新たなる相棒
更新できました。ようやく一つの目的が完成です
カン……、カン……、カン……。
鉄の墓場の外で待つエイドとトトの肌を、廃屋の隙間から吹き出す異常な熱気がチリチリと焼いていた。
中から響くのは、バルガスの大地を揺らすような重い槌の音。そしてそれと同調するように、ルゥのガントレットから放たれる、キィィィンという鼓膜を突き刺すような高密度の熱線の駆動音だった。
バルガスが極限まで熱した鋼を叩き、ルゥが『氷晶石の核』の冷気を精密に制御しながら、大盾の結合部へと融着させていく。
十日前、あの暗闇の洞窟でエイドから受けた命令が、ルゥの脳裏によみがえる。
『出力を最低に。結合部だけを狙って』
あの時と同じ。
しかし今回は、ただ命令をなぞるだけではなかった。
凄まじい職人の熱量で迫るバルガスの槌、そして自分の半身を取り戻そうとするガレンの剥き出しの執念。それらが交差する極限の現場に肌で触れるうち――ルゥの、感情の消えていたはずの瞳の奥に、かすかな、本当にわずかな変化が起き始めていた。
(……もっと、細く)
ルゥは、バルガスの槌が振り下ろされる絶妙なタイミング、鋼のわずかな歪み具合を、自らの目で「観察」していた。
言葉には出さない。しかし、彼女は自らの意志で熱線の角度をほんのわずかにずらし、温度を微調整した。
「……ほう」
至近距離で叩いていたバルガスが一瞬、目を細めた。
「……そうだ。その角度だ、そのまま維持しやがれ!」
職人の言葉に、ルゥは答えない。だが、パチパチと散る青い火花は、先ほどよりも確実に、より鋭く、的確に鋼の芯を射抜いていた。奴隷としての機械的な服従を超えた、ルゥ自身の「意志」が、そこに確かに混ざり合っていく。
そして、最後の一撃が放たれた。
――ドォン!!!
世界を震わせるような硬質な音が響き渡り、直後、炉の光が激しく明滅して収まった。
廃屋の扉が開き、中から猛烈な蒸気と共に、バルガスが姿を現す。その手には、一本の凄まじい大盾が握られていた。
「おい、ガレン……! 受け取りな!」
バルガスが完成した盾を、床の石畳へと力強く突き立てた。
――ゴツンッ!!
かつての無骨な大盾の芯はそのままに、氷晶石の核が美しく融け込み、表面には青く冷徹な結晶のラインがカチリと緻密に浮かび上がっている。
ガレンは、ひしゃげてソリの残骸となった松葉杖を躊躇なく投げ捨てると、一歩前に踏み出し、その大盾の取っ手をガチリと掴んだ。
ずしり、と老騎士の腕に伝わる、これまで以上の絶対的な「質量」。そして、触れただけで周囲の空気を凍らせるような冷気の魔力。
「フン……悪くねえ」
ガレンの口元が、獰猛に吊り上がった。
「がはは! 二度とそんなふうに壊して持ち込んでくるなよ、この頑固ジジイが!」
バルガスが笑いながら汗を拭う。
その背後で、魔力を限界まで出力しきったルゥの身体が、ふらりと頼りなく揺れた。エイドはすかさず駆け寄り、その細い肩をそっと支える。
「よくやってくれた、ルゥ。ありがとう」
エイドの言葉に、ルゥは何も答えない。ただ、もこもこフードの奥で、少しだけ荒い息を吐きながらエイドの顔をじっと見つめていた。その瞳には、2ヶ月前にはなかった確かな光が宿っていた。
鉄の墓場の外、静かな星空の下。
無事に盾が直ったことを見届けたトトが、軽やかな身のこなしでエイドの前に着地した。
「じゃあ、ボクの役目はここまでだね。約束通り、僕が必要な仕事は終わりだ」
トトは最初から「臨時加入」であったことを、淡々と、割り切った声で告げる。
エイドもそれをよく分かっていた。引き留めるような無粋な真似はせず、今回の旅で倒した魔物を納品しギルドの報酬から、トトのこれまでの正確な働きに対する「対価」を冷徹に、しかし互いの実力を認め合った重みを持って手渡した。
「助かったよ、トト。君の技能がなければ、僕たちはあの霊峰で終わっていた」
「……当然のことをしただけ。ボクは私情は挟まないからね」
トトは受け取った革袋を軽く放り投げ、いつものように不敵な笑みを浮かべると、そのまま足早に街の雑踏へと消えていった。
ルゥは、もこもこフードの奥から、トトが去っていく背中をじっと見つめていた。
かつての彼女なら、関心すら持たずに視線を落としていたはずの「他者の去り際」。今のルゥは、何かを心に刻むように、その影が消えるまでじっと見送っていた。
宿への帰り道、ガレンは新しい大盾の感触を確かめるように、松葉杖なしで力強く前を歩いていた。
エイドはその少し後ろを歩き、さらにその数歩後ろには、購入された奴隷であるルゥが静かに従っている。立場は依然として主従。だが、前を行くエイドの背中を見つめるルゥの瞳には、パチパチと小さな音を立てて、確かな自我の灯火が芽生え始めていた。
宿の重い木扉を押し開けると、冷え切った身体を包み込んだのは、香ばしいシチューの匂いと、暖炉で爆ぜる薪の音だった。
「あら、おかえり。ずいぶん遅かったじゃないの」
食堂の奥から、エプロン姿のマーサが顔を出す。
何も言わずとも、彼らの佇まいを見ただけで、彼女は全てを察したように優しく目を細めた。
「ガレン、その足……松葉杖はどうしたのさ」
「フン、あんなガラクタは霊峰の雪山に捨ててきたわ。今のわしには、こいつがあるんでな」
ガレンが背負ったばかりの『新生・不倒の盾』を床へと下ろす。ずしり、と宿の床板を揺らす圧倒的な質量。表面に走る青く冷徹な結晶のラインが、暖炉の赤光を反射して怪しく煌めいていた。
「……そう。直ったんだね、あんたの半身が」
マーサはそれ以上深くは詮索せず、ぽんとエイドの肩を叩いた。
「みんな、まずは座りな。冷えた身体に効く特製のスープを出してあげるからさ」
食堂の片隅、いつものテーブル。
エイドの前に置かれたのは、湯気を立てる温かいスープの皿と、一切れの硬いパン。かつてバルガスと約束を交わしたあの夜、ガレンと二人きりで囲んだものと同じメニューだった。
だが、あの夜とは決定的に違う。
ガレンの傍らには、完璧に叩き直された最強の「壁」がある。
そしてエイドのすぐ隣には、もこもこフードを少しだけ浅く被り直したルゥが、静かに座っていた。
「……ルゥ、冷めないうちに食べて」
エイドが静かに促すと、ルゥは無言のままスプーンを握った。
エイドの指示に従っているだけかもしれない。しかし、スープを一口含むたび、彼女の喉が小さく鳴り、感情の消えていたはずの瞳が、暖炉の火をじっと映し出す。その手つきには、どこか十日前よりも確かな「生」の重みが宿っているように見えた。
「ガレンさん。これで、当初の目的は完了できましたね」
エイドがスープを口に運びながら、低く告げた。
「あぁ、そうだ。大金貨3枚、ルゥのガントレットの出力調整、精度、そして霊峰の核……。小僧、お前が毟り取ってきたカードは、すべて最高の形でこの盾に融け込んだ」
ガレンは愛おしそうに盾の縁をなぞる。
「だがな、これで終わりじゃねえぞ。道具が揃ったってことは、これから挑む戦いの格が上がるってことだ。残り1ヶ月の猶予、俺の故郷に帰るために稼ぐぞ。」
「分かっています。」
エイドは湯気の向こうで、満足そうにエールを流し込みながら笑うガレンと、静かにスープを飲むルゥを見た。
二ヶ月前、一人だった席は、もう一人ではなかった。
利害と立場、それぞれの目的のために動き、時には残酷な主従関係の枠組みの中で進む旅。
それでも、エイドの手元には、この二ヶ月間で泥をすすりながら確実に勝ち取ってきた、確かな「戦力」と「成果」が息づいていた。
暖炉の薪が、パチリと小さく爆ぜた。
誤字脱字と因果関係に違和感あれば教えてください。
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しばらくは2日から3日おきの更新になりますのでよろしくお願いいたします。




