棺桶に火を灯せ、
更新しました。わりと異世界ものではお決まりのあれを使います。
渓谷から一時間ほど進んだ国境沿いの町『ラギ』。その夜の喧騒に紛れ、フードを深く被ったエイドは、数軒の商店を素早く回り、数袋の小麦粉を静かに買い集めていた。
ガレンやトトが動けば、その特徴的な風体から後々「死んだはずの輸送隊」の生存が露見するリスクがある。まだ顔の売れていない新人であるエイドが動くことこそが、この暗殺計画における最大のリスク管理だった。
調達した小麦粉をトトへと引き渡し、4人は町のはずれにある廃教会へと音もなく接近する。
割れたステンドグラスの隙間からは、ガルバの手下たちの下品な笑い声と、勝利を祝う安酒の臭いが漏れていた。
「――よし、裏も窓も完全に塞いだ。油もたっぷりとね。それにしてもほんとに小麦粉なんて意味あるの?」
闇から染み出すように戻ってきたトトが、冷徹に微笑む。
トトの手によって、教会の裏口や窓といった「すべての退路」は、外側から頑丈なカンヌキと、引火性の高い油によって完璧に物理封鎖された。残された出口は、正面の重厚な大扉、ただ一つ。
「効果しかないですよ。できれば気づいて逃げて欲しいぐらいに」
「エイドは優しいねー。嫌なら辞めてもいいよ。まだ人を殺したことはないんでしょ」
「作戦を立案した時点で間接的に殺すことには変わりないです。だったら責任を持って自分でやります。」
「そっか、なんかごめんね」
「謝らなくて大丈夫ですよ。謝って欲しいのはあの二人にですよ。」
「そうだね。それじゃ始めようか。ここからはおしゃべりは無しだ」
エイドとトトは、教会の微かな通気口や隙間から買い集めた大量の小麦粉を内部へと静かに、しかし大量に送り込んでいく。トトの目には悲しみが怒りかわからない感情が宿っていた。ただ身体から発される気配は張り詰められた糸のようだった。
セリアは外から微弱な風魔術を制御し、送り込まれた粉末を教会の空間全体へと均一に攪拌する。空気中に可燃性の粉塵が一定の濃度で浮遊する、目に見えない死の空間――「粉塵爆発」の準備は、誰にも気づかれぬまま完璧に整えられた。
「ガレンさん、準備は」
「ああ、いつでもいける。今回は『相棒』じゃないから盾に不安はあるが大丈夫だろう。
小僧、いい作戦を思いつくじゃねえか。……おい、お前は正面を狙え、」
ガレンは正面大扉の目の前に陣取ると、自身の異名でもある盾を両手で構え、扉の取っ手を強引に固定するようにして大力を込めた。爆発の圧力を内部に完全に閉じ込め、威力を何倍にも跳ね上げるための肉体の壁だ。
エイドは抜き放った剣を静かに構え、正面大扉を見据える。「殺す覚悟をしろ」というガレンの言葉が、脳裏で冷たく凝固していた。
「セリア、やれ」
ガレンの低い合図に、セリアが静かに一歩前へと踏み出した。
彼女の美しい横顔は、夜の闇の中で凍りつくほどに冷徹だった。
優しく、頼れる先輩だと思っていたガルバの、あの醜悪に歪んだ笑顔。自分の腹部を容赦なく打ち抜いた、あの冷酷な拳の衝撃。そして、死体袋を増やす手間を省くために、自分たちをゴミのように放置したあの屈辱――。
信じていた者への失望と、プロの魔術師としての激しい怒りが、彼女の体内の魔力をかつてない密度へと急激に沸騰させていく。
「――我が声に応え、すべてを灰燼に帰せ」
セリアの唇から、呪詛のように静かな詠唱が零れ落ちる。
彼女の指先に集束していくのは、単なる火球ではない。まるで周囲の酸素をすべて吸い尽くさんばかりに、ドス黒く、そして恐ろしいほどに純化された高熱の火種。
彼女の瞳に宿る真紅の魔力が、夜闇を妖しく照らし出す。それは、裏切り者たちへ贈る、優しき少女からの完全なる決別の灯火だった。
「さようなら、ガルバさん。……『烈火』」
解き放たれた極小の火種が、教会の通気口の奥へと、吸い込まれるように滑り込んでいった。
火種が、小麦粉の充満する教会のドーム内へと到達した、その刹那。
――ガガ、ッ!!!
空間が一瞬、不自然に静収縮したかと思うと、次の瞬間、教会の窓という窓から、目も眩むような爆発的な白光が激しく噴出した。
――ドゴォォォォォォン!!!!!!!
鼓膜を激烈に震わせ、大気を一瞬で衝撃波が駆け抜ける。
油の引火と、エイドの現代知識がもたらした「粉塵爆発」の二重の破壊力。魔法の火球などとは比較にならない、空間そのものが膨張するような大爆発が、廃教会の内部を木端微塵に破壊し尽くした。
「な、なんだァアアアッ!?」
「ぎゃああああああッ!!」
中からは、状況を理解する暇すら与えられなかったガルバの手下たちの、絶望に満ちた悲鳴と怒号が、爆音の隙間から一瞬だけ響き、そして濃厚な煙の中へと消えていった。
爆発の強烈な圧力が、ガレンが抑える正面大扉へと一気に集中し、凄まじい衝撃となって『不倒の盾』を襲う。
「おおおおおっ……!!」
ガレンは太い腕の筋肉を爆発させ、歯を食いしばってその衝撃を強引に受け止めた。盾が、肉体が、爆風の圧力を完璧にドーム内へと跳ね返し、内部の地獄をさらに加熱させる。
乾燥した木造の教会は瞬く間に炎の嵐に包まれ、崩落の音を響かせながら、文字通りの「燃え盛る棺桶」へと変貌していった。
ゴォォォォ……と、激しい炎の咆哮が響き渡る。
ガレンがゆっくりと盾を引き、正面の大扉が、中からの圧力と炎によってバリバリと音を立てて崩れ落ちた。
吹き出す黒煙と熱風の向こう側。
裏口も窓も塞がれ、この世の地獄と化した炎の這い口から、全身を煤と血にまみれ、衣服を激しく燃え上がらせながら、命からがら這い出してくる影があった。
手下たちの大半は爆発の衝撃と煙で死亡したのだろう。
激しく咳き込みながら、大剣を杖代わりにし、執念だけで飛び出してきたのは――ガルバ。そして、そのすぐ後ろには、満身創痍のロイドの姿があった。
「ごほっ、ごほっ……! クソ、何が、何が起きた……!? ロイド、てめえの仕業か……っ!?」
ガルバが血を吐きながら顔を上げた、その瞬間。
赤々と燃え盛る炎の照り返しの中に、堂々と立ち塞がる『不倒の盾』の巨体。
そして、その左右で、冷徹な死神のような瞳をして武器を構えるエイドとセリア、闇に溶けるトトの姿が、ガルバたちの絶望の視界へと飛び込んできた。
「よォ、ガルバ。酒の味はどうだった?」
ガレンの凶悪な笑みと、エイドの冷たい剣先が、驚愕に目を見開くガルバたちを静かに迎え撃つ。
誤字脱字と因果関係に違和感あれば教えてください。
ブックマーク、感想いただけると嬉しいです。
毎日更新されている方はほんとにすごいですね。改めて尊敬です。
若干ですが筆が進みません




