠を修繕できた時、帰してあげて欲しいんです」


「分かりました。美人のいうことには逆らいませんのでご安心下さい」


「まったく、調子のいいやつじゃのう……」


 陽太の態度を見て、管子は露骨に嫌な表情をしている。同時に、放った管狐たちを回収して、スカートの中に収めている。


「旦那様!」


「そうだったわ。お父さん!」


 叫びながら駆け寄っていく執事の声を聞いて、女性も思い出したように父親へと駆け寄っていく。しゃがみ込んで確認してみると、すっかり落ち着いた様子で寝息を立てている。


「命には別条はありませんよ。祠に祀られていた狐が、祠を壊された恨みで取り憑いていただけです。目を覚ませば、元通りでしょう。記憶は分かりませんがね」


「そうですか、よかった……」


 父親の体に触れながら、女性はほっとした表情を浮かべる。


「それじゃ、俺たちは帰りますね。依頼料は、祠の修繕が終わった時にでもいただきましょう」


 陽太はそう言いながら、管子を連れて立ち去ろうとしている。


「待って下さい!」


 女性が呼び止めると、陽太は立ち止まる。


「あの、本当にありがとうございました。ですが、一体あなたは……」


 くるりと振り返った陽太は、ニヒルな笑顔を見せながら女性の問いに答える。


「俺は安倍陽太。しがない陰陽師ですよ」

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