第13話 安倍陽太、危機一髪(前編)
五月も終わり、季節は梅雨になる。
気温も上がってくる季節に加え、湿度まで上がるとなかなかに愉快な光景が繰り広げられることになる。
「だわっはっはっはっ!」
朝から陽太の笑い声が響き渡る。
その理由は、管子にあった。
「相変わらずださい笑い声じゃのう。この時期になると、いつもわっちを見て大笑いしおってからに……」
「そりゃそうだろうよ。その頭の状態を見て笑うなという方が無理だ」
お腹を抱えて笑う陽太は、管子を指差している。
その管子はというと、頭の髪の毛が爆発していた。そのあまりの悲惨な状況に陽太が大ウケしているというわけである。
「わっちの体質上、どうしても防げんしなぁ……。とりあえず、整髪料で整えんとなぁ」
管子は洗面台へと向かい、整髪料とブラシでしっかりと髪の毛を整えている。このようにしても、妖にはしっかり反応するので、仕事においてはまったく影響がないので安心だ。
再び陽太の前に戻ってきた管子の髪は、すっかり元通りのストレートロングに戻っていた。
「ふぅ、これでようやく落ち着けるわい」
「まったく、いつ見ても雨が降り続く時の管子の大爆発は不思議だよな」
「わっちも修行が足りんのう。長雨を妖の仕業と勘違いして反応してしまうらしい」
「ああ、あめふらしのことか」
管子は悔しそうな表情を浮かべて首を振りながら、理由をつぶやいている。それを聞いて、陽太は納得しているようだった。
妖怪『あめふらし』は名前の通り雨を降らせる妖だ。不自然な長雨などの原因であることが多いので、春雨、梅雨、秋雨の時期となると、管子の妖センサーがこのように誤作動を起こすのである。
朝からいろいろとあったものの、髪の毛が普通に落ち着いた管子は朝食の支度を始める。
「なんじゃこりゃあ!」
「わっちを大笑いした罰じゃ。とはいえ、栄養バランスは考えられておるぞ。文句があるなら食うでない」
「くそっ。胃袋をつかまれている以上、逆らえねえ……」
陽太が騒いだ理由は、目の前に並んだ料理だ。
厚揚げのステーキに豆腐と油揚げたっぷりの味噌汁、あとはご飯に野沢菜と沢庵というラインナップである。なんとも精進料理というか菜食主義者の料理というか、見事に肉の類はなかった。
それでも、料理は管子にほぼ任せてしまっている状況では、陽太は文句が言えない状態となっていた。仕方なく、管子の作った料理を食べていた。
「味には文句はねえ……。だが、肉、やはり肉が食べたい……」
「心配するでない。わっちが不機嫌を長引かせたことはあったか? ちゃんと夕食はいつも通りに作ってやるわい」
「頼むぜ、相棒」
おいしそうにしながらも不機嫌そうな陽太の姿に不満はあるものの、管子は夕食は普段通り作ることを約束していた。
朝食が終われば、いつものように事務所が開く。
とはいえ、便利屋を標榜しているとはいえど、胡散くさくて人は近寄りがたいのだ。今日もすっかり閑古鳥である。
今日も依頼もなしに午前中が過ぎ去ろうとしていた時だった。
ピンポーン。
事務所の呼び鈴が鳴る。
仕事だろうかと、陽太が素早く反応をする。普段ならば管子も同時に動くのだが、昼食準備に取り掛かったこともあって、反応していなかった。
「はいはい、今開けますよ」
入口までやってきた陽太は、事務所の入口を開ける。
その瞬間、陽太はそこに立っていた人物に目を奪われていた。
「こんな時間に申し訳ありません。ご依頼をしてもよろしいでしょうか」
「いえいえいえ、まったくもって構いませんよ。こんな雨の日に玄関で立ち話もなんです。ささっ、中へと入って下さい」
そのあまりも美しい姿に、陽太はキザな態度をとって依頼人である女性を迎え入れている。
部屋へと戻ってきた陽太を、調理の手を止めた管子が迎える。
その瞬間、陽太の後ろにいた人物を見て動きが固まる。
「なんじゃ、今回の依頼人はそやつか」
「そやつとはまた言ってくれるな。依頼人は依頼人だぞ」
明らかに不機嫌な態度の管子に、陽太は顔をしかめている。次の瞬間、あることに気が付いて陽太はポンと手を叩いている。
「ああ、そうか。お前、ぺったんこだもんな。こういうメリハリボディが羨ましいのか。はははっ、お前も女なんだな」
ゲラゲラと笑う陽太の態度に、管子は堪忍袋の緒が切れる。
「このうつけが! わっちがそんなことを気にすると思うてか。ふざけたことを言うておると、また厚揚げのステーキにしてやるぞ!」
「お、おい。それは横暴というものだろうが」
「セクハラが何をぬかしおる! さっさと依頼を聞け、たわけが!」
管子は明らかに怒っている。普段は静かに閉める扉も、この時ばかりは勢いがものすごかった。
あんまり見ることのない管子の様子に戸惑いながらも、陽太は依頼人を自分の正面に座るように促す。
依頼人の女性も、いきなりの痴話げんかに面食らっていたようだが、陽太に勧められるままにソファーに腰を掛ける。
なんとも気まずい雰囲気の中、陽太は女性から依頼内容の聞き取りを始めたのだった。




