闇に潜む牙、追跡の灯火
更新しました。二日ぶりになります。
1時間も立たずにガタゴトと、重い馬車の車輪が遠ざかっていく。
崖の上からゾロゾロと下りてきたガルバの手下たちと、ロイド、そしてガルバは、第二馬車の残骸には目もくれず、第一馬車の荷台から目的の物資を手際よく奪い去っていった。
遠くから「よし、引き揚げるぞ」「ギルドには奇襲による全滅と報告する」という白々しい声が微かに響き、やがて渓谷は不気味なほどの静寂に包まれた。
ガルバたちが完全に去ったことを音で確認すると、岩の隙間の泥闇で、ガレンが静かに息を吐き出した。
「チッ……行ったか。トト、すぐに追跡に移れ。奴らがどこへ荷物を運び込むか、確実に突き止めろ」
「了解。完全に勝った気でいるから、足跡がガタガタだ。……地獄の果てまで追いかけてあげるよ」
トトの声から、いつもの軽い調子は完全に消え失せていた。彼はガレンが作った岩の隙間から、音もなく這い出ると、そのまま影のようにガルバたちの後を追って消えていった。
トトを見送ったガレンは、自身の異名でもある『不倒の盾』を構え、自慢の怪力で頭上の巨大な岩塊を音もなく押し退けた。バリバリと木枠の砕ける音を最小限に抑えながら、ガレンはエイドを抱えて馬車の残骸から這い出てくる。
街道に転がされたエイドは、魔力切れを起こし完全に意識を失っていた。ガルバが「十八番」と皮肉った通りの深い昏睡状態だ。
「おい小僧、いつまでも寝てんじゃねえ。ここからが本番だ」
ガレンは腰のマジックバッグに手を突っ込むと、中から一本の禍々しい紫色のボトルを取り出した。魔力を強制的に回復させる超高純度のポーションだ。ガレンはエイドの顎を強引にこじ開けると、その液体を容赦なく喉の奥へと流し込んだ。
「がはっ……!? ごほっ、ごほっ!」
激しい拒絶反応と共に、エイドの目がカッと見開かれた。
頭が割れるような激痛と、急激に体内に巡り出す魔力の奔流。エイドは口元の血を手の甲で拭いながら、荒い息のまま周囲を見回した。
「ガ、ガレンさん……? ガルバさんたちは……」
「ハッ、お前が気持ちよく寝てる間に荷物を持って全員で行っちまったよ。それより小僧、そこのセリアを起こせ。ガルバの野郎に腹を殴られて気絶してやがる」
「えっ、どういうことですか。」
「いいからセリアを起こせ、まとめて説明してやる」
ガレンの視線の先には、腹部を押さえて倒れているセリアの姿があった。
エイドは痛む身体を無理やり動かし、セリアの元へと傷だらけの身体で這い寄る。『サナファン』を唱えた
(セリアさん……今、助けます……!)
エイドは前世での記憶、肉体のリアルな生々しい構造を脳内に強くイメージする。内出血を、無詠唱の魔力で『浄化』し、『癒やす』。
エイドのイメージに呼応するように、淡い聖なる光が彼女の身体を包み込んだ。
「う、あ……っ」
セリアの短い呼吸が戻り、その大きな瞳がゆっくりと開いた。
「エイド、くん……? 私、ガルバさんに……」
「セリアさん、喋らないでください。まだ完全に回復してない。……大丈夫です、ガレンさんがこの後説明してくれます。」
目覚めたセリアに、ガレンが手短に現状を伝えた。ガルバとロイドが最初からグルであり、自分たちを嵌めて荷物を奪い去ったこと。
信じていた隊長の裏切りに、セリアとエイドは愕然として言葉を失ったが、セリアはすぐにプロの魔術師としての表情を取り戻し、唇を噛み締めて立ち上がった。
「あの男たちを……絶対に許しません」
「フン、いい面構えだ。絶望するのはあいつらを地獄に落としてからにしろ。トトが戻るまで、ここで息を潜めて待つぞ。今のうちにしっかり魔力と体力を回復させろよ」
三人は破壊された馬車の影に身を隠し、気配を完全に殺してトトの帰還を待った。渓谷を通り抜ける夜風が、血の臭いをどこかへ連れ去っていく。ガルバたちは、ガレンたちが生き残っているとは夢にも思っていないはずだ。
それからどれほどの時間が経っただろうか。
夜の帳が完全に降りた頃、音もなく、残骸の影からひょっこりと小柄な人影が現れた。
トトだ。
三人の前に滑り込んできたトトは、フードの隙間から、いつもの軽薄さを完全に消し去った鋭い瞳を覗かせた。
「お疲れ様。みんな無事で何よりだよ」
「トト、状況はどうだ。奴らはどこへ荷物を運び込んだ」
ガレンが声を潜めて促すと、トトは地面の土を手で払い、そこにナイフの先で大まかな地図をそっと描き始めた。
「ガルバ隊長……いや、ガルバたちは、ここから1時間ぐらい行った先にある国境沿いの町『ラギ』のはずれ、古い教会の地下倉庫に荷物を運び込んだよ。ロイドも一緒だ。あそこは現在、表向きは廃堂になってるけど、夜になると不審な連中が何人も出入りしてる。間違いなく、あいつらのアジトだね」
「教会、ですか……」
エイドはその言葉に、妙な胸騒ぎを覚えた。
「奴らの警戒レベルはどうだ」
「完全に『勝った』と思ってるね。ガレンさんが死んだと確信してるから、酒を飲んでお祝い騒ぎを始めてるよ。荷物の運び出しは明日の早朝を予定しているみたい」
トトの報告を聞き、ガレンは口元を凶悪に釣り上げた。
「ハッ、傑作だな。自分たちの棺桶の中で酒を飲んでやがる。勝負は今夜、奴らが泥酔して油断しきっている瞬間だ。町へ移動し、一気に叩き潰す。小僧お前ならどうやって倒す」
「考えたくないですね」
「お前は前回の依頼で何を学んだ。いざという時は剣を振らなければならないと学んだだろう。まだ覚悟ができてないのか。だったらここで帰れ。あいつらは俺らが始末してやる」
「いえ、すいませんでした。しっかりここで覚悟を決めます。荷物を度外視でいいなら、出口を塞いで燃やします。」
「それだとあいつらと同じ失敗をするぞ、死体を確認しないなどありえないぞ」
「でしたら出口を一つだけ残して燃やします。出てきたところを倒します」
「倒すのではなく、殺す覚悟をしろよ」
ガレンはエイドとセリアの顔を見見据え、静かに拳を握り締めた。
ガルバたちの侮りは、今夜、本物の絶望へと変わる。死の淵から這い上がった『不倒の盾』と、静かに闘志を燃やす少年たちの、容赦なき反撃への行軍が今、静かに始まろうとしていた。
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