第21話 安倍相談事務所、最大の危機(後編)
人気のない山中にて、陽太たちと一目童子の戦いが始まる。
一目童子の妖気を浴びて妖と化した熊は、結女が引き受けてくれている。おかげで、陽太と管子は一目童子に集中できるというものだ。
だが、この一目童子という妖は、今までの出会ってきた妖とは比べ物にならない妖気を持っている。さすがに経験を積んできた陽太たちでも、厳しい戦いとなると予想される。
「どりゃあっ!」
一目童子が腕をひと振りする。
その強力なひと振りは、直接触れたら確実にアウトだと思われる。なぜなら、当たってもいないのに、体に衝撃が来たからだ。
「うぐっ!」
何かがかすめたようだが、その衝撃だけでかなりの痛みが走る。陽太はその痛みに、思わず顔をしかめてしまう。
「陽太、大丈夫か」
痛そうな表情を浮かべる陽太に、管子が駆け寄る。
「くそっ……。躱したと思ったら、放たれた妖気が体をかすめちまったようだぜ。当てってねえのに結構痛ぇな、これは……」
陽太は痛みの走る脇腹を擦っている。
痛みに耐える陽太を支えながら、管子は一目童子を睨みつけている。
「よくも、わっちの相方を……。いくら格上とはいえど、許せぬぞ!」
管子は姿を人間の状態から狐の状態に戻す。
久しぶりに見せたその姿は、褐色がちょっと色あせたようになっている。
さらに、その尻尾を見てみると、三つに分かれていた。妖狐としてのランクが上がっているという証拠である。
「ほう……。ただの管だと思っておったが、三尾持ちとはな。これは面白い。生きたまま中身をぶちまけて、はく製にしてやろう!」
「やれるものなら、やってみるがよいわっ!」
挑発的な一目童子の言葉に、管子は怒りを露わにしている。
それにしても中身をぶちまけるとはなんとも物騒なことを言ってくれるものである。
「ケーンッ!」
管子は鳴き声を上げると、大量の狐火を発生させる。
相手は妖最強の鬼だ。生半可な攻撃はすべて跳ね返されてしまう。ならば、持てる力をありったけ、最初からぶつけていくしかない。
「食らえ! わっちが長年の修行の成果で身につけた力を!」
しっぽで指示を出すと、狐火が一斉に一目童子へと襲い掛かっていく。
普通の妖であればひとたまりもない攻撃であろうが、一目童子は平然として立っている。
「ふんっ。一度見せた技が、この我に二度も通用すると思ったか!」
一目童子は、両手の拳を胸の前で激しくぶつけている。すると、その時のぶつかり合った衝撃が、衝撃波として辺り一帯に吹き抜けていく。
するとどうしたことか。管子の放った狐火は、一目童子の妖気のこもった衝撃波によって、瞬く間に消し飛んでしまっていた。なんとも恐ろしい力である。
「くそっ、どうすりゃいいんだよ!」
脇腹を押さえたままの陽太は、あまりの力の違いに叫ぶしかなかった。
ところが、管子はまったく動じていなかった。むしろ、これは想定のうちだったのだろう。
「ぬっ……」
次の瞬間、一目童子が苦しみ始める。
一体どういうことだと、陽太は管子の方を見てみる。よく見ると、管子が普段スカートの中に隠している管がすべて転がっていた。
そう、狐火はおとり。紛れるようにして管狐を一目童子に放っていたのだ。
「くそう。管狐を紛れ込ませていたか……」
「ふん、どうじゃ。わっちの子どもたちに頭の中をかき乱される気分は」
「すごい。管子先輩、全然下っ端の妖怪じゃないじゃないですか!」
管子が険しい表情のまま一目童子に言い放つ。
そこへ、妖と化した熊をどうにか無力化した結女が駆けつけた。だが、結女が褒めているにもかかわらず、管子の表情は変わらない。
「陽太。熊が復活せんうちに始末しておけ。わっちの管狐たちが稼げる時間はわずかじゃ、急げ」
「あ、ああ……。痛ぇ」
まだ脇腹のダメージが回復しない陽太ではあるが、管子に言われた通り、結女が糸でぐるぐる巻きにして無力化した熊に形代を放つ。
「縛、封っ!」
絡新婦の糸でぐるぐるになった上から、さらに縛り上げ、そこに封印をかける。
「グアアアアッ!」
妖と化した熊は大声を上げ、形代の中へと消え去った。これで手下を封じることができた。
残るは一目童子だ。
痛みはまだ引かないものの、管子がせっかく作ってくれた隙だ。ここを逃す手はない。
九字を切って、陽太は一目童子の周りに結界を張る。
熊ですら二枚を使ったのだ。陽太は動きを封じるために、五枚の形代を取り出し、一目童子に向かって投げる。
「縛っ!」
痛みに耐えながら、人差し指と中指をそろえて立てた状態で術を発動させる。
ぐるぐると回りながら一目童子を取り囲むように形代が近付いていく。
これで動きを封じることができる。そう思った時だった。
「我を、なめてくれるなよっ!」
形代が体に張りつき、動きを封じる。まさにその瞬間だった。
一目童子から、凄まじい妖気が放たれる。
『うわーっ!』
「我が子たち?!」
一目童子の中に入り込んでいた管狐たちが、ものすごい勢いで吹き飛ばされていく。
いや、それだけではない。
陽太の放った形代も、周囲に張った結界も、そのすべてが一目童子の気合いのこもった妖気で吹き飛ばされてしまった。
「ふしゅるるるる……」
凄まじい妖気にしばらく目を開けていられなかったが、その妖気が収まった時、陽太たちはその目を疑った。
そこにいたのは、肌の色を赤から漆黒へと変化させた一目童子だった。




