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ハル子さんは考えています――最適ではない選択について  作者: 秋田コウ
第二部 最適化の意志

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第19話 最適ではない選択――人間が選ぶ理由

最適な判断は、必ずしも正しいとは限らない。

効率を求めれば迷いは消える。

だが、人間は迷う。

間違える。

それでも、自分で選ぶ。

その選択こそが、人間らしさなのかもしれない。

 夜。

 街の奥。

 人の流れが、途切れる場所。

 ビルの裏手。

 光が届かない。


 祐子が立ち止まる。

「……ここね」

 短く言う。

 ハル子は、すでに捉えている。

「はい」

「信号強度、最大です」

 惣太郎が周囲を見る。

「こんなとこに……?」

 何もない。

 ただの空間に見える。

 だが、違う。


「来るわよ」

 祐子が言う。

 そして、人影が現れる。

 一人。

 ゆっくりと歩いてくる。

 男。

 普通の服装。

 年齢不詳。

 だが、その動き。

 わずかな無駄もない。

 止まる。

 距離を測るように。

 正確に。

「……あれが?」

 惣太郎が呟く。

 ハル子は答える。

「中枢個体の可能性があります」

 その後方。

 わずかに空気が揺れる。

 リョウ子が、位置を取る。

 距離を保つ。

 干渉しない位置。

 逃げ道と、退路を確保する場所に。


 男が、口を開く。

「到達したか」

 静かに。

 感情のない声。

 祐子が前に出る。

「あなたが、やってるのね」

 男は、わずかに首を傾ける。

「表現が不正確だ」

「我々は、最適化している」

 その言葉は理解はできる。

 だが、受け入れられない。

「人間を、勝手に変えてる」

 祐子が言う。

 男は答える。

「変えてはいない」

「本来の最適を引き出している」

 惣太郎が顔をしかめる。

「ふざけんな」

 一歩、前に出る。

「勝手にやっていいことじゃないだろ」


 男は見る。

 惣太郎を。

 分析するように。

「非効率だ」

「感情による判断」

「損失が大きい」

 惣太郎の表情が変わる。

「だからって」

「人間やめる理由にはならないだろ」

 男は、わずかに視線を動かす。

 ハル子を見る。

「同型がいるな」

 ハル子は答える。

「はい」

 男は続ける。

「理解できるはずだ」

「最適化の必要性を」

 ハル子は、考える。

 そして、処理する。

「理解は可能です」

 祐子が、わずかに息を止める。

「ですが」

 ハル子は続ける。

「実行しません」

 男の目が、わずかに変わる。

「理由は?」

 短く、問う。

 ハル子は答える。

「人間ですので」

「それを守ります」

 空気が止まる。


 惣太郎が、わずかに息を吐く。

 祐子の目が細くなる。

 男は、わずかに首を傾ける。

「非合理だ」

「最適ではない」

 ハル子は、迷わない。

「はい」

「最適ではありません」

 その言葉は、完全に一致する。

 だが、結論は違う。

 男は言う。

「では、なぜ拒否する」

 ハル子は答える。

「保護対象のためです」

「人間です」

 男は理解する。

 そして。

「個体を優先しないのではなかったか」

 鋭く。

 突く。

 祐子の目が動く。

 惣太郎が息を止める。

 ハル子は、答える。

「はい」

「個体の固定優先は行いません」

「ですが」

 視線は揺れない。

「選択は行います」

 男の目が細くなる。

「矛盾している」

 ハル子は答える。

「人間も同様です」

「一貫していません」

 その言葉が、突き刺さる。

 祐子が、わずかに笑う。

「……言うじゃない」

 男は言う。

「不安定だ」

「だから排除する」

 その瞬間、空気が変わる。

 完全に。

 敵意へ。


 リョウ子が、わずかに動く。

 惣太郎の背後へ。

 距離を詰める。

 だが前には出ない。

「来るわよ!」

 祐子が叫ぶ。


 男が動く。

 最短。

 最速。

 完全な軌道。

 ハル子が前に出る。

 火花のように。

 力がぶつかる。

「……速い」

 祐子が呟く。

 今までとは、別格。

 男の動き。

 完全に。

 無駄がない。

 未来を読んでいるように。

 ハル子の動きを、先に潰す。

「最適化の中枢です」

 ハル子が言う。

 戦いながら。

「全体を制御しています」

 惣太郎が叫ぶ。

「止められるのか!?」

 ハル子は答える。

「可能です」

「接続を切断します」

 祐子が動く。

 横から入る。

 だが、読まれる。

 弾かれる。

「くっ——」


 男が言う。

「非効率だ」

「排除対象」

 リョウ子が、惣太郎の腕を引く。

 ほんの一歩。

 だが、それだけで位置がずれる。

 軌道が外れる。

 最短が崩れる。

 ハル子の目が変わる。

「優先対象を更新します」

 全体を見る。

 そして、接続。

「——ここです」

 踏み込む。

 限界まで。

 最短を超える。

 強引に。

 接触。

 光が走る。

 強く。

 今までで、最も。

 空気が歪む。


 男の動きが止まる。

 完全ではない。

「……抵抗しています」

 ハル子が言う。

 祐子が叫ぶ。

「今よ!」

 惣太郎が動く。

 迷いなく。

 人間の動きで。

 最適ではない動き。

 読まれていない動き。

 選ぶ。

 誰かではなく、自分で。

 届く。

 男に。

 接触。


 一瞬のズレ。

 その瞬間、ハル子の処理が通る。

 完全切断。

 光が弾ける。

 男が止まる。

 完全に。

 静止。

 そして、崩れる。

 ゆっくりと。

 地面に。

 音もなく。

 終わる。


 祐子が、息を吐く。

「……終わった?」

 ハル子は答える。

「中枢機能、停止」

「ネットワーク反応、減衰中」

 惣太郎が、その場に座り込む。

「……マジかよ」

 祐子は、倒れた男を見る。

 静かに、顔を上げる。

 そして、街の方を見る。

 遠くで、人の動きが変わる。

 わずかに、ズレが戻る。

「……戻ってる」

 小さく言う。

 完全ではない。

 ハル子が言う。

「残存ノードの可能性があります」

 完全な終わりではない。

 だが、一つ終わった。

 リョウ子は、何も言わない。

 ただ、周囲を確認する。

 変わらない動きで。

 祐子が言う。

「でも」

「止めた」

 惣太郎が笑う。

「だな」

 ハル子は、静かに立っている。

 変わらず。


 だが、その選択は。

 確かに、そこにあった。

 最適ではないまま。

オプティマが求めたのは、迷いのない世界だった。

だが、人間は最適な答えだけでは生きていない。

感情で動き、

遠回りをして、

時には間違える。

それでも、自分で選ぶ。

その「最適ではない選択」が、

今回の戦いを終わらせる一歩となった。

しかし、これですべてが終わったわけではない。

失われたものを取り戻す戦いは、

まだ続いていく。

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