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明日の衣

更新できました。

飽きずに着いてきてくれる方ありがとうございます。

「ガレンさん、いくらなんでも食いすぎじゃないですか……?」

「がはは! 死にかけた後は飯が美味いんだよ! すまねえなエイド、ごちそうさん!」

 ギルド近くの賑やかな食堂。模擬戦の後、泥と砂を洗い流した一同は、約束通り「負けチームの奢り」でテーブルを囲んでいた。

 豪快に酒のジョッキを空けるガレンと、その横で言葉もなく凄まじい勢いで肉を頬張っているルゥ。ルールはルールだが、トトが当然のように「私は一文無しです」という顔でエイドの袖を引いたため、エイドの財布は二人分のエンゲル係数を一手に引き受けて悲鳴を上げていた。

「しかしマジで肝を冷やしたぞ」

 ガレンがふと真面目な顔になり、肉の骨を皿に置いた。

「あの霧、ただの目つぶしじゃねえな。ルゥの火が急に衰えやがった。身体強化の魔力も霧に吸われるみたいに霧散しちまうし、おまけに息が詰まって本気で気絶するかと思ったぜ。あと数十秒あのままで押し切られてたら、俺たちの負けだった」

 ガレンの言葉に合わせるように、ルゥが肉を咀嚼する手を止め、エイドをじっと見つめる。その感情の読めない瞳には、自分の魔法を完全に狂わされたことへの小さなが驚きが宿っているように見えた。

「ガレン、一つ聞いてもいいですか?」

 エイドは苦笑しつつ、ずっと気になっていた疑問をぶつけた。

「中盤、僕が粉を撒いた後……ルゥに直接『撃て』とは指示していなかったはずです。『俺の真後ろに来い』としか。なのに、なぜルゥはあの完璧なタイミングで炎を放てたんですか?」

 ガレンはニヤリと不敵に笑い、自分の大きな胸を叩いた。

「あれが俺とルゥの『隠語サイン』だよ。【俺の真後ろに来い】ってのは、言葉通りに下がれって意味じゃねえ。【俺を遮蔽にして最大火力で撃て】っていう攻撃の合図だ。本物の戦場じゃ、手の内を全部大声で叫ぶ馬鹿はいねえだろ?」

(なるほど……経営層の隠語や暗号のようなものか。言葉通りの意味に囚われていたら、ハメる前にこちらがハメられる)

 敗北の痛みに唇を噛みつつも、エイドは強者のチームマネジメントを貪欲に脳内へインプットしていく。次は必ず、この裏をかく。


 翌朝。筋肉痛でミシミシと軋む身体を引きずりながら、エイドたちは霊峰遠征に向けた防寒具の買い出しのため、市場の職人通りを歩いていた。

 霊峰はただ寒いだけでなく、魔力を帯びた猛吹雪が吹き荒れる極限の地だ。

 ガレンは動きやすさ重視の分厚い毛皮ベストを選び、ルゥはガレンに「体温が下がると魔法のキレが落ちる」と怒られて、もこもこのフード付き防寒マントに身を包まされている。言葉を発しない彼女は少しだけ不満そうに眉を寄せていたが、そのもこもことした姿はどこか小動物のようで微笑ましかった。

 トトは隠密の邪魔にならない、薄手だが驚異的な保温性を持つ黒い魔獣革のインナーを選んでいた。

一通り通常の防寒衣類を揃えた後、エイドが一同を連れて向かったのは、かつて炊き出しや炭鉱採掘で世話になった**『ファキオ中央鋳造所』**だった。

「おいおいエイド、防寒具を買いに来てなんでこんな暑苦しい場所に寄るんだ?」

「ここでしか手に入らない、最高のアウトドアギアがあるんですよ」

 怪訝な顔をするガレンを連れて激しい火花と鉄の匂いが立ち込める工房の奥へ進むと、案の定、あの男がいた。エイドにミスリル鋼の長剣を打ってくれた、大柄な現場責任者のボルグだ。

「おう、エイドじゃねえか! どうした、また美味いスープの仕込みでも教えにきてくれたのか?」

「ボルグさん、ご無沙汰してます。今日は相談があって。以前、炭鉱の現場で作業員の方々が使っていた、あの『防塵・防毒マスク』をろ過材の予備も含めて四人分、譲っていただけないでしょうか」

 エイドの申し出に、ボルグはガリガリと頭を掻いて不思議そうな顔をした。

「あん? あの革マスクか? ありゃ俺たちが炭鉱や炉裏で、有害な粉塵やガスを吸い込まねえための職人道具だぞ。お前、これから雪山(霊峰)に行くんだろ? あんなもん何に使うんだよ」

「雪山での『呼吸補助具』にするんです」

 エイドは昨日の模擬戦でガレンたちを窒息寸前まで追い詰めた経験、構造を把握して「中心の点」を突くという採掘での経験、そして前世の知識を組み合わせてロジックを語る。

「霊峰のような高地は、ただ寒いだけでなく気圧が低くて酸素が薄い。さらに、氷の微粒子が混ざった猛吹雪を直接肺に吸い込めば、一瞬で肺が凍傷を起こして行動不能になります。ですが、あのマスクの錬金フィルターがあれば冷気を和らげられますし、魔鉱石の毒を防ぐほどのろ過性能なら、吹雪に混ざる悪質な魔力の残滓すらカットして、純粋な空気だけを肺に送り込めるはずです」

 エイドの淀みのないプレゼンを聞いていたボルグは、一瞬呆気にとられたように目を見開いた後、隣にいたベテラン職人と顔を見合わせてガハハと豪快に笑った。

「なるほど、雪山の冷気と吹雪を、鉱山の煙に見立てるか! 相変わらずお前は、素材の『配合比率』だけじゃなく、道具の使い方の『目の付け所』まで一味違うな! 道具を大事にするお前の頼みだ、職人の安全を守るための現物と予備のフィルター、大銅貨数枚で融通してやるよ!」

「ありがとうございます、助かります」

 交渉成立だ。エイドは譲り受けた黒い硬質革のマスクをガレンたちに配った。ガレンは手元のマスクを見つめ、「なるほどな……確かに雪山で息が上がると冷気で肺がちぎれそうになる。これならそれを防げるわけか。お前は本当に、俺たちの気づかねえ盲点を突いてくるな」と深く納得して感心したように唸った。

 ルゥも配られたマスクを不思議そうに弄び、エイドの意図を理解したのか、静かにコクコクと頷いた。

 全員が怪しげな黒い鉱山マスクを首にかけ、防寒具を纏う。その姿は、異世界の冒険者というよりも、どこか洗練された特殊部隊のようでもあった。

「よし、装備は整った。明日からいよいよ霊峰遠征だ。――僕たちで、あの雪山を攻略しよう」

 エイドの言葉に、トトが静かに、しかし力強く頷いた。

誤字脱字と因果関係に違和感あれば教えてください。

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