第17話 守る対象の優先順位――誰を守るのか
誰を守るのか。
その答えは、人によって違う。
家族。
友人。
大切な人。
だが――
人間ではないハル子の答えは、
少しだけ違っていた。
夜。
春川家。
静かな室内。
祐子は、この家から帰らない。
当たり前のようにいる。
ずっと前から、ここに住んでいるかのように。
自然に溶け込んでいる。
リビングの空気は、昼とは違う。
落ち着いている。
惣太郎が、ソファに腰を下ろす。
その足元で、ソラが丸くなっている。
目は閉じている。
眠っているはずなのに、耳だけが動く。
音を拾っている。
空気を読んでいる。
惣太郎が、深く息を吐く。
「……さっきの」
「マジで、人間だったんだよな」
祐子は頷く。
「ええ」
「間違いなく」
その事実が、重く残る。
惣太郎は、視線を落とす。
ソラが、わずかに顔を上げる。
そして、何も言わず、ただ見る。
「……笑えないな」
惣太郎が、小さく呟く。
祐子は、ハル子を見る。
「一つ、聞いていい?」
静かに言う。
「はい」
「あなたの“保護対象”」
「惣太郎でしょ?」
空気が止まる。
惣太郎が顔を上げる。
「え?」
ハル子は、間を置かない。
「いいえ」
祐子の目が細くなる。
「違うの?」
その時。
「コーヒーをどうぞ」
リョウ子が静かに入ってくる。
音がない。
動きが乱れない。
カップを置く。
ずれない。
その所作だけが、いつも通りだった。
ハル子は答える。
「人間全体です」
迷いは、ない。
惣太郎が固まる。
「……は?」
ハル子は続ける。
「個体の優先は行いません」
「状況により最適な対象を保護します」
祐子が、ゆっくりと息を吐く。
「じゃあ」
「惣太郎より他人を優先することもある?」
ハル子は、迷わない。
「はい」
惣太郎の表情が、わずかに揺れる。
ソラが、立ち上がる。
一歩、惣太郎に近づく。
何も分かっていない。
それでも、側に来る。
祐子は、それを見る。
「……怖いわね」
小さく呟く。
視線は逸らさない。
ハル子は、わずかに首を傾ける。
迷いはない。
「問題はありません」
祐子の眉が、わずかに動く。
「問題あるのよ」
低く言う。
「人間は、そういうふうにできてない」
「選ぶのよ」
言葉に、重みがある。
惣太郎が、ソラの頭に手を置く。
無意識に。
「まあな」
小さく。
「普通は、そうだろ」
ハル子は、考える。
処理する。
だが。
完全には一致しない。
「理解できません」
「ですが」
視線は変わらない。
「守ります」
断定。
その言葉に。
空気が、わずかに揺れる。
リョウ子は動かない。
自然な姿勢。
そこだけ、空気が崩れない。
祐子は、ハル子を静かに見る。
理解はできない。
だが、嘘ではない。
確信。
「……そう」
一瞬だけ視線を落とす。
そして、惣太郎を見る。
何も言わない。
だが、そこに感情がある。
惣太郎は、わずかに肩をすくめる。
「まあ」
「そういうやつだしな」
苦笑する。
惣太郎の手が、わずかに止まる。
視線が落ちる。
そして、小さく呟く。
「……そっか」
理解したわけではない。
それだけ言う。
笑っていない。
ハル子は言う。
「優先対象は固定されません」
「状況により更新されます」
その言葉に、祐子がわずかに目を細める。
「じゃあ」
「もし、惣太郎と、他の人間」
「同時に危険にあったら?」
答えは、決まっている。
それでも問う。
ハル子は、迷わない。
「より多くの人命が保護される選択を行います」
重い。
完全に。
理解できる。
だが、受け入れがたい。
祐子は、ゆっくりと息を吐く。
「……やっぱり怖いわね」
そして、ほんのわずかに笑う。
「でも」
「嫌いじゃない」
「え?」
惣太郎が顔を上げる。
祐子は言う。
「ブレないから」
「信用はできる」
その言葉に。
空気がほんの少しだけ。
柔らかくなる。
ソラが、ゆっくりと横になる。
安心したように。
ハル子は、わずかに首を傾ける。
「理解できません」
「ですが、問題はありません」
惣太郎が、小さく笑う。
「そればっかだな」
そして、ゆっくり立ち上がる。
「でもさ」
「それでいいのかもな」
小さく言う。
自分に言い聞かせるように。
外は、静かだ。
だが、確実に何かが動いている。
人間の中で。
見えないまま。
選ばされ続けている。
最適な行動。
最適な判断。
そして、最適な世界へ。
その中で。
選ばない存在。
選び続ける存在。
そして。
選ばれる側の人間。
戦いは、まだ始まったばかりだった。
ハル子は人間を理解できない。
だからこそ、
人間にはできない選択をする。
それは冷たく見えるかもしれない。
けれど、その判断は決して揺らがない。
見えざる敵との戦いが続く中で、
その在り方が希望になるのか、
それとも新たな問題を生むのか。
まだ誰にも分からない。




