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冷徹な一歩

更新しました。

深夜。宿の、静まり返った一室。

 エイドは机の上のランプに小さな灯りを灯し、一人で昼間に獲得した『水を留める魔法』について、深く、深く思考を巡らせていた。

(まず、魔法で生み出した水は、いつ消えるのか?)

 昼間、僕が魔法の維持を解いたとき、濃霧を形成していた微粒子は空気中に消えていった。だが、それは本当に「消滅」したのだろうか。

 この世界の一般的な認識では、魔法で作った水や火は、術者の魔力が切れるか、維持をやめれば虚空へ還るとされている。だが、本当にそうなら、魔法の水で喉を潤した僕の身体はどうなる? 飲んだ水が数時間後に体内からパッと消滅するなら、脱水症状で死んでしまうはずだ。

(いや、違う。消えていないんだ)

 あの水は消滅したのではない。維持を解かれ、重力と環境の法則に従って、ただの「本物の水」として空気中に**蒸発(分子拡散)**しただけだ。でなければ聖水の原理もおかしいはずだ、魔力で作った水に『浄化』の力を加える。ということは魔素でできた水は消えない「本物の水」のはず。水の中の魔素は時間経過で勝手に消えていくのかもしれない。

 つまり、この世界の魔法とは、魔力を消費して物質を『生成』または『変換』する現象であり、一度生み出された物質は、維持を解かれてもその場に物理的に残り続ける。


 では、その「物質」を僕はどれほどの距離まで生み出し、コントロールできるのか。エイドはベッドに深く腰掛け、自身の内に巡る魔力の広がりをじっと計測する。


 自分を中心に半径十メートル以内であれば、一瞬で、狙った通りの位置に水球を出現させて「その場に留める」ことができる。意識を極限まで尖らせて伸ばせば、最大で二十メートル先まで届くかもしれないが、それでは空間の解像度が落ちて発動に数秒のラグが生まれる。百戦錬磨のガレンさんを相手に、その数秒の遅れは致命傷になりかねない。

(確実な必勝の間合いは、半径十メートル。ガレンさんたちが僕の『間合い』に踏み込んできた瞬間が、勝負の火蓋だ)

 生み出す距離は十メートルが限界でも、一度生み出した水を『サイズ変更(微粒子化)』して広げるのであれば、およそ半径20メートル以上の戦場全体を濃霧で包み込み、支配下に置くことができる。そこからが、僕の領域だ。近接には剣を使えばより確実になる。


(そして、魔法を発動するための環境エネルギー――『魔素』の性質。もしこれが、現代科学における「酸素」のような有限の物質だとしたらどうなる?)

 昼間、トトは霧の中で『魔法の残滓が空間に混ざるから、魔力探知も狂う』と言っていた。

 それは、エイドの魔力が通った状態の水の微粒子が、高密度で空間を埋め尽くしているからだ。もし、その濃霧で満たされた閉鎖空間の中で、さらにガレンやルゥが魔法や身体強化のために「魔素」を消費し続けたら――。

(……減る。空間内の魔素が、酸素のように急速に消費され、枯渇する)

 エイドの魔法は『水をその場に留める力』だ。霧の維持を続けている限り、その空間は「魔力が通った水の壁」で満たされ、外部からの新しい魔素の流入を完全に遮断する、一種の**『魔素の真空地獄』**が完成する。

(……だが、どれほど凶悪なハメ技だろうと、僕が唐屈に濃霧を発生させれば、ガレンさんは即座に異常を察知して霧の外へ逃れるなどの警戒をするだろう。違和感なく、あの場に霧を定着させる『理由』が必要だ)

 エイドは机の上で、トトから預かったナイフの刃に指先を這わせ、思考を鋭く研ぎ澄ます。

(ルゥが使えるのは、今のところ火の魔法だけだ。ガレンさんはルゥを『最高の大砲』として指示を出す。ならば、開幕に放たれるのは間違いなくルゥの火魔法……。それが僕の半径十メートルに飛び込んできた瞬間に、水球をぶつける。だがはじめは剣でいなし。水の魔法が使えることを隠し、接近戦を試みよう。ある程度の頃合いで水の魔法をつかう。だが初めから小麦粉撒いて仕舞えば粉塵爆発を恐れて火魔法は使えないかもしれない。…。うん。やりすぎだしフェアじゃないな)

 ルゥの無詠唱の炎と、エイドの水球。

 二つが激突すれば、当然、激しい音と共に大量の「水蒸気」が巻き起こる。

 ガレンさんからすれば、ただの『激突による煙幕』にしか見えないはずだ。ルゥに風魔法のような煙を吹き飛ばす手立てがない以上、ガレンさんは「ただの煙だ」と侮るか、あるいは盾を構えてその中に突っ込んでくるしかない。

 だが、踏み込んできた瞬間、罠は完成する。

 弾け飛んで蒸発したはずの水分子のサイズを固定し、そのまま空間に『留める』。それは自然の煙幕ではなく、エイドの意志で維持され、呼吸と魔素を奪い去る冷徹な檻だ。

 トトに伝えた作戦は、あくまで「霧で視界を奪い、トトの隠密でハメ殺す」というものだ。それだけでも勝率は高い。だが、もしガレンさんが勘だけで盾を振り回し、背後のルゥに「周囲一帯を無差別に焼き払え」と無詠唱の広範囲魔法を指示する暴挙に出たら――そこが僕の勝ちチェックメイトだ。

 敵が焦って大技を使おうと魔力を練った瞬間、空間の魔素は一瞬で枯渇する。

 さらに、ガレンとルゥが動揺して息を乱せば、彼らは激しい呼吸と共に、目に見えないほど細かい水の粒子を肺の奥深くへと大量に吸い込むことになる。視界、魔力、 呼吸のすべてを同時に奪う。

 トトにすら明かしていない、エイドだけの冷徹なハメ技。

 戦場全体を俯瞰し、敵の攻撃すら自分の有利な舞台で戦う、搦め手が必要だ。

「……負けるのは嫌いなのでね、ガレンさん。あと白い粉は用意しよう。火魔法を躊躇させれるし、火魔法が怖いと錯覚させれるかもしれない」

(火魔法には酸素が必要なら、火魔法を多用させれば酸素を枯渇させれるかも…。)

 ランプの灯りを吹き消し、部屋が完全な闇に包まれる。

 明日、不倒の盾が絶望に染まる瞬間を思い描きながら、静かに目を閉じた。

誤字脱字と因果関係に違和感あれば教えてください。

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