新たな出会い
更新しました。
ラザールがパチンと指を鳴らすと、応接室の奥の重い鉄扉が開き、大柄な私兵に引かれるようにして「それ」は現れた。
「…………」
ボロボロの、サイズが全く合っていない大きな魔術師のローブを引きずり、うつむいたまま歩いてくる小さな影。
人間の七、八歳児にしか見えないほど小柄な体躯。尖った耳と、少しカールした赤い癖毛が特徴的だ。
その細い首には、赤黒いルーン文字が刻まれた、禍々しい鉄の「奴隷の首輪」が容赦なく嵌められている。
「おい、顔を上げろ」
私兵が少年の髪を乱暴に引っ張り、無理やり顔を上げさせた。
現れたのは、酷く整った、しかし完全に生気を失った童顔だった。その瞳は虚ろで、光を一切反射していない。まるで精巧に作られた泥人形のようだった。
「どうです? 小人族の少年でね。元々は少々小金を持った家庭の生まれだったのですが、家族が賭博で盛大にやらかしましてな。自分たちが助かるために『この子は火の魔法が使えるから高く売れる』と、去年ここに担ぎ込んできたのですよ。いやあ、身内に裏切られたショックからか、連れてこられてからずっとこの調子でしてねえ」
ラザールは下卑た笑みを浮かべ、少年を家畜のように指差した。
家族の借金の身代わり。
「……トト、どう思う。ごめん実は人間以外の種族はドワーフ以外会ったことないんです。後で特徴とか教えてもらえると助かります。」
エイドが声を潜めて隣のトトに尋ねる。トトはナイフを弄ぶのを止め、珍しく真剣な、獲物を値踏みするような鋭い目で少年を観察していた。
「……悪くないよ、エイド。首輪のせいで魔力を完全に縛られてるけど、魔力はあるはず、試しに魔力を使って貰えばもう少しわかるけど。きっと相当な使い手だよ、この子は」
エイドは一歩前に出ると、冷徹なビジネスパーソンとしての眼差しをラザールに向けた。
「ラザールさん。私たちはこれから、生半可な場所へ行くわけじゃない。いくらギルドの紹介とはいえ、言葉通りの実力があるかどうか分からない商品に、大金を支払うわけにはいきません。……実際に魔法を見せてもらいたい」
「おや、手厳しい。……ですが、賢明なお客様だ。よろしい、では一時的に首輪の制限を一段階だけ解除しましょう。おい、防護壁の的を用意しろ」
ラザールの指示で、応接室の壁の一部がスライドし、厚い鉄板と魔導障壁で覆われた訓練用の的が現れた。
私兵が少年の首輪に専用の鍵を差し込み、カチリと回す。その瞬間、制限を解かれた少年の体内から、一気に膨大な魔力が吹き出した。部屋の温度が目に見えて跳ね上がる。魔力を見ようとしなくても感じるほどの力だ。
「おい、あそこの的を焼け」
ラザールが面倒そうに顎で指示を出す。
少年は感情のない虚ろな目のまま、ただ命令に従う機械のように、小さな右手を的に向けて突き出した。
「――『 』」
無詠唱で放たれた。
放たれたのは、通常の発動体から放たれるような矢や球の形ではない。それはまるで、激流のように渦巻く、圧倒的な「火の奔流」だった。
ズドォォォン!! と応接室全体を揺らすような爆音と共に、魔導障壁が激しく火花を散らし、厚い鉄板が真っ赤に融解していく。
「……っ!」
エイドは思わず腕で顔を覆った。彼の膨大な魔力は戦術級の破壊力に変貌していた。
少年は、それだけの暴力を振るいながらも、眉一つ動かさず、息一つ乱していない。
「あはは、すごいね! 火力だけなら一級品だ」
トトが嬉しそうに目を細める。エイドもまた、その圧倒的なスペックに確信を得ていた。セリアの穴を埋めるどころか、お釣りが来るほどの大砲だ。
少年は再び首輪の制限をかけられ、その炎を体内に閉じ込められた。部屋の温度がゆっくりと下がっていく中、エイドはラザールと向き合う。
「……素晴らしい威力です。で、おいくらですか」
「ふふ、気に入っていただけて何より。昨年入った。これだけの極上品、しかもこれだけの即戦力です。大金貨……20枚、と言いたいところですが、ギルドの顔を立てて、大金貨18枚でいかがでしょう?」
ラザールがふっかけた数字を提示してくる。
エイドは動じない。エイドは懐から、ずっしりと重い大金貨の袋を取り出し、机の上に置いた。
「大金貨15枚。これで手を打ちましょう」
「おやおや、お客様、いくら何でもそれは買い叩きすぎというもの――」
「ラザールさん。彼は確かに天才ですが、見ての通り心が完全に壊れている。戦場でこちらの指示を正確に理解し、臨機応変に動けるかと言われれば、現状は極めてリスクが高い『不良債権』になり得る商品です。それにここに来て一年も経つのに売れてない人を私たちがリスクを背負って引き取る。……そして何より、私たちは今、ここに現金を一括で用意している。どうですか。」
エイドは袋の紐を緩め、中から眩い黄金色の輝きを放つ大金貨を「15枚」、机の上に綺麗に並べた。
ファキオの街において、大金貨15枚の即金は、並の商人が数ヶ月かけて動かすほどの大金だ。並べられた黄金の圧迫感に、ラザールの目がわずかに欲に眩んだ。
「……チッ、若いのに随分と商売慣れしていらっしゃる。……分かりました。大金貨15枚で、その子の所有権を譲渡しましょう。」
ラザールは降伏のポーズを取りながら、並べられた大金貨を素早く懐へ収めた。そして、羊皮紙で作られた「奴隷契約書」と、首輪の制御鍵をエイドへと差し出す。
エイドが契約書に魔力を通し、正式に譲渡が完了した。
これで、このハーフリングの少年は、名実ともにエイドの「所有物」となった。
「さあ、行きましょう」
エイドが声をかけると、少年は何も言わず、ただ主人の後ろをついていく操り人形のように、トボトボと歩き出した。
商館の重い鉄の扉が閉まり、午後の少し冷たい風が三人の頬を撫でる。
エイドは立ち止まり、
「トトさん、この子の種族の特徴を教えてもらってもいいですか」
「うん。ハーフリングと言われていて、家族との絆が深い一族だよ。先天的に魔力も持っているし小柄な体躯から斥候もすることができる。不利な部分と言えば身体が小さい分重たいものとか荷物持ちには不利ってぐらいだよ。けど、それもスキルの割り振りで克服してるものもいるよ。家族に売られるなんてハーフリングでは聞いたこともないよ。」
「ありがとうございます」
振り返って、自分のお腹ほどの高さしかない小さな少年の前に視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
少年は、怯えることもなく、かといって期待することもない、ただ処刑を待つような死んだ目でエイドを見つめている。
そして一人の大人として。エイドがこの絶望の少年に向けて放った、
「これからは君さえ良ければ僕が家族になるよ。名前は言えるかい?」
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