金貨の行方
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ファキオのギルド長室の重厚な机の上。ガレンがマジックバッグから、溢れんばかりの金貨と怪しく煌めく宝石の山をドサドサとブチ撒けた。
裏切り者たちが隠匿していた資産の凄まじい総量に、ギルド長は目玉が飛び出るほど驚愕し、顎が外れんばかりに硬直している。
「これ、は……! ガルバたちの隠し金庫からだと……!?」
「あぁ、そうだ。俺たちが命がけで回収した正当な戦利品、つまり『上乗せ報酬』だ。ギルドには1銅貨たりとも引かせねえぞ。理由はお前が伝えるべき相手を間違えたからだ。わかってるな」
「確かに、ガルバを信じて伝えてお前らを危機に巻き込んだのは俺のせいだ。全部持っていけ!後これは追加で俺からだ。本当にすまなかった。」
ギルド長は頭を下げ、その後全員に大金貨を5枚ずつ手渡した。
厳正に4等分された報酬を受け取った。一人頭、『大金貨30枚』。かつてエイドが頭を抱えた「大金貨3枚」など遥かに飛び越え、一般人が一生遊んで暮らせるほどの莫大な富が詰まった革袋が、それぞれの手に渡された。
ギルドの門を出たところで、ガレンは何も言わず、ただ革袋を懐に深くしまうと、無言のまま大通りを歩き去っていった。その背中を見送りながら、トトが肩をすくめて苦笑する。
「あ、行っちゃった。(……あのおじさん、何も言わない時はだいたい賭場だよ。戦場では絶対に倒れないのに、賭場だと一瞬で溶かす有名な『伝説のカモ』だからねぇ。おじさんのためにエイドには秘密にしておこ)」
トトはそう軽やかに笑うと、自分の分の革袋を放り投げ、受け止める。
「それじゃ、ボクたちもこれでお開きだね。ボクもちょっと用事があるから先に行くよ。じゃあね、エイド、セリア」
トトは足早に街の片隅へと消えていった。その足が、ロイドが命をかけて守ろうとした、あの薄暗い孤児院へと向かっていることを、トトは正体を明かすことなく、ただ子供たちの明日のパンのために、その大金をポンと置いて去るつもりなのだ。
「……私も、今回は色々と思うところがあったわ。新しく衣装や魔導書でも買い換えて、一度頭を冷やしてくる。エイド、あなたも体に気をつけてね。この先も冒険を続けるなら『水』の魔導者は読んだ方がいいわよ。じゃあね、またいつか一緒に冒険しましょ」
セリアもまた、どこか晴れやかな、しかし一区切りをつけたような笑顔を見せると、雑踏の中へと消えていった。
ガルバという因縁を絶ち、報酬を受け取った今、彼らが一緒にいる理由はもうない。エイドは少しの寂しさを覚えながらも、自らの足で歩き出した。
街外れの古い廃屋――無数の武具が墓標のように立ち並ぶ「鉄の墓場」だった。
相変わらず内臓を揺らすような重低音が響く中、炉の前に立つ頑固なドワーフ、バルガスの元へと歩み寄る。バルガスは相変わらずこちらを振り返りもしない。
「……3ヶ月も経たねえうちに、何の用だ。金と素材が集まらねえ言い訳なら、その辺の打ち損ないと一緒に叩き壊すと言ったはずだぞ、糞餓鬼」
地を這うような低音。エイドは無言のまま、ギルドで受け取ったばかりの重みのある革袋から、まばゆい光を放つ大金貨3枚を、バルガスの前に静かに並べた。
「約束の技術料、大金貨3枚です。」
槌の音が、ぴたりと止まった。
ゆっくりと振り返ったバルガスは、大金貨とエイドの目を射抜くように見据えた。その目には、驚愕と、それ以上の不敵な笑みが浮かんでいた。
「……ほう。本当に大金貨3枚を揃えやがったか。」
「誠意が誠意で返ってくる甘い世界じゃない、とあの人に教わりましたから。必死で毟り取ってきた結果です」
エイドの淀みのない目を見て、バルガスはフッと鼻で笑った。
「気に入った。あの時、お前の心は折れねえと言ったのは嘘じゃなかったわけだ。……だが小僧、この技術料を今、俺に全額払っちまっていいのか? 」
「問題ありません。一つずつ課題解決をするのが僕のやり方なので」
エイドの完璧すぎる危機管理に、バルガスは一瞬呆気にとられた後、腹を抱えて大爆笑した。
「がはははは!わかった、技術料の大金貨3枚は確かに受け取った。ガレンの『相棒』の芯、俺の手で叩き直して基礎を固めておいてやる」
バルガスは不敵に笑い、巨大な槌を肩に担ぎ直した。
「だが、忘れてねえだろうな? この盾の矜持を継ぎ接ぎするには、普通の鉄じゃダメだ。霊峰の奥にある『氷晶石の核』が必要だ。それを持ってこねえ限り、本当の完成はねえぞ」
「分かっています。素材は必ず、獲りに行きます」
その頃、ファキオ随一の賭場にガレンはいた。
完全にギャンブルの魔力に呑まれたガレンは、無言のまま倍プッシュを繰り返し、わずか数時間のうちに、一生遊んで暮らせるはずだった大金を綺麗さっぱり吸い上げられていた。
「……黒。ハウスの勝ちです」
ディーラーの冷徹な声が響く。
深夜。すっかり客の引いた賭場の片隅で、ガレンはすっからかんになった財布を握りしめ、ただ静かに、険しい顔で天井を見上げていた。周囲のギャンブラーたちからは、「さすが伝説のカモ、今日も期待を裏切らねえ負けっぷりだ!」と嘲笑の嵐が巻き起こっていたが、ガレンは眉一つ動かさず、ただ一つ、重いため息をついた。
夜も更けた、いつもの馴染みの酒場。
エイドが座るテーブルに、ガレンがずっしりと重い足取りで戻ってきた。その顔は険しく、懐の財布が完全に空であることは、一目で分かった。
当然、そこにはもう、トトもセリアもいない。今回の依頼を終え、それぞれの日常に戻ったのだから。二人分の空いた席を見つめ、ガレンは不機嫌そうに鼻を鳴らして腰掛けた。
「……フン、あのガキどもはもう行ったか」
「はい。報酬も配り終えましたから」
ガレンは腕を組み、渋い顔で目を閉じた。かつて自分が宿の部屋でエイドに突きつけた「残り4日は働き、宿に2週間分の金をいれる。残った金で素材を集めるための準備と訓練だ」という計画。だが、そのための軍資金は、自分の愚行のせいで今や完全に消え失せている。
エイドは黙って、ガレンの前に一杯のエール、そして注文しておいた温かいスープの皿を差し出した。
「ガレンさん。バルガスさんのところへ行って、大金貨3枚、先払いで渡しておきました。『基礎は叩き直しておく』と、バルガスさんも言っていましたよ」
その言葉を聞いた瞬間、ガレンの動きが止まった。
ガレンはゆっくりと顔を上げ、エイドをじっと見つめた。大袈裟に驚くことも、泣きつくこともない。ただ、値奮いするような、そしてエイドの『成長』を確かめるような、鋭く深い眼光だった。
ガレンは差し出されたエールを一気に喉へ流し込むと、ドン、と荒々しくジョッキを机に置いた。
「……なんでも自分の言葉でなんとかなると思うな、と教えたはずだがな」
「はい。言葉ではなく、行動で示せ、という意味だと受け取りました」
エイドが淀みなく返すと、ガレンの口元が、わずかに、本当にわずかにだけ不敵に吊り上がった。
「フン……小癪な真似を。だが、鉄の墓場のあいつをそいつだけで納得させたんだ。お前がただの甘ちゃんじゃねえことだけは認めてやる。……だがな小僧、これで終わりじゃねえぞ」
ガレンはスープの皿を引き寄せると、いつもの低く冷徹な、しかし確かな信頼の混じった声で告げた。
「あの盾を本当に完成させるには、霊峰の奥にある『氷晶石の核』必要だ。だが、あのガキどもはいねえ。これからの霊峰は、俺とお前、二人きりで挑む地獄になるぞ」
ガレンの言葉に、エイドは静かに首を振った。
「いえ。霊峰へ行くなら、なおさらあの二人の力が必要です。トトの斥候技術も、セリアさんの魔術も。……僕が、二人を誘ってきます。今度は『依頼』としてではなく、僕たちの『パーティ』として」
エイドの言葉に、ガレンはエールを飲み干し、短く笑った。
「言うようになったじゃねえか、小僧。……腕が立つ奴ほど、そう簡単に首は縦に振らねえぞ」
「分かっています。一筋縄ではいかない人たちですから」
「わかってるなら良い、金はまだ持ってるな。それで必要なものを備えろ。人も道具もだ。」
大金を手にし、一度はバラバラになった4人。
だが、ロイドたちの残した重い現実を乗り越え、エイドの胸には確かな『覚悟』と、仲間を求める『意志』が宿っていた。
次なる目的地――険しき霊峰を見据え、そして再び仲間を集めるため、エイドはまた一歩、異世界での確かな足取りを進めていくのだった。
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