模擬戦開幕
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翌朝、まだ薄暗い東の空が白み始める頃、エイドはいつものように軽いランニングへと繰り出した。
早朝の澄んだ空気を肺に送り込みながら、宿の周囲の街道を一定のペースで走る。これはこの世界に来てから欠かさず続けている日課のトレーニングだ。体力をつけると同時に、走ることで脳内の戦術盤を驚くほどクリアに整理できる。
(白い粉、か……。ガレンさんに火魔法を躊躇させ、僕が火を恐れていると錯覚させるためのブラフ。何が一番効果的か)
走りながら、エイドは前世の知識を検索する。
粉塵爆発を起こせるほど可燃性が高く、かつ市場で簡単に手に入るもの。
小麦粉、片栗粉の類、あるいは砂糖。だが、それらは実戦の場に持ち込むには少し不自然だし、「ハッタリ」としての視覚的効果がやや弱い。
(……いや、あれがいいな)
エイドは進路を変え、すでに開店の準備を始めている商業通りの一角へと向かった。
足を止めたのは、製焙所や穀物、香辛料を専門に扱う商店だ。店先で荷下ろしをしていた店主に声をかけ、大銅貨数枚を支払って、麻の小袋に詰まった「ある粉末」を購入した。
手に入れたのは、**『細かく挽いた乾燥トウモロコシの粉』**だ。
これなら、ただの小麦粉よりも粒子が粗く、空中に撒いたときに白く、それでいて重く滞留する。視覚的なアピールとしては完璧だ。もしガレンが「粉塵爆発」の危険性を本能的に察知して火を止めれば儲けものだし、逆にこれに火を引火させれば、爆発とはいかなくとも一瞬で激しい火の粉が舞い上がり、ルゥの視界を物理的に遮る「目つぶし」としても機能する。
懐にしっかりと麻袋を忍ばせ、エイドは再び走り出した。宿に戻る頃には、朝日が完全に街を照らし出していた。
午前九時。エイドたちは、ギルドの地下にある広大な『訓練室』に集まっていた。
霊峰への遠征を前にした実力測量。セリアもトトが読んだのか来ていた。噂を聞いたのか冒険者たちも集まってきていた。訓練室の近くにいたギルドの一般職員を一人捕まえ、模擬戦の立会人と開始の合図を依頼した。
地下訓練室は、厚い強固な石壁と、魔法の衝撃を吸収する防護結界に守られた閉鎖空間だった。窓はなく、壁に据え付けられた魔導灯だけが、砂混じりの床を青白く照らしている。
「ふぅ、やっぱり地下は少し冷えるな」
ガレンが大きな首を鳴らしながら、巨大なシールドを砂地に突き立てた。その背後には、いつもと変わらぬ無表情のルゥが、静かに魔力を揺らがせて控えている。
「エイド、トト。ルールは一応、どちらかの戦闘不能、あるいは俺が『そこまで』と判断した時点で終了だ。寸止めが基本だが……ルゥの火はたまに加減が利かねえ。死ぬ気で避けるか、防いでみせろ」
「ええ、手加減は無用です、ガレンさんこの前と盾が違いますね。それに松葉杖はなくていいんですか」
「めざといな、『相棒』の修理が近づいてきたからな!なるべく近い形ので身体のなまりを解消しとこうと思ってな、あと無駄に煽ってくるな。弱いのがバレるぞ」
「覚悟したくださいね」
エイドは腰の剣の柄に手をかけ、一歩前に出た。
その隣、トトはすでに気配を薄くし、いつでも跳べるように身体を低く構えている。トトの視線が、一瞬だけエイドの懐に向けられた。そこには先ほど買ったトウモロコシの粉が眠っている。
立合人を任されたギルド職員が、緊張で声を震わせながら手を挙げた。
「そ、双方、構え。……始めっ!」
合図が響き渡ると同時に、ガレンの目がぎらりと光った。
「ルゥ! 開幕ぶっ放せ! 牽制だ!」
「――っ」
ガレンの怒号と同時に、ルゥの小さな手が前に突き出される。詠唱はない。次の瞬間、訓練室の空気が一瞬で爆ぜ、エイドたちの視界を真っ赤な業火が埋め尽くした。
押し寄せる圧倒的な熱波。だが、エイドは動じない。
炎の軌道と広がりを冷静に見極めると、地を這うような低い姿勢で横へと鋭くステップを踏み、ルゥの放った最初の一撃を紙一重で回避した。同時に、隣のトトも影のように炎の網をすり抜ける。
「ほう、避けたか!」
ガレンが感心したように声を上げるが、エイドはすでに次の行動に移っていた。
炎を避けた勢いのまま、腰の剣を引き抜き、ガレンたちの懐へと一気に距離を詰める。水の魔法が使えることを完全に隠した、純粋な剣による接近戦。
ガレンの巨大なシールドの右端、わずかに空いた隙間を狙い、エイドは鋭い一撃を叩き込んだ。
キィィィンッ!
だが、百戦錬磨の重戦士は動じない。ガレンは体勢を崩すことなく、盾の角度をわずかに変えてエイドの剣撃を難なく受け流した。その瞬間、エイドの影からトトが音もなく跳躍し、ガレンの死角である左脇腹へナイフを突き出す。
「甘ぇ!」
ガレンは信じられない反応速度で、盾を保持したまま左の強靭な肘を突き出し、トトのナイフの腹を強引に弾き飛ばした。
間近で対峙する、圧倒的な壁。ガレンのニヤリとした笑みが視界に入る。
――だが、これこそがエイドの狙いだった。密着するほどの近接距離。ここで仕込む。
エイドは受け流された反動を利用して後ろへ跳びながら、懐からコーンミールの袋を掴み出し、ガレンとルゥの目の前へ思い切りぶちまけた。
「っと、なんだぁ!?」
空中に散布された黄色みがかった白い粉末。至近距離で視界を遮られたガレンが、一瞬だけ眉をひそめる。
(――いい。これで僕たちの間合いに、全員が完全に収まった。ルゥ、二発目を撃て)
エイドの誘いに応じるように、ルゥが視界を晴らそうと再び無詠唱の炎を放とうと魔力を練る。
「ルゥ、引け! 搦め手だ!」
ルゥは即座に魔力を練るのをやめる。指示を待つ
(すごいな。反射的な行動まで抑えれるとは。さすがはガランさんだ。先に手札を切るか…。)
「考えていても、結果は出ねぇぞ。ルゥ俺の真後ろに来い。」
ルゥはガレンの真後ろにきた瞬間にルゥは再び無詠唱の炎を放つ。
(今指示は出てなかったぞ、くそ!)
その炎が空中の粉末に触れた瞬間、パンッという激しい破裂音とともに一気に爆炎が膨れ上がり、猛烈な火の粉が二人のを完全に覆い尽くした。不意の視覚妨害と、火魔法への躊躇を誘うハッタリ。
この閉鎖された地下訓練室の空間には今、激しい熱を帯びた空気が満ちている。
「――」
エイドの魔力循環が最高速に達し、ガレンたちの目前、半径十メートル以内の空間に複数の巨大な水塊が出現した。
「水魔法だと!?」ガレンの目が驚愕に見開かれる
シュゥゥゥゥウウウウウッ!!!
出現した水球が熱空間と衝突し、一瞬で爆発的な「水蒸気」へと変貌した。訓練室は瞬く間に、一寸先も見えない完全なホワイトアウトの濃霧に包まれる。
(よし、ここだ!)
「―― (サイズ変更。限界まで細く、小さく……空間全体に分散して留まらせる)」
「チッ、視界が……ルゥ、俺のそばから離れるなよ!」
ガレンが叫ぶ。だが、エイドは魔力を通した水の微粒子を空間に『留め』、固定し続けている。この霧の檻の中では外部からの魔素の流入が遮断される。さらに、焦ったガレンとルゥが魔力を練り、激しい呼吸で霧(水の微粒子)を肺の奥深くへ吸い込んだ瞬間、空間の魔素が急速に枯渇していった。
「な……!? 魔力が……練れねえ……!?」
ガレンの声に、初めて明確な動揺が混じる。二人は激しく咳き込み始めた。
「トトさん、今です! 右から回り込んで!」
エイドは霧の動きでトトの位置を把握し、指示を飛ばす。トトは無音でガレンの背後へと肉薄し、その首筋にナイフを突き立てる――勝機は、完全にこちらにあった。
だが。絶望的な状況の中で、ガレンという男の「規格外の怪物ぶり」を、エイドは完全に見くびっていた。
「……おおおおおおおおおッッ!!!」
魔素を奪われ、視界を失ったガレンが、獣のような咆哮を上げた。魔法も身体強化も使えない『純粋な生身の腕力』だけで、床の砂地を爆発させるように踏み込んだ。
――ドォンッ!!!
ガレンが全力で大盾を床に叩きつけた衝撃波と、その圧倒的な質量による力任せの「盾の薙ぎ払い」が、空間を狂暴に荒れ狂う。接近していたトトは、その超人的な蛮力の風圧だけで強引に弾き飛ばされ、壁に背中を打ち付けた。
「っ……あ……!」
さらにガレンは、息の根が止まる寸前の凄まじい執念で、声のしたエイドの方向へと盲目的に突撃してきた。大盾を前面に構えた、肉体の戦車。エイドは咄嗟に剣を構えたが、魔法や知略では埋められない『圧倒的な物理の暴力』が、エイドの身体ごと剣を弾き飛ばした。
ドガァッ!!!
強烈な衝撃がエイドの全身を駆け抜け、床をごろごろと転がる。受身を取るのが精一杯だった。肺から空気が完全に絞り出され、視界がぐにゃりと歪む。
「そこ、そこまでだァ!」
立会人を頼まれていたギルドの職員が、恐怖に顔を強張らせながら大声で制止の合図を叫んだ。同時にエイドの魔力が途切れ、空間を縛っていた霧がただの水蒸気となって天井へ抜けていった。
ハァ、ハァ、と激しく膝をつき、喉を抑えて苦しそうに呼吸を荒げているガレンとルゥ。ガレンの首筋は、あと一歩でトトのナイフが届くところだった。完璧にハメていた。あと数十秒、ガレンの意識が途切れるのが先か、こちらの体力が持つかの勝負だった。
しかし、床に倒れ込み、剣を手放したエイドの前に、職員が恐る恐る歩み寄る。
「……しょ、勝者、ガレン、ルゥ組……!」
砂まみれになったエイドは、仰向けのまま天井を見上げ、ズキズキと痛む身体を自嘲するように笑った。
(……はは、やっぱり甘くはなかったか。あれだけの絶望的な檻の中で、生身の腕力だけで盤面をひっくり返してくるとは。ほんとにすごい人だ)
完璧なロジックを組んでも、それを力技で圧殺する怪物。それが、この世界の『一流』。
痛烈な敗北感を味わいながらも、エイドの心には、自分の知略が確かに通用したという確かな手応えと、次は絶対に負けないという冷徹な闘志が、静かに燃え上がっていた。
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水の魔法の名前が決まりません、




