鉄の墓場に響く声
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霊峰のふもとへと続く、なだらかな下り坂。
猛吹雪の領域を抜け、ようやく人心地ついた白銀の平原で、ガレンが「ふんぬっ!」と鼻息荒く自らの松葉杖――先ほどの洞窟脱出の衝撃でみっともなくひしゃげた相棒を雪へと突き刺した。
「もうこのガラクタは限界だ。歩くたびにミシミシ言って、わしの繊細な心の臓に悪い。第一、これからバルガスの野郎のところに『本物の素材』を持っていくんだ。いつまでもこんなみっともねえ杖を突いてられるかってんだよ」
「気持ちはわかりますけど、それがないと歩けないでしょう?」
『氷晶石の核』を大事に懐に抱え、雪道を歩くエイドが振り返る。
「フン、誰が歩くと言った?」
ガレンは不敵にニヤリと笑うと、ひしゃげた松葉杖の取っ手をバキリとへし折った。そして、残った平べったい鉄の支柱部分を雪の上にボスンと投げ出す。
「おい、ルゥ! これの先端をちょっとだけ熱して反り返らせろ! エイド、お前はわしの後ろをガチッとロックしろ!」
「……は?」
エイドの困惑を無視して、ガレンは躊躇なくその『鉄の板』の上に、巨体を器度よくドカリと乗せた。
ルゥが感情の読めない目のまま、指示通りにガントレットの極小熱線で鉄板の先端をジュウと炙り、反り返らせる。
「よし完璧だ! おい小僧、掴まれ! 霊峰特急ガレン号、発車だ!」
「ちょっと、ガレンさん!? これ、ただのソリ――うわあああああ!?」
ガレンが強靭な腕力で雪を力強く蹴り出した瞬間、即席の鉄板ソリは凄まじい初速で斜面を滑り出した。
慌てて老騎士の太い腰にしがみつくエイド。その後ろに、無表情のルゥがいつの間にか背後霊のようにピタリと密着している。トトは口元だけわずかに緩めながら、軽やかにソリの横を駆けていた。
「ガレンさん、速すぎる! 曲がれっ、目の前に大岩が――!!」
「がははは! 安心しろ小僧、わしの『不倒の盾』の技能は、体幹の固定にも応用できるんだよ! 絶対にひっくり返らん!!」
「盾がないのに技能を使うなあああああ!!」
――ドォン!!!
霊峰の静寂をぶち破るエイドの絶叫を乗せた肉体の塊は、そのままの勢いで麓まで滑り降り、街外れの廃屋の壁に派手に激突してようやく停止した。
「……ふぅ、いい運動だったな」
雪まみれになりながら、ガレンが何食わぬ顔で立ち上がる。
エイドは魂が口から出かけたような顔で地面にへたり込み、ルゥはもこもこフードについた雪をパパッと払っていた。
カン……、カン……、カン……。
街外れの古い廃屋。「鉄の墓場」は、2ヶ月前と変わらず、内臓を揺らすような重低音に満ちていた。
地響きのような槌の音の中、炉の前に立つ頑固なドワーフ、バルガスは、背後から近づく4人の気配を察しても、やはり振り返ろうとはしない。
「……3ヶ月の期限まで、残り1ヶ月か。糞餓鬼ども、命乞いの言い訳でも考えついたか? 言っておくが、金と素材が揃わねえなら、あの盾は今すぐスクラップ――」
「バルガスさん」
エイドが、低く落ち着いた声でその言葉を遮った。
2ヶ月前、この場所で「銀貨1枚の重みも知らねえ若造」と罵られた少年ではない。この2ヶ月間、泥をすすり、金を毟り取り、仲間を集め直して死線を潜り抜けてきた、本物の冒険者の声だった。
エイドは無言のまま、懐から『それ』を取り出し、バルガスの作業台の上へと静かに置いた。
――ゴト。
薄暗い廃屋の空気が、一瞬で凍りついた。
作業台の上に鎮座したのは、周囲の熱を強引に吸い込み、冷烈な、しかし圧倒的な魔力の波動を放つ、眩い青色の結晶。
霊峰の心臓――『氷晶石の核』。
槌を振り上げようとしたバルガスの動きが、完全に停止した。
ドワーフの太い眉が跳ね上がり、その目が驚愕に大きく見開かれる。
「……なっ」
バルガスはゆっくりと槌を下ろし、信じられないものを見る目で、青く煌めく核を見つめた。
「……霊峰だぞ?」
ぽつり、と地を這うような呟きが漏れる。
「あの化け物どもの巣だぞ?」
「それを……」
「たった、十日で……?」
バルガスはゆっくりと振り返り、エイドの顔をまじまじと見つめた。大金貨3枚は先払いされていたが、実質、素材を獲りに行くとエイドが宣言してから、まだ十日ばかりしか経っていない。
「約束ですから」
エイドは淀みのない目で、不敵に微笑んだ。
「僕の心は、あなたの打ち損ないみたいに簡単には折れないと言ったはずです。これが、最後のピースです」
バルガスは呆然と立ち尽くしていたが、やがて、その表情が獰猛な猛禽のような笑みに変わっていった。
「がはははは! ハハハハハハ!!」
腹を抱え、廃屋が震えるほどの爆笑を上げるバルガス。
「小気味いい餓鬼だ! まさかこの俺が、人間の若造にここまで完璧な『投資』の配当を突きつけられるとはな! いいだろう、これほどの素材を前にして、腕を振るわねえ鍛冶師は死人だけだ!」
バルガスは作業台の奥から、厳重に保管されていた『ガレンの相棒』を取り出した。
その盾は2ヶ月前とは違い、表面の歪みが綺麗に整えられ、芯の結合部が緻密に補強されていた。エイドが先払いした大金貨3枚を使い、バルガスはこの日のために、「基礎の叩き直し」を完璧に終わらせていたのだ。
「おい、ガレン! お前のその無茶苦茶な『不倒』の我が儘に、俺の技術と、この霊峰の核を上乗せしてやる。二度と壊れるんじゃねえぞ!」
「フン……当たり前だ。あいつの矜持は、この2ヶ月間、片時も死んじゃいねえよ」
ガレンが雪を払い、一歩前に出る。その顔には、かつて戦場を震撼させた老騎士の、圧倒的な威厳が戻っていた。
「ルゥ! お前も手伝え! そのガントレットの精密な熱線が必要だ。俺の槌の熱を、この氷晶石の冷気と完璧に同調させるぞ!」
ルゥは無言でコクリと頷き、ガントレットのスリットを開く。パチパチと、道具の性能を限界まで引き出すための、極小で超高密度の青い火花が散った。
「トト、エイド! お前らは外で待ってな! ここからは、鉄と、俺たちの命の削り合いだ!」
バルガスが巨大な槌を両手で握りしめ、炉の火力を最大まで引き上げる。
ゴオオオオ、と廃屋全体が熱風で鳴動する中、バルガスの一撃が、氷晶石の核を纏った大盾へと振り下ろされた。
エイドとトトは、その熱気と職人たちの執念に背を押されるようにして、静かに廃屋の外へと歩み出た。
見上げる夜空には、霊峰の猛吹雪が嘘のような、静かな星空が広がっている。
廃屋の中から、何度も槌の音が響いた。
ドォン。
ドォン。
ドォン。
その音はまるで、新たな伝説の鼓動のように、静かな夜空へと吸い込まれていった。
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