第22話 陽太と管子(前編)
漆黒の体と化した一目童子の妖力は、先程までと比べても格段に跳ね上がっている。赤い状態でも相当の強さだというのに、それがさらに強くなったのだ。さすがに妖である管子と結女は耐えきれない様子を見せている。
「無理よ、こんなの。どうやれば勝てるというの……」
上級の妖である結女ですらこんな反応を示している。つまり、今の一目童子は、完全に上級をはるかにしのいだ存在となったということだ。
ゆっくりと、ゆっくりと一目童子が近付いてくる。その体から放たれる妖気は、触れただけでもやけどをしそうなくらいの禍々しさを持っている。
「くそっ!」
陽太はすぐさま再び形代を手に身構えている。
「お前は確かに強い。だが、強いだけでは男とはいえねぇっ!」
陽太は叫ぶと、一目童子へと走っていく。
「たわけが! 死ぬつもりか?!」
あまりにも捨て身な行動に、管子が叫んでしまう。
「ふしゅるるるる……」
ところが、一目童子は反応を見せない。陽太がかなり迫ってきているのに、まったく動きを見せないのだ。
これは好機かと思った陽太だったが、それは間違いだった。
ブォンッ!
「……っ!」
腕の届く範囲に入った瞬間、一目童子の腕が勢いよく振られた。なんという反応速度と腕の速さなのだろうか。
陽太も一瞬でも反応が遅れていれば、その腕の餌食になっていたところだ。
「っぶねぇ……」
陽太の頬を、冷や汗が伝っていく。
だが、幸いなことに瞬間的な反応速度が上がっているが、我を失っているのかまったく動きがない。
そう思った時だった。
「殺す!」
一目童子がひと言発したのだ。
その瞬間に、大量の妖気が吹き出し、陽太たちは動きが止まるほどに身の毛をよだたせた。
そこへ、一目童子が襲い掛かってくる。強い妖気にあてられて動きが止まっており、とても躱せそうにない。
(くそう、躱せねえっ!)
それでも諦めない陽太は、とっさに九字を切る。かろうじて防壁を発生させるも、一目童子を止めるに至らなかった。だが、防壁分だけ動きを鈍らせたので、直撃を防ぐことはできた。
「ぶへらっ!」
とはいえ、衝撃波だけで軽く吹っ飛んでしまう。受け身を取り損ねた陽太は激しく地面に叩きつけられる。
かなりのダメージになったようで、陽太は立ち上がれどもまともに動けない。
「死ねぇっ!」
一目童子は攻撃の手を緩めない。
吹き飛んだ陽太に追撃を仕掛けてきた。さすがに今度の攻撃は躱せない。
さすがの陽太も死を覚悟した。
「くはっ!」
陽太は声を上げる。
だが、自分が感じたのは別の痛みだった。
自分の体には風穴が開いた感触はない。なにかに突き飛ばされて地面に叩きつけられた痛みだった。
では、一体自分は何に突き飛ばされたのか。
その答えは、振り返った時に分かった。
「……管子!」
自分の代わりに一目童子の攻撃を受けたのは、妖狐の姿に戻っていた管子だった。
そのどてっぱらに一目童子の拳が突き刺さっている。
「かはっ!」
口から血を吐いている。
「陽太は……殺させぬぞ! 食らえっ!」
腹部に一目童子の鋭い攻撃を受けながらも、至近距離から一目童子に狐火を放つ。
瀕死の状態から放った狐火は、一目童子の顔面を焼いていく。
「グワァアッ!!」
大きな声で苦しみながら、一目童子が怯んでいる。
「ははっ、ざまぁないのう……、かはっ!」
腹部から拳が抜けた管子は、にやけた顔を浮かべながらその場に崩れ落ち、再び血を吐く。
「管子!」
「管子先輩!」
さすがに衝撃的な光景であるために、陽太と結女が駆けつける。
二人の声を聞いた管子は、弱々しくも反応を見せる。
「陽太、結女。わっちのことは心配するな……。それよりも、早う一目童子を止めるのじゃ。……放っておいては、この辺り一帯が、すべて妖気に取り込まれ、妖の地と、化してしまう……」
「分かった。分かったからしゃべるな。すぐにでもあいつを止めてやる!」
口から血を流しながら話す管子の姿に、陽太は強く頷く。
「糸守、管子のことを頼むぞ」
「分かりました」
陽太に言われた結女は、しっかりと管子を抱きかかえる。その服が汚れることも気にせず、陽太から距離を取った。瀕死の管子を、戦いに巻き込むわけにはいかないのだ。
「……ったく、あいつをあそこまでボロボロにするたぁ、許せねえな、てめぇ」
陽太はゆらりと立ち上がると、まだ狐火に苦しむ一目童子に言い放つ。
「だが、それ以上に、今は俺は俺自身が許せねぇ! お前に勝って、このもやつく気持ちをすっきりさせてやる!」
陽太は形代を構え、一目童子に改めて宣戦布告をする。
一方の一目童子は、ようやく狐火を払い、体勢を立て直していた。
だが、不意打ちを食らったことからか少し冷静になっており、体の色が赤色に戻っている。
「面白い……。やれるものなら、やってみやがれぇっ!」
陽太の宣戦布告を受けて、一目童子もやる気十分である。
向かい合った両者は、じりじりと攻撃のタイミングを見計らっている。
両手に形代を構えた陽太は、意を決して一目童子へと攻撃を仕掛ける。




