第15話 安倍陽太、危機一髪(後編)
依頼をしに来た女は、妖『絡新婦』だった。
見た目につられてほいほいとついてきた陽太は、あっさりとなすすべなく捕らえられてしまう。
「ふふっ、お前もこいつらのように永遠にその姿を留めてやろう」
絡新婦が部屋の明かりをつけると、部屋の中にはクモの糸に絡めたられた男たちの姿が見える。
なるほど、絡新婦の言っていたうめき声の正体はこいつらか。
惨状を目の当たりにして、陽太は初めて意味を理解した。
途中から感じ始めていた妖気も、この部屋の中に大量に存在しているクモ糸から発せられたものだった。
本来であるならば、妖気は妖本人から発せられる。だが、絡新婦レベルともなれば、それを錯覚させることもできるというわけだ。すっかりだまされたものである。
「くそっ、俺もまだまだだったか……」
「本当に、惜しい力を持っているわねぇ。死なぬように工夫をしながら力を奪い取ってやれば、私の力はさらに強力なものになるわ」
「このままおいしく頂かれてたまるかっていうんだ!」
陽太は捕らえられながらも強がっている。
だが、今動かせるのは首から上と足首から先だけである。このような状況で、一体何ができるというのだろうか。守護の術も、印を結ばないと発動できない未熟な陰陽師だ。陽太は完全になすすべがなくなっている。
(ちくしょう……。こんなところで人生終わりにされてたまるか。何ができる、冷静に考えろ……)
陽太は必死に抵抗を試みる。
「おやおや、この状況でも諦めないとは、ますます気に入ったわ。そうねえ、人との間に子をなすのも悪くはないかもしれないわ」
「誰が、お前みたいなやつと……っ!」
絡新婦は、陽太の何かに狙いを定めているようだった。
だが、正体を現して不気味な妖となった女に、さすがの陽太もすでに鼻の下を伸ばしているような状態にはなれなかった。なにせ女は背中から脚を二対生やし、クモのような状態になったいるのだから。体型はそのままだが、顔は不気味なくらいに口が裂けている。これではせっかくのプロポーションも台無しというものだ。
「妖の世界は力がすべて。見た目の美しさなんて、餌をおびき寄せる手段でしかないわ!」
絡新婦が陽太に襲い掛かろうとしたその時だった。
ガシャーンッ!
窓ガラスが盛大に割れる音が響き渡る。
「なにやつ!?」
絡新婦は驚いてベランダの方を見る。
「げほっげほっ。いかんなぁ、つい勢いが余ってしもうたわい」
「お前は、事務所にいた女! どうやってここに!?」
ベランダからダイナミック訪問をしてきたのは、なんと管子だった。
ここはマンションの八階だ。どこからどうやってきたというのだろうか。
「怪しいと思うておったら、やっぱり妖か。絡新婦とはまた、面白いやつがおったものじゃな」
「ええいっ、邪魔はさせないわ!」
「ふん、こざかしいわ」
管子に対して攻撃を仕掛ける絡新婦だったが、その糸はあっという間に燃やされてしまう。
「わ、私の糸が……」
あっさりと燃やされてしまって、絡新婦は驚いている。
「わっちは妖狐じゃ。狐火を使えば、この程度、なんてこともない」
「おのれっ! 邪魔はさせないわよ!」
「ふんっ! わっちに怒りを向けて、周りが見えなくなったか。のう、陽太」
「なに?!」
自慢の糸があっさり燃やされたことで、絡新婦はかなり頭に血が上っている。そのため、完全に管子に意識が集中してしまっていた。
管子の言葉を聞いて、ハッと気が付いて絡新婦は振り返る。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前! いけ、結界!」
そこには、糸から抜け出して自由になった陽太が立っている。すかさず九字を切ると、絡新婦を囲むように結界が出現する。
「しまった!」
陽太は未熟とはいえ、結界の術はかなり強力だ。絡新婦ですらも完全に捕らえて逃がさない。
すかさず脱出しようとして体当たりをするも、まったくびくともしない。
「散!」
その隙を逃さず、陽太はすぐさま悪鬼祓いの形代を投げつける。
「そうはいくものですか!」
絡新婦は飛んできた形代に対し、糸を吐きつける。すると、糸が身代わりとなり、絡新婦は陽太の攻撃を回避したのだった。
「くそっ! やっぱりこっちは効かねえか」
陽太はとても悔しそうである。
「あっつっ!」
だが、そっちがダメならこっちである。
絡新婦は陽太の形代を回避したのはいいものの、背後から管子の狐火を食らってしまっていた。
「さすがに、二対一じゃ分が悪いわね。はあ、今回は諦めるわ」
「だったら、そこで捕らえられている連中を解放するんだな」
「ええ、解放するわ。あなたたちをここに誘い込んでしまった以上、ここに滞在する意味はないもの」
絡新婦は降参して、糸で捕らえていた男性たちを解放する。
すかさず管子が容体のチェックを行うも、多少の衰弱が見られるくらいで、命には別条はないようだった。
「それじゃまた会いましょうね。情けない陰陽師と可愛い狐さん」
絡新婦はそういうと、管子が侵入してきた窓からさっさと逃走してしまった。
すぐに二人が追いかけるものの、絡新婦の姿は既にそこにはなかった。
「ちっ、逃がしたか……」
「逃げてしもうたのはしょうがない。陽太、こやつらを病院に運ぶぞ」
「ああ、そうだな……」
妖を取り逃がしてしまったものの、囚われの身となっていた男性たちを救出することはできた。
だが、今回の事件は、陽太にとって大きな課題を突き付けたのである。




