第19話 安倍相談事務所、最大の危機(前編)
妖関連の依頼が少し続いたので、事務所のお金は少し潤ってきている。
ところが、普通の依頼は相変わらず舞い込むことはなく、陽太たちはとても暇そうに今日も過ごしている。
『さぁ、全馬一斉にきれいなスタートを切りました』
事務所の中には、競馬中継が響き渡っている。あまりにも暇すぎるため、陽太は今日も競馬にのめり込んでいるようだ。
「管子先輩、所長は何をしてるんです?」
「競馬じゃよ。実は昔にちょっと大勝ちさせたことがあって、それ以降のめり込みおったんじゃ。わっちも今は反省はしておるが、一番簡単に大金が手に入るんで、当時は仕方なかったんじゃ」
「それはそれは……」
管子の話を聞いて、結女はなんと言っていいのか困ってしまった。
「まぁ、放っておこう。邪魔すると怒るんでな」
「仕方ありませんね。私たちは黙々と仕事するだけですね」
管子と結女の二人は、陽太をそっとしておいて、事務所の中の掃除を始めることにした。
掃除を終えた後、管子が食事の支度を始める。
「結女、すまんが郵便受けを見てきておくれ」
「ええ、分かりました」
同時に、土曜日なので夕刊が配達されているので、それを含めて郵便受けの確認を結女に頼む。居候の身だし、事務所では後輩にあたるので、結女はおとなしく頼みを聞き入れていた。
その間、管子はまずはお米の準備から始める。しっかりと研いで炊く準備を終えた時だった。結女が怪訝な表情を浮かべながら部屋に戻ってきた。
「おい、どうしたんだよ、糸守」
「どうかしたのか?」
表情が気になった陽太が声をかければ、台所から管子も顔を出している。
「ああ、二人ともちょっとよろしいですかね」
結女は何か思い詰めたかのような表情を浮かべながら、陽太の座っている席の隣に座って、郵便受けから持ち帰ったものを広げている。
「なんだこれ」
「かすかに妖気を感じるのう。どれどれ、見せてみぃ」
炊飯だけは準備が終わったので、管子も混ざっている。結女の持ち帰った中から、怪しげな封書を手に取っている。
その手紙は、差出人が書かれておらず、切手も貼っていない。つまり、わざわざ郵便受けに直接投かんしたということだ。見た目は普通の白封筒なのだが、これだけでさらに怪しさが増す。
「わっちが開けるが、それでいいかえ?」
「ああ、頼む」
「お任せします」
管子が確認すると、陽太たちは管子に任せると答えてきた。なので、テーブルに置いてあったペーパーナイフを手に取って、管子は封筒を開けている。
中にあった手紙に手を触れた瞬間、管子の髪の毛が大きく開く。
「おい、それは妖に対する反応だぞ。つまり、この手紙の差出人は、妖っていうことか?」
「どうやらそのようじゃの。しかも、用があるのは陽太、おぬしのようじゃよ」
「なんだって?!」
手紙を手に取ってパッと見てみた管子は、それだけで結論付けていた。
一体何と書かれているのだろうか。状況が分からない結女は興味津々のようである。
「結女、そんなに目を輝かされても困るというものじゃ。大体、妖が関わる話は面倒なものばかりじゃぞ」
結女の状態を見て、管子はドン引きしている。
とはいえ、今は手紙の確認の真っ最中だ。結女に構わず、管子は手紙の全文をチェックしている。
「果たし状のようじゃな。まったく、こんな回りくどいことをせんでも、直接仕掛けてくればよいというものを……」
「私がやったみたいな感じですかね」
「じゃのう。自分のテリトリーに引き込んで勝負といったところじゃろう。で、どうするのじゃ、陽太」
手紙を陽太に渡しながら、管子はその判断を仰いでいる。なにせ手紙の内容は陽太を指名しているのだ。ならば、陽太に判断してもらうしかないというわけだ。
管子から渡された手紙を、陽太は真剣な表情で目を通している。
「これ、童子って書いてあるが、もしかして鬼か?」
「じゃのう。しかし、この名は聞いたことがないな。一目童子とは、一体何者じゃ?」
陽太の質問に答えながら、過去は首を捻っている。あれだけ妖に精通している管子ですら分からないらしい。
管子の様子を見た陽太は、思わず興味が出てきてしまったようだ。
「よし、この果たし状受けてやろうじゃないか」
「おい、本気か?」
陽太の判断を聞いて、管子は驚きを隠せない。普段は隠している耳としっぽがひょっこり顔を出してしまうほどだった。
「あらあら、管子先輩って本当に狐なんですね。ちょっと触っても?」
「ええい、答える前に触るでないぞ。おいやめろ、くすぐったい!」
結女はすかさず管子の耳としっぽをもふっている。妖狐と分かってからずっと触れるチャンスを狙っていたのだろう。
だが、そんな状況の中でも、管子は陽太に質問をする。
「鬼というものが分かっておるのか? 奴らは妖の上位の存在だ。かかわって無事に済むと思うておるのか!」
「分かっているさ。だが、こうやって果たし状を叩きつけられたからには、受けるというのが男だろうよ」
険しい表情の管子に対して、陽太は笑っている。強敵との戦いに、その胸を躍らせているようなのだ。
こんな姿を見せられては、管子も止められないと悟る。
「好きにしろ。……今夜は陽太の好きなものでも作ってやるわい」
「おっ、悪いな」
最後の晩餐というわけではないものの、こういう時はわがままを許してやろうと思う管子なのである。




