浄化の祈りと鉄の重み
今日も頑張りました。このあともう1話追加します。
夜が明け、湿った森の空気が肺を刺す。
ガレンの呼吸は少し落ち着いている。
昨夜、自分が吐いた「冷たくさせない」という言葉を思い出す。それはガレンへの誓いであると同時に、葬儀師という略奪者のような職にありながら、この老騎士だけは「利用」したくないという、俺の最後の足掻きでもあった。
やがて、わずかな気配でガレンが目を覚ました。
「……ん、小僧。早いな」
ガレンが目を覚まし、焚き火の後をゆっくりと片付け始め、俺の腰にある『ミゼリコルディア』を顎で指した。
「小僧。村に着いたら、真っ先にその短剣を浄化しろ。研ぎ師でも教会でもいい」
その声は、いつになく険しかった。
「それが昨晩言ってた、やらなければならないことですか。」
「魔物を殺した刃には、その返り血と共に『魔』の残滓がこびりつく。葬儀師の刃は特にそれを吸いやすい。浄化を怠り、汚れた刃を持ち続ければ、いずれお前自身が魔の波動に精神を侵され、正気を失うことになるぞ」
俺は、無意識に漆黒の鞘に触れた。この短剣は、力をもたらす装置である以上に、持ち主の命を削る毒物でもあるらしい。
立ち上がろうとしたガレンが、不意に顔を顰めた。
「……っ」
彼の膝から、昨日よりも大きく、鈍い音が響く。一瞬、彼の体が大きく傾き、俺は慌ててその肩を支えた。鎧越しに伝わる老騎士の体は、驚くほど重く、そして震えていた。
無理をさせている。俺のせいで。
ガレンは俺の手を振り払うようにして立ち直ったが、その足取りは素人目に見ても限界だった。一歩踏み出すごとに、彼の表情が苦痛に歪む。
「ガレンさん。村に着いたら、まずは頑丈な枝か、松葉杖を探しましょう。今のあなたには、自分の足以外の支えが必要です。……拒否はしないでください。俺が、あなたと明日も歩くために必要なことなんです」
ガレンは何か言いかけたが、俺の視線の強さに圧されたのか、小さく鼻を鳴らして視線を逸らした。
昼前にようやく、石造りの壁に囲まれた小さな村が見える。人々の営みの象徴である竈の煙が、幾筋も空へ昇っていた。
村に入ると、俺たちはまず武器屋の暖簾を潜った。
店主は、巨躯のガレンと俺を交互に見て、商売人らしい目つきで出迎えた。
「店主、頼みがある。この人の体格に合わせた、頑丈な松葉杖を作ってほしい。腕の当たる部分は革を巻き、石突きには滑り止めの溝を深く入れてくれ」
俺の細かい指定に、店主は少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「……注文の多い客だ。だが、その騎士様の膝を見る限り、遊びで作るわけじゃなさそうだな。明日には仕上げておくよ」
俺は店内に並ぶ無骨な鉄の剣や槍を見渡し、その中から一本の標準の剣を取り、少し握ってみる。
(これぐらいのもので良いだろう、少し軽いし俺でもなんとかなるだろう。)
「人のものにはあれこれ注文するのに自分のものには無頓着か。……おい、小僧。そこの棚にある三番目の剣を取ってみろ」
ガレンに言われるがまま、俺は長剣を手に取る。
「……重いな」
ずっしりと腕に沈み込む、ただの鉄の塊。ガレンは俺の構えを厳しく品定めするように目を細めた。
「葬儀師の刃は、最後の瞬間まで抜くべきではない。道中の雑兵は、その鈍い鉄で追い払え。……その剣は、お前の今の腕力なら、振るうのではなく『叩きつける』つもりで使えば、最低限の護身にはなるだろう」
剣と、ガレンのための頑丈な松葉杖。それらを購入した後、俺たちは村の端にある小さな教会を訪ねた。
老いた聖職者が、俺の差し出したミゼリコルディアを布越しに受け取る。祈りと共に聖水が注がれると、刃から黒い霧のようなものが揺らめき、消えていった。
「……葬儀師殿」
浄化を終えた聖職者が、ふと顔を上げた。その瞳には、得体の知れない怪物をを見るような、深い憐れみが混じっている。俺はその視線に耐えきれず、つい喉の奥に引っかかっていた疑問を口にした。
「……教会があるのに、なぜ俺のような役回りが必要なんですか。救いなら、神やあなた方の祈りがあれば十分でしょう」
聖職者は悲しげに目を伏せ、首を振った。
「我ら教会の光は、死にゆく者の魂を導くことはできても、その者が抱く『この世への未練』や『生への執着』を消し去ることはできぬのです。未練は時として呪いとなり、遺された者を蝕む。それを直接その身に引き受け、魂を強引にでも『無』へと還すことができるのは、その呪われた刃を持つ、あなた方葬儀師だけなのです」
教会の祈りは光を当てるだけ。だが、葬儀師は泥の中に手を突っ込み、その汚れを自分ごと掻き出さなければならない。
「この刃を研ぐ機会が、これ以上増えぬことを祈ります。あなたの魂が、どうかこれ以上、削られませぬように」
俺は何も答えず、清められたはずの短剣を、呪物でも扱うかのように慎重に腰へと戻した。
教会から出た後、俺たちは通り沿いにある古びた宿屋へと向かった。
受付のカウンターに立ち、かつての仕事場とは比べるべくもない簡素な内装を見渡す。
「二人だ。……できるだけ一階の、入り口から近い部屋がいい。この人が足を悪くしている」
俺の要望に、宿の主人は黙って頷き、重々しい鍵を二つ渡してきた。
部屋は狭く、湿った木の匂いがしたが、横になれる場所があるだけで今の俺たちには十分だった。ガレンをベッドへ誘導し、重い鎧を解く手伝いをする。
「……すまんな、小僧。宿の手配から何から……」
「仕事ですから」
冗談めかして返し、俺は彼を休ませた。
誤字脱字あれば教えてください。




