再編成
本日2回目の更新です。
「みなさん、いくらなんでも食いすぎじゃないですか……?」
麓のベースキャンプ。パチパチと爆ぜる焚き火の前に腰掛けたエイドは、力なく苦笑した。
火の傍らに並べられた水筒からは、ようやく溶け始めた氷がちろちろと湯気を立てている。冷静な頭脳は、泥水をすすって逃げ帰ってきた先ほどの惨敗の記憶を、義務のように反芻していた。
環境のデバフ。圧倒的な戦力不足。だが、それ以前の、もっと致命的な『構造的欠陥』に、エイドは気づいていた。
「がはは! 死にかけた後は飯を詰め込んでおくもんだ! 身体が冷えちまうからな」
ガレンは干し肉を豪快に噛みちぎっている。
天幕の隅の薄暗がりでは、トトが無言でナイフの手入れをしていた。魔獣革のインナーに身を包んだ彼は、エイドから配られた干し肉を小さく、静かに咀嚼している。
そんな中、もこもこマントのフードを深く被ったルゥは、じっと、エイドの足元に置かれた凍った水筒を見つめていた。
先ほど、振った衝撃で一瞬にして内部まで結晶化してしまった、あの水筒だ。彼女はしばらくの間、小さな頭を傾けるようにして、何かを深く考えていた。
やがて、ルゥはおもむろに腰のベルトから、自分に配られていた水筒を外した。
指先がかじかむような極寒の中、トコトコと小さな足取りでエイドの前に歩み寄ると、その両手で、自分の水筒をそっとエイドの胸元へと差し出してきた。
「……ルゥ?」
エイドが目を見開く。
手渡されたルゥの水筒の表面には、不思議とあの白い霜が降りていなかった。
ルゥは山の上で炎を作れなかった。代わりに、本来なら過酷な環境から身を守るために身体の内側を巡らせるはずだった魔力だけを、水筒へと微かに流し続けていたのだ。
熱を生むほどの変換ではない。ただ、外からボトルへ染み込んでくる凍結の『核』――吹雪に混ざる魔力の流れを、内からの魔力で乱し、結晶化を遅らせていただけだった。
自分の身を削りながら、かろうじて守り抜いた、命綱たる『生きた水』。
それを、彼女はエイドに差し出している。言葉はなくとも、その真っ直ぐな瞳が雄弁に語っていた。落ち込むエイドを気遣い、自分の分を譲ろうとしているのだ。
いつも指示を待つだけだった彼女が、初めて見せた、自発的な意思による行動だった。
(……ああ、そうか)
差し出された水筒の、かすかな温もりを感じながら、エイドの胸に熱いものが込み上げる。と同時に、冷徹なまでの自己嫌悪が脳内を駆け巡った。
これほど頼もしく、自分の足で立とうとしている仲間たちがいる。それなのに、俺は何を勘違いしていたんだ?
「小僧。お前、山の上で随分と忙しそうに指図を飛ばしていたな」
老騎士の一言に、トトのナイフを研ぐ手がピタリと止まり、ルゥも水筒を差し出した姿勢のまま視線をガレンへと向けた。
「……すみません。僕が全員の動きをコントロールして、最適なルートを引くべきだと思っていました。僕がこのチームの指揮を執るべきだと」
「勘違いするな。お前は弱くねえ。だが戦地で誰をどう動かすかだけは、まだ俺の領分だ」
老騎士は冷たく、だが確かな重みを持って言い放った。
「数々の修羅場を潜り抜けてきたこの俺のほうが、戦況の読みはお前の百倍は解っている。お前がやるべきなのは、慣れねえ頭を回して全体に指図を飛ばすことじゃねえはずだ」
その言葉が、エイドの胸にストンと腑に落ちた。
かつての仕事でもそうだった。現場の責任者としての役割は『優れたスタッフたちが100%の力を出せるように裏を整える』ことだった。
このチームの最大火力はルゥであり、最高の隠密はトトであり、戦術の天才はガレンさんだ。
彼らが一番動きやすい環境を裏で作ることこそが、俺の、エイドという男の本当の役割だ。
「小僧。お前のあの、俺の枝を受け流した技術、実戦でトトを引っ張り込んだ身のこなし。あれは誰かを引っ張るためのもんじゃねえ。……俺の足になれ」
ガレンが松葉杖を地面にコツンと突いた。
「俺が前線で指揮を執る。足場の悪い雪山だ、俺が踏み込みを誤った時、あるいは敵の割り込みが入った時……お前が俺の横に滑り込み、その身体ごと『いなして支えろ』。お前という盾が倒れなければ、俺は何度でも剣を振るえる」
脳内のパズルが、完璧な音を立てて噛み合っていく。
(トップじゃない。俺のポジションは、最高の前衛を完璧に稼働させるための、完璧な裏方、最強のサポーターだ!)
エイドの顔に、いつものポーカーフェイスではない、不敵な笑みが浮かぶ。
彼はルゥの小さな頭にそっと手を置き、その気遣いに感謝を伝えるように微笑みながら、水筒を彼女の腰へと優しく戻した。
「了解しました、ガレンさん。これからの指揮権はすべてあなたに。僕はあなたの『三本目の足』として、現場のイレギュラーをすべて処理します」
エイドは一呼吸置き、老騎士の目を真っ直ぐに見据えた。
「僕は盾じゃない。あなたが盾として成立するための支持脚になります」
その言葉に、ガレンは一瞬だけ呆気に取られたように目を見張り、それからクックッと喉を鳴らして笑った。
エイドがそう宣言した瞬間、ルゥは小さく目を瞬かせたあと、もこもこマントのフードを揺らして静かに頷いた。その仕草は、どこか肩の力が抜けたようにも見えた。
影の中から、トトも静かに立ち上がる。
「……ガレンが前に出て、エイドがその死角を埋めるなら、僕の隠密も死なない。次は、後ろから刺せる」
その瞳には、白一色の雪原で無力化された先ほどまでの焦りはなく、暗殺者としての鋭い光が戻っていた。
「よし、話がまとまったなら、まずはこのクソ寒い氷の塊をどうにかするぞ」
ガレンが半分溶けた水筒を指差した。
魔力混じりの吹雪が凍結核となり、一瞬で内部まで結晶化してしまった水。そして、空気中の魔素密度が低いために熱変換できず、霧散してしまったルゥの炎。
だが、一度起きたイレギュラーの対策を講じることこそ、エイドの本領だ。
「ええ。ボルグさんのマスクを活かすためにも、水対策と、ルゥの点火補助を考えましょう。水に微量の魔獣の脂を混ぜて融点を下げるか、携帯用の熱源の魔道具を調達します。幸い、鋳造所の職人道具にはその手の知恵が転がっているはずです」
かつて咀嚼した料理の記憶が、生存のための配合比率の知識としてエイドの脳内に選択肢を差し出してくる。その未練を静かに引き連れながら、エイドは凍った水筒を焚き火の脇へ置き直した。
こうして四人は、それぞれの強みを噛み合わせた新しい陣形へと組み替わった。
「不倒の盾」の完成へ向けて、霊峰リベンジの作戦会議は夜更けまで続いた。
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