第20話 安倍相談事務所、最大の危機(中編)
聞き慣れない名前の妖から果たし状を受け取った陽太たちは、文面の中にあった日時を迎えると、事務所を臨時休業させて指定された場所へと向けて車を走らせる。
手紙で指定された場所は、都会から少し外れた山の中。妖からすると目立つのはよろしくないからだろう。ずいぶんと閑静な場所を選んだものだ。
「ねえ、所長、管子先輩」
移動中、結女が二人に声をかけてくる。
「本当に向かうんですよね?」
そう。相手が鬼だと分かっている以上、自分たちで勝ち目のある相手出ない可能性が高すぎる。なので、結女は怖気づいてしまっているのだ。
「だが、放っておけるわけがないだろう。手紙にゃ、来なかったら妖をけしかけて騒動を起こすって書いてあるんだ。無視するわけにはいくまい」
結女の質問に、陽太はしっかりはっきり答えていた。
何でも屋ではあるものの、これまで数多くの妖関連の事件を解決してきたのだ。ならば、妖に関する騒動を起こさせるわけにはいかないのである。
陽太の言い分に、結女はなんとも渋い表情を浮かべる。
「悪いが、わっちも陽太と同じ意見じゃな。わっちのような下っ端の妖からすれば、鬼なんてものは到底敵う相手ではない。じゃが、人の世に生きる妖からすれば、このようなことは迷惑千万というわけじゃよ」
助手席に座る管子も、力強く言い切っている。
二人がここまで意見を一致させているのを見ると、同じ事務所に身を寄せることとなった結女からすれば、到底反対意見を言えるような状況ではなかった。
「ああ、私も覚悟を決めますよーっ!」
逃げられなくなった結女は、心の底から叫んでいた。
陽太の運転する車は、指定された場所に到着する。
車を降りて少し進んだ森の中。到着した陽太は声を上げる。
「おーい、来てやったぞ。いるんだろう、一目童子!」
陽太が叫んだ瞬間、ズシンという大きな音が響き渡る。
しばらくすると、陽太より少し大きいくらいのジャージ姿の片目が前髪で隠れた男が現れる。ところが、その男は普通ではなかった。
その理由は、右手に熊を引きずっているからだ。
「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ。おかげで、じゃれついてきた連中を返り討ちにして遊んでしまったな」
「げっ、ツキノワグマを片手で引きずってやがる……」
さすがの陽太もドン引きである。
「そりゃそうじゃろうて。鬼は妖最強じゃ。熊ごとき、相手になるわけがない」
「うう、怖ーい」
管子は陽太にツッコミを入れ、結女は単純に怖がっている。
一方の男は、その様子を見てにやりと笑っている。
「ふん。女を二人もはべらすとは、見た目に似合わずやるものだな」
「好きで付き合わせてんじゃねえよ。本当は俺一人で来たかったんだがな。二人が心配だと言ってついてきたんだ」
「ハッ! そういうのをはべらすというのだ」
陽太を見ながら、男は笑っている。
まったく、話が通じないというものである。
「まあいい。早速死合おうというものではないか」
男はそういうと気合いを入れている。
辺り一帯に強力な妖気が漂い始め、管子の髪の毛が遠慮なく広がっていく。管子の髪の毛は妖力の強さによって広がっていくので、それはもう悲惨と言わざるを得ない状態となっていた。
「管子先輩、刺さって痛いです!」
「ええい、ならば離れんか!」
陽太の後ろでは、管子と結女が騒いでいる。
だが、陽太はそんなことに構っている状況ではなかった。
目の前には先程の男の倍以上の大きさになった、全身が赤く、白い髪を持った一つ目の鬼が立っていたのだから。
「こいつが、一目童子か」
「その通り。我はこの辺り一帯の妖を統べる王。これまで、我の配下にいた妖たちが、ずいぶんと世話になったものだな」
「けっ! あの悪趣味な妖たちはお前の手下だったのかよ」
「いかにも!」
陽太が嫌味を言うと、一目童子はしっかりと肯定していた。
それと同時に、一目童子からは大量の妖気があふれ出す。足元の倒れていた熊は、その妖気を浴びるとなんとむくりと立ち上がってしまった。
「げぇっ! そんなのありかよ!」
「我にかかればこの程度造作もない。妖と化した熊の相手でもしてもらおうか!」
「があああああっ!」
完全に白目をむいた生気を感じられない熊が、陽太に襲い掛かる。
その瞬間、大量の糸が熊に襲い掛かった。
「結女!」
「こいつの相手は任せて下さい。私だって上位の妖。いくら鬼の力を受けたとはいえ、こいつくらいなら仕留められます」
大量のクモの糸を出現させて、結女は熊を押さえ込んでいる。
「そうじゃぞ、陽太。こやつを止めねば、これから妖による被害が増えるのじゃ。なんとしても、わっちらだけでこやつを止めねばならぬ!」
「ふんっ! 管狐ごときがなんとも威勢のいいことよなぁ」
「なんとでもいうがよい。わっちをただの管狐と思うでない!」
一目童子にバカにされた管子は、その目の前に狐火を出現させる。
「ぬわぁっ!」
さすがに目の前に突然火を出されれば、鬼とはいえど驚くようだ。
だが、一瞬驚きはしたものの、すぐにその手で狐火を握りつぶしてしまった。
「やってくれるな。だが、これは実に楽しめそうだな」
「いくぞ、陽太。こやつらは必ず止めるのじゃ」
「言われなくても!」
陽太は大量の形代を取り出し、臨戦態勢になる。
最強の妖である鬼と、陰陽師の戦いが、今ここに始まった。




