第10話 祟り神は最強の守り神(前編)
メイド喫茶での一件が決着した次の土曜日のことだった。
「いっけーっ!」
陽太は再び競馬にはまっていた。
スマートフォンのモニターをじっと見つめながら、大声を張り上げている。
「また競馬か。わっちが原因ではまったとはいえ、本当に飽きんやつじゃのう……」
「明日はまたG1だからな。その前に少しでも軍資金を増やしておかないとな」
「だったら、わっちの予想を聞け。またひとつも聞かずに馬券を買い込みおってからに。この間の報酬、全部吐き出すつもりか、このたわけものが」
「うるせぇ! 自分で予想して当ててこそ、ロマンってもんなんだよ。いけーっ、カタコトカタコト!」
管子からの愚痴も、今の陽太にはまったく届きそうにない。まったく困ったものである。
また変な名前の馬を頭にしているようだ。
『先行勢がひと塊で直線に入ってくる。わずかに抜け出ているのは8番ワッツザット。13番テトリアシトリ、3番カタコトカタコト、12番モーイイヤンとほぼ並んでいる!』
「うおーっ! カタコトカタコト来い!」
『残り200! 大外から何かが飛んでくる!』
「は?」
いい感じの勝負だったというのに、実況のアナウンスを聞いた瞬間、陽太の表情が引きつった。
『大外から1番ココドマンナカが一気に差し切り! 鮮やかな末脚で、嬉しい重賞初制覇!』
「うっそだろ、おい……」
予想外の伏兵に差し切られて、陽太は愕然とした表情を浮かべている。今日も惜しいところで、勝利の女神に見放されたようである。
「まったく……。ワイドなら的中じゃったのう」
落ち込む陽太に、管子が追い打ちをかけている。
ちなみに寛太が買っていたのは単勝3と馬連3-8の馬券だ。今回の三連単が1-8-3なので、確かにワイドなら当たっていた。もうひとつというところで外してしまうのが、今の陽太なのである。
「くっそう……。明日こそは……」
陽太は崩れるようにしてテーブルへと突っ伏している。翌日の大勝負のための軍資金を確保するどころか、今回も大きく吐き出してしまったのだからしょうがない。
「さすがに見ておれんのう。明日の早いラウンドの予想、わっちの言った通りで買うてみぃ。そしたら、本番で大勝負ができるようになるでな」
「うう、管子様ぁ……」
「ええい、大の大人が妖に泣きつくな! わっちの見た目は女子高生じゃぞ。さすがに犯罪臭くなるわい」
あまりにも情けない姿を見せてくるので、管子はしっぽを出現させて陽太の頭をぺちぺちと叩いている。
こんなコントのようなやり取りがなされている中、唐突に電話が鳴り響く。
気になってスマートフォンを見ると、そこの表示されていた番号は見たことのあるものだった。
「おやおや、この番号は……」
「ああ、父親が狐憑きにあったあの女性の電話だな。落ち込んでいるわけにはいかねえ。また何かあったのなら力になってやらねえとな」
「切り替えが早いのう、……こういう時だけ」
「うっさい」
管子のツッコミに嫌な表情を見せつつも、陽太は電話に応答する。
「はい、こちら安倍相談事務所です」
相手が女性だと分かっていることもあって、陽太は実にはきはきとした調子で発言している。本当にお調子者もいいところだ。
『あっ、こんにちは。先日お世話になりました平野です。今、お時間はよろしいでしょうか』
「ええ、いいですよ。どうかされましたか、また何かお困りごとでも?」
女性は明らかに明るい声で話し掛けているというのに、カッコつけたいのか陽太は相談を受け付ける気満々で応答している。
その隣では、管子が今にも砂を吐きそうな表情で立っている。
『あ、いえ。困ったことではないのですけれど、ご相談したいことがあるんです』
「そうですか。うちは便利ですから、なんだって引き受けますよ」
ちょっとばかり引いたような反応を見せた平野に、陽太はなぜかぐいぐいといっている。本当に困った男である。
あまりにも乗り気な陽太の声に、平野はどう答えていいのか困っているようである。
「ええい、話しづらそうにしておるではないか。わっちに代われ、このたわけが!」
「おい、何をするんだ、やめろ」
カッコつけすぎて話が進まないと見た管子は、スマートフォンを陽太から無理やり奪い取る。
スマートフォンを手にした管子は、一度咳払いをして平野に話しかける。
「申し訳ない。わっちのとこのカッコつけが調子に乗ったようで。時に、用件とは何じゃな?」
『はい。先日父親が壊してしまった祠の修繕が完了しましたので、除幕にご同席をお願いしたいのです。もちろん、前回の件の報酬もお支払いいたします。明日の朝の十時から、我が家にお越し頂けないでしょうか』
どうやら、酔っぱらった父親が徹底的に破壊した祠をきちんと建て直したようである。それにしては除幕式を行うとは、なんとも仰々しい話だ。
とはいえど、前回の報酬を払ってもらえるというわけなので、陽太と管子からすれば断わる理由はない。なので、二つ返事で二人は了承していた。
そんなわけで、二人は久しぶりに平野邸を訪れることとなったのであった。




