求めるもの、求められるもの
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大金貨30枚という、かつてない重みの報酬を受け取った翌日。
エイドは今後の情報収集と準備のため、朝早くから冒険者ギルドへと足を運んでいた。喧騒に満ちた酒場スペースの隅、所在なさげにナイフの手入れをしている小柄な影を見つけ、エイドは迷わずそちらへと歩み寄った。
「トトさん」
声をかけると、トトは一瞬だけ驚いたように目を見張ったが、すぐにいつもの食えない笑顔に戻って、ひらひらと手を振った。
「やあ、エイド。どうしたの? 昨日の今日で、ボクに何か用?」
「単刀直入にお願いをしに来ました。トトさん。僕とガレンさんと一緒に、霊峰へ行っていただきたいんです。今回はガルバの件のような一時的な協力ではなく、僕が立ち上げる正式なパーティの『斥候』として、先輩の力を貸してください」
トトはふっと息をつき、手元でナイフを回しながら、試すような目をエイドに向けた。
「……霊峰、ね。ガレンの旦那の盾の素材『氷晶石の核』を獲りに行くんでしょ? でもさ、ボクの取り分はもう使い道が決まってて手元に残らない予定なんだ。冒険者として恥ずかしい話だけど、霊峰用のまともな防寒具や、消耗品を揃える余裕は今のボクにはないよ?」
「その点については、すでにこちらで予算を組んでいます。ガレンさんの盾の話ってしたことないですよね。どうして知っているんですか。」
「昇級試験をするときに、事前に色々調べさせてもらったんだよ。(この前鉄の墓場に行く時につけてたとは言えないよねー)」
「そうですか…。」
エイドは少し納得できないながらも、自らの懐にある、大金貨の詰まった革袋を提示した。
「バルガスさんへの先払いで大金貨3枚を使いましたが、僕の手元にはまだ27枚残っています。トトさんの分の最高級の防寒具、および霊峰攻略に必要な斥候用の道具一式は、すべて僕が『必要経費』として投資します。これまでの経験と技術に対する、正当な対価の先払いです。……これで、交渉の席についていただけますか?」
徹底して私情を挟まない誠実な「資金計画」の提示。トトは一瞬呆気にとられた後、降参したように両手を挙げた。
「あはは! まさか後輩から、ここまで完璧なビジネスライクな勧誘を受けるとは思わなかったな。……いいよ、乗った。ちょうど次の仕事を探そうと思ってたところだし、エイドの『投資』って言葉、合理的で嫌いじゃない。ボクの耳と足、しっかり使いこなしてよ、リーダー?」
「ありがとうございます、トトさん。心強いです」
エイドは一礼し、まずは一人、確実な実力者を仲間に引き入れた。
続いてエイドが向かったのは、街の魔導書や高級な杖を扱う、魔術師御用達の専門店だった。
店から出てきたセリアは、新調したばかりの深いブルーのローブを身に纏い、手にはずっしりと厚みのある魔導書を抱えていた。エイドの姿を認めると、彼女は驚いたように足を止めた。
「エイド? どうしたの、こんなところで」
「セリアさん。……実は、トトさんにはさっき承諾をいただいたのですが、セリアさんにも、僕たちのパーティに入ってほしいんです。次の目的地は霊峰。あなたの魔術が、どうしても必要なんです」
エイドは真っ直ぐに彼女の目を見つめ、熱意を伝えた。トトさんの時と同じように、装備や消耗品の資金はすべて自分が持つという条件も添えて。
しかし、セリアは嬉しそうに微笑みながらも、静かに、しかし断固とした態度で首を振った。
「……嬉しいわ、エイド。声をかけてくれて、本当に。でもね、ごめんなさい。私、その誘いには乗れないわ」
「予算が足りないですか? それなら、僕の取り分をもう少し削ってでも――」
「違うの、お金の問題じゃないわ」
セリアは腕の中の魔導書を愛おしそうに抱きしめ、どこか遠くを見つめるように言った。
「今回のガルバの件で、私、痛感したの。圧倒的な強さ、ガレンさんの揺るぎない壁……環境を動かした、あなたの機転。それに比べて、私はどうだったかしら? 自分の復讐に目を曇らせて、足を引っ張って……ただ、後ろから魔法を撃っていただけ。今の私の実力じゃ、この先、あなたたちの本当の『足並み』に揃うことはできない」
彼女の瞳には、かつての復讐心ではなく、魔術の深淵を目指す純粋な「渇望」が宿っていた。
「私、もっと自分自身を成長させたいの。あなたたちに守られる魔術師じゃなくて、肩を並べられる本物の『魔導者』に。だから……このファキオを離れて、一度、水の魔術の総本山がある学術都市へ修行に行くわ。先輩としてのアドバイスは、昨日あなたに言ったとおりよ。」
断られた。しかし、それは決して後ろ向きな拒絶ではなかった。彼女もまた、エイドたちとの戦いの中で、前を向いて歩き出していたのだ。
「……分かりました。セリアさんの決意を、僕が止める権利はありません。次に会う時は、僕ももっと強くなっています。その時は、また」
「ええ。またいつか、一緒に冒険しましょう。約束よ、エイド」
セリアは悪戯っぽく微笑むと、今度こそ本当に、自分の未来へと向かって歩き去っていった。
夕暮れ時。いつもの馴染みの酒場。
エイドは、すでに装備の選定のために動き出したトト先輩と別れ、一人でガレンの待つテーブルへと戻ってきた。
ガレンは相変わらず、空になった財布を気にする風でもなく、エールを煽っている。エイドが向かいに腰掛けると、ガレンはチラリと視線を向けた。
「フン、戻ったか。……で、あのガキどもはどうした」
「トトさんはOKをくれました。防寒具などの初期投資はこちらで持つという条件です。ですが……セリアさんには断られました。自分自身を成長させるために、別の都市へ修行に行くそうです」
エイドの報告を聞いても、ガレンは驚う様子もなく、ただ淡々とエールを飲み干した。
「そうか。トトは拾えたが、セリアは不成立、か。……で、どうするんだ、小僧」
「え……?」
「霊峰に行くには、前衛の俺と、斥候のトト。ポジションが不明確で力も足りない小僧が1人だ。セリアに断られた今、その穴をどう埋めるつもりだ?」
ガレンの冷徹な問いかけに、エイドは言葉に詰まる。
「それは……新しく別の魔術師をギルドで募るか、あるいは僕とガレンさんの前衛能力を底上げして、トトさんの奇襲でカバーするか……」
「俺に聞くな」
ガレンはドン、と荒々しくジョッキを机に置いた。エイドを射抜くような鋭い眼光がそこにある。
「あの二人の力が必要だと、自分で啖呵を切って勧誘しに行ったのはお前だ。トトを条件で納得させたのも、セリアの離脱を許したのも、お前の判断だ。……なら、その結果起きた戦力不足という『課題』に対して、どう備え、どう解決するか、自分で考えろ」
「ガレンさん……」
「今回俺は、お前が作ったパーティの『一前衛』として、お前に雇われて霊峰へ行ってやるだけだ。作戦を立てるのも、装備を整えるのも、足りねえ戦力をどう補うかも、すべてリーダーであるお前の仕事だぞ、エイド」
「……わかってます。金はまだ持ってますから、それで必要なものを備えます」
ガレンの厳しい洗礼。しかし、エイドの目は死んでいない。ガレンが突き放すのは、エイドを「守られる側」ではなく、完全に「対等な責任を持つリーダー」として認めているからだ。
セリアから言われた『水』の魔導書という言葉。そして、手元に残った大金貨27枚という莫大な軍資金。
足りない魔法火力をどう補うか。自分が前世の知識とこの資金を使って、どんな『準備』をすべきか。戦略は、自分の頭で組み立てる。
「明日、魔術店と武器屋を回って、魔法火力を補うための装備や魔導書を僕の責任で揃えてきます。――ですが、ガレンさん」
エイドは真っ直ぐにベテランの戦士を見据えた。
「僕自身の前衛としての技量不足、それから霊峰を登り切るための基礎体力の強化……こればかりは、僕の浅い知識でメニューを組んでも効率が悪すぎます。実戦と訓練のプロであるガレンさんに、僕の鍛え直しを『依頼』させてください。霊峰で足を引っ張らないための地獄なら、いくらでも付き合います」
その徹底的に合理的な『適材適所の判断』を聞き、ガレンは一瞬だけ意外そうに眉を上げた後、ニヤリと、猛獣のような不敵な笑みを浮かべた。
「……フン、自分が足りねえ部分の使い方は分かっているようじゃねえか、リーダー。いいだろう、お前が自分の装備でどれだけ戦術を補おうが、土台の身体が死んでりゃ意味がねえからな」
ガレンはエールをグイと飲み干すと、獰猛な眼光をエイドに向けた。
「明日、日の出と共にギルドの裏手に来い。俺の訓練は文字通り死にかけるぞ。毟り取った大金貨、あの世に持っていかねえよう、せいぜい喰らいついてきやがれ」
「はい。よろしくお願いします」
セリアとの別れ、そしてガレンからの厳しい、しかし確かな道標。
戦力をどう補うかの『戦略』はリーダーである自分が考え、身体を鍛える『訓練』は最高のプロに委ねる。
次なる目的地――険しき霊峰を見据え、エイドはまた一歩、異世界での確かな足取りを進めていくのだった。
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