襲撃
更新です。
地響きと共に崖の上から降り注ぐ巨大な岩塊。前後を完全に塞がれ、逃げ場のない場所で、第二馬車は一瞬にして土煙に包まれた。
「くそっ、全力だ……!」
(身体強化しないと最悪死ぬ、)
エイドはガレンの「気絶しても構わねえから全力で索敵しろ」という言葉を胸に、必死に体内の魔力を暴走寸前まで循環させていた。感覚が異常なほどに研ぎ澄まされ、崖の上の襲撃者たちの魔素の動きが、まるで網の目のように脳内へ流れ込んでくる。
しかし、まだまだ未熟な肉体にとって、それは許容量を遥かに超えた負荷だった。
(あ、あと少しで、全体の数が――)
そこまで思考した瞬間、脳の芯が焼き切れるような激痛が走った。視界が急激に歪み、天地がひっくり返るような感覚と共に、エイドの意識は深い泥の中へと急速に暗転していった。崩れ落ちるエイドの身体を、ガレンの巨大な片腕がガシッと受け止める。
「トト、動くな! 岩の隙間に潜り込むぞ!」
ガレンは迫り来る巨岩の軌道を一瞬で見極め、盾を器用に使うことで、崩落する馬車の残骸と岩塊の間に「わずかな空洞(隙間)」を作り出した。倒れたエイドを抱き込み、トトの襟首を掴んでその泥闇へと滑り込む。
直後、ドォン!!! と鼓膜を破らんばかりの衝撃音が轟き、彼らの頭上を無数の巨岩が完全に埋め尽くした。
暗闇と、立ち込める濃い砂埃。
岩の隙間に作られた狭い空洞の中で、ガレンとトトは完全に息を殺していた。
ガレンほどの規格外の強者であれば、盾の一撃でこの岩を粉砕し、崖の上の連中を叩き潰すことなど容易い。しかし、ガレンはあえて動かなかった。ここで暴れれば、裏で糸を引く狡猾な黒幕がトカゲの尻尾を切り捨てて逃げてしまう。一網打尽にするには、自分たちがここで『死んだ』と錯覚させるのが一番確実だった。
隣にいるトトも、恐怖に怯えることなく、冷徹な斥候の目でガレンと視線を交わしている。ガレンは顎で、岩の僅かな隙間――外の光が細く差し込むスリットを指し示した。
二人がそこから外を覗き見た瞬間、耳に飛び込んできたのは、ガルバの怒号だった。
「おいロイド! てめえ、よくも俺たちを裏切りやがったな! クソ、第二馬車がガレンごと完全に潰されちまったじゃねえか!」
いかにも被害者を装った、悲痛な叫び。
だが、岩の隙間から見えるガルバの表情には、焦燥も悲しみも一切なかった。それどころか、その口元は邪悪に歪んでいる。
「……ッ!」
トトの目が見開かれ、身体がかすかに強張るのを、ガレンは手で制した。
ガルバの視線の先には、崖の上からの合図を受け、わざとらしく距離を取るロイドの姿があった。ロイドのあの右手のアクションは、やはり裏切りの合図そのもの。2人は最初から息を合わせ、周囲の目を欺くための完璧な大根芝居を打っているのだ。
「フン、気づくのが遅いんだよ、ガルバ! この荷物は我々がいただく!」
ロイドもまた、悪びれる風もなく、事前に打ち合わせていた通りの台詞を白々しく吐き捨てる。すべては、生き残るであろうセリアや他の御者たちに「ロイドの単独の裏切りと、外部の奇襲による全滅危機」と思わせ、真の黒幕であるガルバの関与を完璧に隠蔽するためのシナリオだった。
ガルバは冷酷に口元を歪めると、自らの大剣を抜くことすらせず、すぐ傍らで魔法の詠唱を始めようとしていたセリアへと肉薄した。
「ガルバ、何を務――」
セリアが言いかけるより早く、ガルバの分厚い拳が彼女の腹部へと容赦なく叩き込まれた。
「がはっ……!?」
短い悲鳴と共に、セリアは一撃で意識を刈り取られ、地面へと崩れ落ちる。ガルバは彼女の生死を確認することもなく、その場にゴミのように放置した。
さらに、ガルバの冷徹な視線が、第二馬車の残骸のすぐ近くへと向けられる。そこには、岩の直撃こそ免れたものの、先ほどの魔力暴走によって口から微かに血を流し、完全に気絶して横たわっているエイドの姿があった。
ガルバがずしりと重い足取りでエイドに近づく。岩の隙間で、ガレンの太い指がいつでも庇えるように盾を握り、ギリ……と音を立てて固まった。
ガルバは気絶しているエイドを見下ろし、その胸元がかすかに上下しているのを確認すると、フンと鼻を鳴らした。
「エイド、ガレンが潰されたショックで気絶したか。まあ、この後の『処理』でどのみち死ぬんだ、ここで大人しく寝てろ、気絶がこいつの十八番みたいだな。」
ガルバにとって、気絶したエイドなど脅威ですらない。彼はエイドに追撃を加えることもなく、ロイドと共に手際よく荷台の魔法防御を解き、荷物を回収する指示を出すために歩き去っていった。崖の上からは、彼らの手下である襲撃者たちが、勝ち誇ったような足音を立ててゾロゾロと下りてくる。
外の光が遠ざかり、再び岩の隙間に静寂が戻る。
「……ガレンさん。ガルバとロイドが、まさかグルだったなんて……」
トトの声は、暗闇の中でかつてないほどに低く、冷たく澄んでいた。いつもの軽い調子は完全に消え失せている。
「フン、ギルド長の懸念通り、本物の大物が釣れたじゃねえか。トトはギルド長から何も聞いてないのか」
「いえ。なにも」
ガレンは凶悪な笑みを浮かべながらも、その眼光は凍りつくほど冷徹だった。
「ちっ、ギルド長の奴伝える人間を間違えやがったな。まぁ今喚いてもしょうがない。奴らはセリアと小僧を放置した。死体袋を増やす手間を省いたつもりだろうが……それがアイツらの致命的な計算違いになる」
ガレンの視線は、岩のすぐ外で眠るエイドへと向けられていた。
「トト、息を殺して耳を澄ませ。外の連中が荷物を奪って、完全に浮き足立って去っていく瞬間を待つ、勝負は一瞬だ。迷うんじゃねえぞ」
「……了解。」
暗闇の中、トトは短剣の柄を握り締め、冷徹な殺気を刃のように研ぎ澄ませていく。
彼らはまだ知らない。自分たちが「死に体」だと確信して放置した少年が、そして圧殺したと信じ込んでいる『不倒の盾』が、この泥闇の底から静かに牙を剥き、反撃の灯火を燃やし始めていることを。
深い渓谷の底。歪んだ陽光が照らす残酷な戦場で、運命の歯車は静かに、しかし確実に逆回転を始めようとしていた。
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