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12/20

猫町内会長選挙、正式開幕

猫神社で、次期猫町内会長選挙が正式に始まる。シラタマは秩序を語り、トラキチは力を語る。そしてシャケヤンは、魚を持ってくる実績こそが政治力だと訴え、猫たちの心をつかんでいく。みゅいも候補に立つが、演説の途中で焼きサバの匂いに負け、頼りなさを見せてしまう。その夜、シャケヤンはさらにみゅいを犯人に仕立てる証拠を捏造し、ブチローはその現場を目撃しながらも恐怖で動けない。

潮鳴町の猫神社境内には、町中の猫たちが木漏れ日の隙間を縫うように集まり、石畳の上に黒や茶、白、三毛の猫が散らばっていた。


朝の露が残る石段はまだ足裏に沁みるような冷たさが残るが、港から吹き上がる潮風には、魚市場でこぼれた魚の脂の濃厚な香りと、漁船の氷水が溶けた清冽な匂いが渾然と混じり、鼻先をくすぐる。遠くの魚市場では源さんの怒鳴り声が風に乗って響き、屋根の瓦の隙間から頭を出したカモメたちが、その声に驚いてぎゃあぎゃあと騒ぎ、羽ばたきが空気を掻き混ぜた気がした。


朱塗りの賽銭箱の上には、右目を失った黒猫ゴンザが、尾根をまっすぐに伸ばして威厳よく座っていた。その片目は琥珀色の玉のように輝き、境内に集まった猫たちの一挙一動を見透かすようだった。


「これより、次期猫町内会長選挙を正式に始める」


ゴンザの低くて力強い声が境内に響くやいなや、猫たちの間にざわめきが広がった。尻尾がピンと立ち、三角の耳がピクピクと揺れ、全員の視線が境内の一角に並ぶ候補者たちの方向に一斉に集まった。


まず前に踏み出したのは、純白の毛並みをしたシラタマだった。朝日が彼女の毛並みに透け込み、細かな光の粒子が舞い上がり、まるで他の猫たちとは別の春の陽気を纏っているかのように、柔らかく輝いていた。彼女は前足をそろえて丁寧に座り、尾根を丸めて足元に置いた。


「わたくしは、美しく、秩序ある猫社会を目指しますわ。観光客のカメラレンズに追い回されることのない、漁船から運ばれる魚を年齢や種類に関係なく公平に分けられる、毛並みの色や模様で差別されることのない、心から穏やかな港にしたいと思います」


シラタマの柔らかくて清楚な声が境内に響くと、毛色の淡い猫たちや年寄りの猫たちの一部が、静かに尻尾をゆっくりと立て、彼女の言葉に同意しているようだった。


次に前へ踏み出したのは、大柄な茶トラのトラキチだった。彼は石畳に鋭い爪を立てて地面を掻き、鼻をハクハクと鳴らして周囲を威嚇するように見回した。その体躯は他の猫たちより一つ大きく、首元の毛は逆立っていて、まるで小さなライオンのようだった。


「難しい話はいらねぇ。魚場は力で守る。カモメが魚を横取りしに来たら、牙と爪で追い返す。腹が減って震えている猫には、先に魚を食わせる。それだけだ」


「単純ですこと」


シラタマが前足で口元を押さえ、小さく呟いた。その声には、トラキチの主張を軽視するようなニュアンスが含まれていた。


「単純なほうが腹に力が入る」


黒と白の斑点模様のブチローが、真顔で頭をうなずき、その言葉に強く同意しているようだった。彼はいつもトラキチの後ろについている腹黒な猫だったが、今回はトラキチの主張に共感しているようだった。


そして、シャケヤンがゆっくりと足を運んで前に出てきた。


茶白の丸い体は、まるで餅を握ったような柔らかい輪郭をしており、つやつやと磨かれた毛並みは朝日を反射して輝いていた。口元にはいつものような柔らかい笑みが浮かんでおり、彼が前に座っただけで、境内に漂っていた緊張した空気が少し緩み、温かくなったように見えた。


「皆はん。最近は漁獲量が減って、魚が少ない時代になってしもうた。シラタマさんの理想も大事ですし、トラキチくんの力も大事です。けどな、いちばん大事なんは、実際に魚を持ってこられるかどうかやと思いまへんか?」


シャケヤンの柔らかい声が境内に響くと、猫たちの間に大きなざわめきが広がった。彼は毎日漁船の荷台から魚を持ってきて、仲間たちに分けてくれる猫として、町中の猫たちから信頼されていた。


「腹が減ってクラクラしている猫に、立派な言葉は食べられまへん。わしは約束します。漁船の荷台から、魚屋の店先から、どこからでも魚を集める。集めた魚は、子猫から年寄りの猫まで、誰もが公平に分ける。腹を空かせて夜を越せない猫が一羽もいない、そんな港にします」


「シャケヤンはん、ええ猫や……」


「最近、毎日魚を持ってきてくれるしな」


「会長向きかもしれん」


猫たちの間からそんな声が漏れ、あちこちで尻尾がピンと立ち、シャケヤンの方向に向かって頭をうなずく猫たちが続出した。


みゅいは、境内の一角にある石灯籠の陰に隠れて、その様子をじっと見ていた。彼女は灰色猫で、左耳に少し切れ込みがあり、いつも魚箱の上で昼寝をしているのが好きな猫だった。


「……うまいなぁ」


みゅいは思わず小さく呟いた。シャケヤンの言葉は、まるで魚の脂の香りが直接腹に響くように、猫たちの心を掴んで離さなかった。みゅいには、その言葉の裏に何か隠されているような気がして、少し怖かった。


やがてゴンザの琥珀色の片目が、石灯籠の陰に隠れているみゅいの方向に向いた。その視線は鋭く、まるでみゅいの心の中を見透かしているようだった。


「みゅい。おぬしも前へ」


「え、あたし?」


みゅいは目を丸くして指を指し、自分が呼ばれたことに驚いていた。彼女は選挙に出るつもりは全然なかった。


「推薦数は規定を超えております」


細い体のハチベエが、石段の上に小石を並べながら冷静に言った。彼は猫町内会の事務係で、いつも記録を取っている猫だった。


「魚の調達実績、観光客に追いかけられずに魚を取る操作能力、魚市場の源さんをなだめて魚をもらう攻略率。総合的に候補資格ありです」


「攻略率ってなに?」


みゅいは渋々と石灯籠の陰から踏み出し、石段の前に立った。たくさんの猫たちの視線が彼女に刺さり、足裏がむずむずして立っていられなくなりそうだった。魚箱の上なら何十人の人間の視線を浴びても平気なのに、こういう猫たちの視線は怖かった。


「えっと……」


みゅいは尻尾の先を慌てて揺らし、言葉を探した。彼女は普段からあまり大勢の前で話すことがなかったので、喉が渇いて声が出にくかった。


「魚は、まあ、分けたほうがいいと思う。小さい子猫も、歩くのが遅いおじい猫も、ちゃんと食べたほうがいいし。あと、昼寝場は大事。すごく大事。日差しが柔らかい場所や、雨が降っても濡れない場所を確保しなきゃ。で、カモメは……」


その時、港のほうから強い潮風が吹き込み、焼きサバの濃厚な香りが境内に流れてきた。脂の乗った魚身が焦げ目をつけて焼かれた、完璧な焼きサバの香りだった。みゅいの鼻の穴がピクッと動き、彼女の意識は一瞬その香りに奪われた。


「……カモメは、えっと、焼きサバとは関係なくて……」


みゅいの言葉が途切れると、境内が一瞬静まり返った。猫たちはみゅいの様子を呆れたように見ていた。


シラタマが前足を額に当てて、頭を振っていた。彼女はみゅいの演説に失望しているようだった。


ブチローだけが真剣にみゅいの方向を見て、口を開けた。


「焼きサバ、どこだ?」


「今は選挙演説中です!」


ハチベエが小石を飛ばすように叫び、みゅいを叱った。


みゅいは耳まで熱くなり、猫なのに顔が赤くなった気がした。彼女は慌てて前足で顔を覆い、恥ずかしさで地面に穴があればそこに飛び込みたいと思った。


「と、とにかく! あたしは可愛いし、魚もそれなりに集められるし、たぶん、悪いようにはしない!」


みゅいの叫び声は震えており、説得力はまったくなかった。


猫たちの尻尾は、少し迷うようにゆっくりと揺れ、みゅいの演説に困惑しているようだった。


その夜。


潮鳴町の干物工場の裏には、薄い月明かりが細く落ちていた。潮風は夜になると一層冷たくなり、干物工場から漂う干しイワシの残り香と、古い木箱のカビの匂いが混じり、鼻先を刺激した。工場の壁にはクモの網が張られており、月明かりが網に反射して細かな影を作っていた。


そこに、シャケヤンが暗い影に隠れて立っていた。昼間のにこにことした笑顔は消え、顔は真っ青に冷たく、まるで別の猫のようだった。隣には数匹の手下猫が控えており、彼らの目は暗闇の中で月明かりに不気味に輝いていた。その中には、震えながら立っているブチローもいた。


「ここに、灰色の毛を置くんや。足跡はこっちの砂利道に残す。魚の脂は、この石に塗る」


シャケヤンは静かに指示を出し、手下猫たちに仕事をさせた。彼の声は昼間とは違って低くて冷たく、まるで氷のようだった。


ブチローが小さく声を漏らし、シャケヤンに進言した。


「もう、やめようぜ……みゅいは関係ねぇだろ。彼女はただ昼寝をするだけの猫や」


シャケヤンの目が、すっと冷えて緑色に輝いた。彼はブチローの前に近づき、鼻先をブチローの首元に押しつけた。


「ブチローはん」


声はやさしかったが、その裏には冷たい脅しが含まれていた。


「わしが会長になったら、魚をたっぷり食える猫と、日陰で干物の骨をしゃぶる猫を決められるんですわ。あんさん、どっちになりたいん?」


ブチローは何も言えなくなり、頭を垂れて震え続けた。彼はシャケヤンの脅しに屈し、仕事を続けることを決めた。


その様子を、干物工場の屋根の上からミケコが見ていた。隣には小さなチビスケがいて、彼は前足で口を押さえ、今にも声を出しそうになっていた。


「シッ静かに」


ミケコは低く囁き、チビスケの肩を押した。彼女の目は暗闇の中で鋭く輝き、シャケヤンの陰謀を見透かしていた。


「あれは、みゅいを陥れるための計画だ」


月明かりの下で、シャケヤンの笑顔がまた戻った。彼は手下猫たちの仕事を確認し、満足そうに頭をうなずいた。


「これで、みゅいはんは終わりですなぁ。彼女が魚を盗んだという証拠がつくから、誰も彼女を信じなくなる」


ミケコは息を殺し、屋根の上からシャケヤンの様子をじっと見つめた。もう、みゅい一匹の疑いでは済まない。シラタマにも、ゴンザにも、この陰謀を伝えなければならない。潮鳴町の魚臭い夜に、見えない網が、また一つ張られていった。

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