盾の価値
更新しました。今回は少し短めです。
女将さんの好意で用意してもらった広い続き間の部屋。ガレンさんにも声をかけ、トトも別の宿から荷物を持ってきた。
荷物の運び込みは夜までかかり、ようやく一息つけるかと思った矢先、部屋の空気は一瞬で氷点下へと叩き落とされた。
「……おい、エイド。正気か?」
腕を組み、壁に背を預けたガレンの視線は、部屋の隅で借りてきた猫のように小さくなっているルゥへと向けられていた。その目は、新メンバーを歓迎するものでは決してない。百戦錬磨の戦士としての、冷徹な拒絶の目だった。
「火力があるのはトトから聞いた。だがな……」
ガレンは一歩前に出ると、ルゥを見下ろした。ルゥは怯えるでもなく、ただ感情の消えた目でガレンの胸元を見つめている。
「こいつの目は死んでる。戦場じゃな、一瞬の判断の遅れが全員の命を吹き飛ばすんだ。自分で考えて動けねえ、命令されなきゃ右も左も分からねえような『指示待ちの人形』は、ただの迷惑でしかない。足手まといを庇いながら登れるほど、霊峰は甘くねえぞ」
トトが気まずそうに視線を外す。ガレンの言うことは、戦士として100%正しい正論だった。ルゥはただ、言われた通りに破壊を振りまく機械にすぎない。
だが、エイドは動じなかった。
ガレンの鋭い視線を受け止めながら、ふっと口元を不敵に歪め、冷ややかな笑みを浮かべた。
「ガレンさん。あなたがそんなにやわな『盾』だとは思いませんでしたよ」
「……あァ?」
ガレンの眉間につまみ深い皺が寄る。体内の魔力がピきりと波打ち、部屋の空気が重くなった。だが、エイドは一歩も引かない。相手のプライドがどこにあるかを完璧に見極めた上での、計算された挑発だった。
「自分で考えて動く魔術師が欲しいなら、それこそセリアさんのような、いつ裏切るか分からない博打を打つことになりますよ。僕はビジネスに不確定要素は持ち込みたくない。……それに、ガレンさん。あなたの異名は何ですか? 『不倒の盾』でしょう?」
「それがどうした」
「盾の本質は、敵の攻撃を防ぐことだけじゃない。戦場全体を俯瞰で見つめ、ヘイトをコントロールし、戦況を支配することのはずだ。いわば戦闘時においては司令塔ですよ。それとも、あなたには『言った通りに動く最高の大砲』を扱いこなす自信すら、その盾にはないと?」
「おい、エイド、言い過ぎ――」
トトが慌てて止めようとするが、ガレンは大きな手でそれを制した。
ガレンの目が、驚きと、それ以上に沸き立つような闘志でギラリと光る。
「……なるほどな。俺の盾を、随分と高く買ってくれたじゃねえか、エイド」
エイドは挑発を止め、いつもの理性的でスマートな口調に戻した。
「ルゥは確かに心が壊れています。ですが裏を返せば、これほど『命令に忠実で、絶対に裏切らない大砲』は他にいません。戦場でルゥを守る優先順位を『最優先』として動いてください。そして、ルゥにいつ、どこへ、どのタイミングで火力を叩き込ませるかの指示は、すべて前線で戦況を一番見極められる――ガレンさん、あなたに一任します」
ガレンはフン、と鼻で笑った。だが、その顔には先ほどまでの拒絶はなかった。
エイドの提示したロジックは、完璧に噛み合っていた。前衛のガレンが敵を引きつけ、隙ができた瞬間に、至近距離からガレンの指示通りにルゥが「無詠唱」の爆炎を叩き込む。自分で考える必要がないからこそ、指示からのラグはゼロだ。
「……指示は全部俺が出す。こいつの安全も、俺の盾で保証する。それで文句ねえな?」
「ええ、あなたなら完璧にこなしてくれると信じていました」
ガレンは部屋の隅にいるルゥの前に歩み寄り、その大きな手のひらをポンとルゥの赤い頭に乗せた。
「おい、ルゥ。これからはエイドじゃなく、この俺の声をよく聴いておけ。俺が『撃て』と言ったら撃ち、『伏せろ』と言ったら泥を舐めてでも伏せるんだ。いいな?」
ルゥの虚ろな瞳が、初めてガレンの大きな盾を背負った背中を捉えた。
エイドという「家族」を守るために、ガレンという「盾」の指示に従う。ルゥは小さく、しかし今回はハッキリと、コクンと首を縦に振った。
「よし。じゃあ、明日はさっそく外で連携の特訓だ。俺のシゴキは厳しいぞ、ルゥ」
ガレンは腕を組み直し、今度はエイドとトトの二人へニヤリと挑戦的な視線を向ける。
「それとな、エイド。明後日の朝、最終調整も兼ねて、トトとエイド組、それと俺とルゥの組に分かれて模擬戦を行うぞ。『魔力循環』、どれほどモノになったか俺の盾で確かめてやる」
「まだ、そんな日が経ってませんが…。わかりました。よろしくお願いします、明日はトトさん作戦会議しましょう。負けるのは嫌なので」
エイドが不敵に微笑んで頷くと、それまで壁際でナイフを弄んでいたトトが、肩をすくめてクスクスと笑い声を漏らした。
「あはは、ほんとにガレンは優しいねぇー。結局そうやって、ルゥのこともエイドのことも、まとめて面倒見てあげるんだから。余計なお節介ばかりしてるよ、このおじさんは。作戦会議はなしで!エイドが僕をどうするか考えて伝えてくれれば良いよ」
「あァ? 誰が優しいって? 俺は足手まといを山で死なせないために、叩き直してやるって言ってんだよ!」
ガレンが顔を真っ赤にして怒鳴り散らし、部屋のピリついていた空気は一気に和やかなものへと変わっていった。
ルゥはその様子を、新調した緑のマントの裾をきゅっと握りしめながら、静かに、だけどじっと見つめていた。
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