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ハル子さんは考えています――最適ではない選択について  作者: 秋田コウ
第二部 最適化の意志

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第16話 最適化に従わない人間――崩れない意思

最適化された人間は、

本当に人間ではなくなってしまうのか。

その答えは、まだ誰にも分からない。

だが――

もし抗う意思が残っているのなら、

救える可能性も残っている。

 夜の繁華街。

 ネオン。

 人の流れ。

 笑い声。

 どこか揃いすぎている。

 歩幅。

 視線。

 動き。

 ズレがない。


 祐子が立ち止まる。

「……見える?」

 ハル子は、すでに捉えている。

「はい」

「複数確認しています」

 惣太郎が周囲を見る。

「え、どこ?」

 祐子は、顎で示す。

「三時方向」

 視線の先。

 一人の男。

 スーツ姿。

 スマートフォンを操作している。

 普通に。


 祐子が異変に気づく。

「……違う」

 男が、顔を上げる。

 目が合う。

 ズレがない。

 次の瞬間。

 動く。

 速い。

 一直線に、最短距離で祐子へ。

「来る!」

 祐子が叫ぶ。

 惣太郎が反応する前に。

 ハル子が前に出る。

 衝突。

 ハル子が、止める。

 祐子も押し返す。

 力が強い。

「……人間か、これ」

 祐子が歯を食いしばる。

 男の動きに、無駄がない。

 揺れがない。

 迷いがない。

 完全に。


「最適化状態です」

 ハル子が言う。

 男の拳。

 最短軌道。

 急所を狙う。

 ハル子が逸らす。

 回避と同時に、反撃する。

 だが、男は止まらない。

 修正して、即座に次の動きへ。

「……止まらない」

 祐子が言う。

 その目が鋭くなる。

「応援は呼ばない」

「混乱が広がるだけ」

 即座に判断する。


 惣太郎が後ろに下がる。

「おい、これ——」

 言い終わる前に。

 男の視線が動く。

 ターゲットが惣太郎に変更される。

 速い。

 一直線で、惣太郎に。


「えっ!」

 惣太郎が、身構える。

 逃げきれない。

 衝突の瞬間。

 ハル子が割り込む。

 止める。

 男が後ろに飛ぶ。

 だが、再度、体制を整え突進。

「危ない!」

 祐子が動く。

 横から崩す。

 だが、崩れない。

 重心が動かない。

「……おかしい」

 祐子が呟く。


 その時。

 ハル子の目が、わずかに変わる。

 処理が加速する。

「優先対象を更新します」

 動きが変わる。

 男の動きを読む。

 次の軌道。

 その先。

 すべてを予測する。

「ここです」

 断定。

 一瞬で踏み込む。

 掴む。

 止める。

 青白い光が走る。

 そして、空気が震える。

 男の動きが止まる。

 完全に。

 静止。

 そして、崩れる。

 音もなく。

 倒れる。


 惣太郎が息を飲む。

「……終わったのか?」

 ハル子は、静かに言う。

「一時的です」

「接続を切断しました」

 祐子が、倒れた男を見る。

 呼吸。

 正常。

 意識。

 戻りつつある。

「……生きてる」

 小さく言う。


 次の瞬間。

 男の指が、わずかに動く。

 止まらない。

 震える。

 微細に。

 規則的に。

 まるで、何かに抗っている。

 祐子の目が、細くなる。

「……まだ切れてない?」


 ハル子は、観測する。

 そして——

「……抵抗です」

 惣太郎が、呟く。

「抵抗……?」

 ハル子は続ける。

「外部からの干渉に対する反応です」

「完全には制御されていません」

 祐子が、ゆっくりと息を吐く。

「……まだ人間ってことね」

 その声は、冷静になっている。

 希望。

 ほんの少しだけ。

 ハル子は、わずかに頷く。

「はい」

「例外個体の可能性があります」


 惣太郎が、男を見る。

 さっきまで敵だった存在。

 今は違う。

「……助けられるのか?」

 祐子が、わずかに視線を向ける。

「……あんた」

「それ、今聞く?」

 だが、否定ではない。

 惣太郎は、一瞬だけ言葉に詰まる。

 自分でも、場違いだと分かっている。

 それでも、目は逸らさない。

 祐子は続ける。

「……いいわ」

「聞く価値はある」

 ハル子が答える。

「可能です」

「接続の完全遮断が必要です」

 祐子が顔を上げる。

「方法は?」

「中枢、または経路の特定です」

「現在の段階では不完全です」


 街の音が戻る。

 何事もなかったように。

 いや、違う。

 もう、元には戻らない。

 その時。

「応急処置を行います」

 リョウ子の声。

 いつの間にか、そこにいる。

 倒れた男の側に膝をつく。

 動きは落ち着いている。

 正確に。

 静かに。

 外の異常とは、無関係のように。

 そして、触れる。

 呼吸を確認する。

「生命反応、安定」

「処置を継続します」

 その声は、いつも通りだった。


 祐子が、わずかに目を向ける。

 一瞬、何かを測るように。

 だが、何も言わない。

 惣太郎が、小さく呟く。

「……普通じゃない」

「これは、事件じゃない」

 祐子が頷く。

「ええ」

 そして、言い切る。

「これは、戦いよ」


 その言葉に、空気が変わる。

 完全に。

 戻らない領域へ、踏み込んだ。


 その時。

 遠くで。

 同じように、誰かが動く。


 見えないまま。

 静かに。

 確実に。

 広がっている。

見えざるものに支配された人間。

しかし、その中には、

まだ抗おうとする意思が残っていた。

敵ではなく、

救うべき人間かもしれない。

そう気づいた時、

この戦いの意味も少しずつ変わり始めた。

見えざる敵を止めるだけでは足りない。

人間を取り戻す方法を、

見つけなければならない。

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