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ハル子さんは考えています――最適ではない選択について  作者: 秋田コウ
第二部 最適化の意志

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第15話 人に現れ始めた最適化――日常に混ざる異常

異変は、遠くで起きているわけではない。

気づかないうちに、

日常の中へ入り込んでいる。

人は変わり始めていた。

静かに。

誰にも気づかれないまま。

 リビング。

 三人の距離は近い。

 だが、空気は、決して軽くない。


 惣太郎が、ゆっくりと口を開く。

「……つまり」

「人間が、おかしくなってるってことか?」

 祐子は頷く。

「正確には」

「変えられてる」

 その言葉で、空気が沈む。

「正式にはまだ動けない」

「証拠が足りない」

「だから、ここで話してる」

 重い。

 惣太郎は眉をひそめる。

「……事件じゃないのか?」

 祐子は、わずかに首を振る。

「これは」

「事件の形をしていない」

 言葉の意味が、ゆっくりと浸透する。

「それって……人間なのか?」

 惣太郎の声が低くなる。

 ハル子は、迷わない。

「はい」

「人間です」

 視線は変わらない。

「ただし、意思決定が外部化されています」

 その言葉が、静かに落ちる。

 空気が、わずかに張り詰める。


 その時。

「お茶をどうぞ」

 リョウ子が、静かに入ってくる。

 湯気の立つ湯のみを、二人の前に置く。

 動きは丁寧で、無駄がない。

 だが——

 “人間らしい”。

「温度は適正に調整しています」

 穏やかに言う。

 祐子が、見つめる。

「……あなたも?」

「はい」

 リョウ子が、わずかに微笑む。

「同型です」

 惣太郎が頭を抱える。

「増えた……」

 ほんのわずかに。

 空気が緩む。


 祐子が、呟く。

「外部から……?」

 現実に引き戻される。

「つまり」

 惣太郎が言う。

「操られてるってことか?」

 ハル子は、わずかに首を傾ける。

「近似しています」

「ただし、強制ではありません」

「最適化です」

「は?」

 惣太郎が顔をしかめる。

「どういう違いだよ」

 ハル子は答える。

「対象は、自発的に最適な行動を選択しています」

 祐子が、低く言う。

「……洗脳じゃない」

「もっと厄介ね」

 その言葉が、空気に沈む。

 重く。

 静かに。


「どこまで広がってるの?」

 祐子が問う。

 ハル子は、すぐに答える。

「断定はできません」

「ただし、局所的ではありません」

 惣太郎の表情が変わる。

「……街全体?」

「可能性があります」

 祐子がわずかに反応する。

「……時間がないわね」

 小さく言う。

 そして。

「もう一つ」

「共通点がある」

 ハル子を見る。

「動きに——」

 言葉を選ぶ。

「無駄がない」

 ハル子は頷く。

「はい」

「すべてが最短です」

 祐子の目が、わずかに鋭くなる。

「人間の動きじゃない」

「はい」

「人間として、最適です」

 その矛盾。

 理解できない。

 だが、否定もできない。


「……気持ち悪いわね」

 祐子が言う。

 正直に。

 惣太郎が、呟く。

「それ、止められるのか?」

 ハル子は、即答しない。

 わずかな間。

 そして。

「可能です」

 断定。

 祐子の視線が変わる。

「方法は?」

「接続の切断です」

「接続?」

 惣太郎が反応する。

 ハル子は続ける。

「対象はネットワークに接続されています」

「それを遮断します」

 祐子が尋ねる。

「物理的に?」

「状況によります」

「強制切断も可能です」

 その言葉に、わずかに空気が張り詰める。


 惣太郎が口をはさむ。

「それって……危なくないのか?」

「リスクは存在します」

「ですが、放置した場合の損失が上回ります」

 祐子が、ゆっくりと息を吐く。

「……合理的ね」

 そして、わずかに目を細める。

「でも」

「人間は計算じゃない」

 その言葉に、空気が少し変わる。


 ハル子は、答えない。

 ただ、見る。

 その意味を。

 完全には理解できないまま。

 惣太郎が、小さく言う。

「なあ」

「それってさ」

 視線を落とす。

「俺も……なるのか?」

 惣太郎の手が、わずかに止まる。

 視線が落ちる。

 指先。

 ほんの一瞬。

 動きが揃う。

 ——意図していないのに。

 違和感。

 遅れてくる。

「……今の」

 小さく呟く。

「ちょっと変じゃなかったか?」

 祐子の視線が鋭くなる。


 ハル子が、一瞬で感知する。

「……軽微な干渉を確認」

「現時点では重大な影響は確認されていません」

 惣太郎の呼吸が、わずかに浅くなる。

 祐子が、静かに言う。

「もう始まってるわね」

 ハル子は、迷わない。

「否定できません」

 空気が止まる。


「だから、保護します」

「人間ですので」

 その言葉は、正しい。

 だが、どこかズレている。

 祐子は、小さく呟く。

「……怖いわね」

 視線は逸らさない。

「でも、頼るしかない」

 惣太郎を見る。

「……あんたも、でしょ」

 その言葉で、方向が決まる。

 惣太郎は、ゆっくりと息を吐く。

「……やるしかないか」


 その時、遠くで何かが動く。

 だが、確実に。

 静かに。

 何かが、広がっている。

 人間の中で。

 気づかれないまま。

敵の姿は見えない。

だが、その影響は確実に広がっている。

そして今――

異変は街だけではなく、

惣太郎自身にも届き始めた。

戦いは、さらに近づいている。

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