魔導書
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「トトさん。この街で、水属性の魔導書って手に入りますか?」
翌朝、ガレンとルゥが早朝から宿の裏庭で特訓を始めたのを見計らい、エイドは食堂でトトに声をかけた。トトはトーストを齧りながら、意外そうに目を丸くする。
「水属性? うん、お金さえあれば商業通りの専門店でいくらでも買えるよ。……でもエイド、急にどうしたの? 魔法を覚えるのかい?魔導書を読んでみるまでどんな魔法を覚えるかは誰にも分からないよ? それに、一つの属性につき、魔導書を読めるのは人生で一度きり。もし外れの魔法が発現したら、もう水属性はやり直せないよ」
この世界の魔導書は、あらかじめ決まった魔法の効果(技)を覚えるためのものではない。
同じ魔導書を読んでも、発現する魔法は読む人間の「経験」や「知恵」によって全く異なる。しかも、一つの属性に対して生涯でたった一度しか読めないという絶対のルールがあった。
「分かっています。だからこそ、今ここで水属性のカードを引きたい。ガレンさんに勝つための隠し玉が欲しいんです。あとはセリアさんからも水魔法は覚えておくべきだと言われていましたので」
エイドが不敵に微笑むと、トトは「へえ……!」と楽しそうに目を細めた。「いいよ、案内する。ボクもエイドがどう戦うか楽しみだしね」
二人は商業通りの一角にある魔導書専門店へ向かい、大金貨1枚を支払って青い装丁の『水属性の魔導書』を購入した。
宿の部屋に戻り、エイドは一人で魔導書を開く。深呼吸をし、『魔力循環』を意識しながら、魔導書を読んだ。
読み終えると、エイドの脳内にカチリと嵌まったのは、攻撃として放つような水魔法ではなかった。それは――**『指定した空間に、生み出した水球をその場に留め置く力』**だった。
宿の近くにある、ガレンたちとは別の寂れた空き地。エイドはトトを伴い、さっそく発現した魔法の実験に取り掛かった。
「それで、どんな魔法が出たの?」
「……今、見せますね。」
エイドが魔力を循環させると、彼の前方の空間に、ラグビーボールほどの大きさの水塊が出現した。それはどこへ飛んでいくでもなく、ただ重力を無視してその場にぷかぷかと留まっている。
「あ、なるほど。水をその場に留める魔法かぁ。……でもエイド、これだとガレンは盾で防ぐ必要すらないよ? 横を通り抜けて突っ込んでこられたら終わりじゃない?」
「普通に使えばね、トトさん。配置次第で、突撃してくる敵の顔面を包み込むように『留め置けば』呼吸を奪って溺れさせることができるし、高いところから落ちた時のクッションにも使える。……だけど、僕がやりたいのは別のことさ」
(僕の内に宿る『サナファン』の力をこの水に組み合わせたら……いや、別の魔法を混ぜるなんて高度な芸芸、今の僕にはまだ難しいか。複合魔法はこれからの課題だな。まずは、この水を留める力単体でどこまでやれるかだ)
エイドは思考を切り替える。前世の微粒子をイメージする。
水の体積が同じでも、その『サイズ(大きさ)』を限界まで小さく、目に見えないほどの粒子に変えて空間に留めたらどうなるか。
「――サイズ変更。限界まで細く、小さく……空間全体に分散して留まれ」
エイドは脳内で、目の前の水塊のサイズを何十万、何百万という「微粒子」へと一気に縮小させ、同時にその配置を周囲一帯へと広げて固定するイメージを練り上げた。
シュゥゥゥゥウウウウウッ!!!
次の瞬間、目の前の水塊が一瞬で消滅したかと思うと、激しい霧鳴りの音と共に、周囲数十メートルがまたたく間に真っ白な「濃霧」へと変貌した。
「――っ!? え、ちょっと、何も見えないんだけど!?」
隣にいたトトの驚愕の声が聞こえる。一寸先も見えない、完全なホワイトアウト。
ただそこに浮かぶだけのはずだった水が、エイドの現代知識による『サイズの縮小(微粒子化)』と『空間固定』によって、全体を支配する最強の目隠しへと大化けしたのだ。
「トトさん、僕の姿は見えますか?」
「全然。エイドの声は聞こえるけど、気配も、光の影すら分からない……。凄いよこれ、魔法の残滓が空間に混ざるから、魔力探知も狂う!」
霧の中からトトが興奮した声で答える。ザッと足音がしたかと思うと、エイドのすぐ目の前に、目を輝かせたトトが姿を現した。
「エイド……これ、ボクたちの独壇場だよ。ボクなら、この霧の中ならガレンの死角に無音で回り込んで、いつでも首を獲れる。視界と音を奪われたガレンは、ただの動く案山子だ!」
「ええ。トトさんには、この霧の中で『僕の指示通りに』動いてもらいます。作戦会議はなし、僕があなたをどう動かすか、当日を楽しみにしていてください」
「あはは! 降参だよ。君のチェスの駒になってあげる」
トトは嬉しそうに笑い、エイドが魔法の維持(その場に留める力)を解くと、霧を形成していた微粒子がゆっくりと空気中に霧散し、周囲の視界が元に戻っていった。
ただ水を出現させて留めるだけなので、消費魔力は極小。これなら模擬戦で何度でも展開できる。ガレンの『不倒の盾』を破るロジックは、完全に完成した。
宿への帰り道、遠目から裏庭の様子が見えた。
「ルゥ! 次は右だ! 撃てッ!」というガレンの怒鳴り声と共に、無詠唱の凄まじい火柱が空を焦がしている。ルゥは無表情ながらも、ガレンの指示に恐るべき速度で適応しつつあった。ガレン&ルゥ組もまた、着実に「最凶の矛と盾」になりつつある。
(明日、あの盾を真っ正面から叩き潰す)
エイドは自分の内に宿った新しい魔法の感覚を確かめながら、静かに闘志を燃やすのだった。
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