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古びた革袋と4本目の足

あっという間に8話目です。

 2日間森の中を歩き、ようやく森の密度が徐々に薄くなり、街道の先に大きな街のシルエットが霞んで見え始めた頃、俺たちは小休止を取ることにした。


 道端の切り株にガレンを座らせ、俺は周囲の警戒を兼ねて立ち尽くす。連日の行軍で腰に鈍い痛みを感じていた。


「おい、小僧。そんな死にかけの面をするな。見てるこっちの飯が不味くなる」

 ガレンが毒を吐きながら、腰にぶら下げた古びた革袋に手を突っ込んだ。

 彼の手から現れたのは、白い湯気が立ち上る「肉じゃが」のような煮込み料理の入った木椀だった。

「……え?」

 俺は思わず声を上げた。その料理には見覚えがある。二日前、野宿の際に俺が「料理の技術」を駆使して作り、余った分だ。

「ガレンさん……それ、まだ温かいどころか、出来立ての湯気が出てませんか? 二日も経っているのに」


「ふん、何を今更。「意外に鈍いところもあるのだな。)空間魔法を施された『マジックバッグ』だ。それも、中身の時間が止まる最高級の代物だ。貴様が作ったあの妙に手の込んだスープも、これなら腐らん」


 ガレンは事も無げに言い、もう一つの椀を俺に差し出した。

 俺は困惑しながらそれを受け取る。確かに、椀の底から伝わる熱は、先ほど火から下ろしたばかりのような鮮烈さを持っていた。


「マジックバッグ……。」

「昔、世話になった奴から毟り取った……と言いたいが、まあ、俺が『不倒の盾』として軍にいた頃の退職金のようなものだ。かつての主君が、動けなくなった俺へのせめてもの憐れみで持たせてくれたのさ。皮肉な話だろう? 飯を温かいまま運ぶには、これ以上の道具はない」

 ガレンは自嘲気味に笑い、袋の底に触れた。その一瞬、彼の目が戦場に立つ騎士のように鋭く細められたのを俺は見逃さなかった。あの袋の底には、今の彼が構えることのできない「巨大な大盾」が、当時の輝きを保ったまま静かに眠っているのだ。

「そんな国宝級のものを、なぜ俺に見せるんですか。盗まれるとは思わないんですか?」

「盗めるものならやってみろ。この袋には登録者の魔力しか受け付けん仕掛けがある。それに……」

 ガレンはスープを一口啜り、俺を正面から見据えた。

「貴様のような、自分の過去さえ思い出せずに他人の世話ばかり焼いているお人好しが、強欲な盗賊に見えるか? 貴様のその仏頂面は自分の弱さを隠すためにあるんだろう」


 俺は黙ってスープを啜った。口の中に広がるのは、看取った男から奪ってしまった「家庭料理の味」だ。時間停止の効果によって、その味も、男の未練も、腐ることなく鮮明なまま俺の喉を焼く。


「……行きましょう、ガレンさん。もうすぐ、街の門が見えます」

「そうだな。

だが、街に着いたら気をもう一段引き締めろよ。あそこには、森の魔物よりよっぽどタチの悪い『人間』が腐るほどいる」

 俺はガレンの松葉杖を支え、再び歩き出した。

 

 前方にそびえ立つ大都市の門が見える。

 この街なら、まともな仕事があるはずだ。

 死者の記憶を奪い、誰かの最期を看取る「葬儀師」としてではなく、人の温かみを感じる仕事が


 だが、腰の『ミゼリコルディア』は、重く冷たく、俺の肌に張り付いている。

 まるで、「お前の居場所は、陽の当たる場所にはない」と告げているかのように。

 俺は、他人の「料理」の記憶が染み付いた右手を強く握り締め、活気あふれる街へと歩き出した。



石造りの巨大な城壁が落とす長い影が、街道を歩く俺たちの姿を飲み込んでいく。ようやく辿り着いた大都市の門には、重武装の門番たちが立ち、厳重な検問を行っていた。

 門へと続く長い列に並びながら、俺はふと、根本的な問題に直面して足を止めた。自分を証明するための最も重要な「記号」が欠落している。

「……ガレンさん。一つ、深刻な相談があるんですが」

「なんだ、小僧。今更腹が痛いとでも言うつもりか」

「名前です。俺、自分の名前を思い出せないんです」

 隣で松葉杖を突く老騎士が、呆れたように鼻を鳴らした。

「ふん、名もなき死人を弔う葬儀師が、自分の名を持っていないとは傑作だな。あの袋の中の男の未練は鮮明に覚えているくせにか」

「笑い事じゃありません。名前がなければ、身分証も通行許可も下りない」

 門番がこちらを指差し、「次だ、来い!」と野太い声で叫んだ。俺の心臓が早鐘をならす。


「…『エイド』だ」

 ガレンが、隣でぼそりと呟いた。


「俺の故郷の古い訛りで、屋根の重みを支える『支柱』や、折れそうな枝に当てる『添え木』のことをそう呼ぶんだ。主の重みを黙って引き受け、自分は決して折れちゃならねえ棒切れのことだ。……誰の指図か知らねえが、介護だの葬儀だのと、倒れそうな連中に肩を貸さずにはいられねえお前には、お似合いの名前だろう」

 突き放すような言い方だったが、その声には確かな重みがあった。


「……エイド。添え木 ですか」


「そうだ。杖に立派な名前は必要ない。俺の四本目の足として働く間は、その名でいろ」

 俺は少しだけ口角を上げた。不思議と、その名前は今の俺の心にしっくりと馴染んだ。

「名はエイド。こちらの騎士様の従者をしております。入街の許可を」

 

 門番は、隣に立つ老騎士が放つ隠しきれない威圧感に毒気を抜かれたのか、乱暴に帳面にペンを走らせた。


「……通れ」


 門をくぐり、活気あふれる街の喧騒に包まれる。

 俺は、他人の「料理」の記憶が染み付いた右手を強く握り締め、自分に言い聞かせるように呟いた。

「エイド、ですね。安上がりな杖ですが、簡単に折れるつもりはありませんよ、ガレンさん」

 こうして俺は、この世界で初めての自分を示す名前――**『エイド』**として、新しい一歩を踏み出した。



仕事の休憩中で書いたので誤字脱字や矛盾が多そうですがお目溢しくださいませ。

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