初めての魔法、朝霧の対峙
更新できました。最近は遅い時間の更新です。
夜、『黒鉄の休らぎ亭』は激しい熱気に包まれていた。エイドは宿屋の自室で、神官から借り受けた漆黒の魔導書を机に広げていた。
セリアさんが「同じ魔導書でも人によって覚える魔法が違うの。
自身の経験や知恵で左右されているとは言われているけど本当のとこはわからない」と言っていたな。
経験や知恵はきっとこの世界にくるまでに培ったものが影響されそうだな。そもそも怪我を治すには汚れや穢れを祓うのが前提のはずだから『癒やし』の魔法を覚えれば、そこに多少の『浄化』の作用も含むはずだな。
どちらにしろタイムリミットは明日の朝まで。一晩でこの重厚な本から何らかの成果を得なければならない。エイドは机の上の蝋燭に火を灯すと、静かに頁をめくった。
そこに記されていたのは、この世界の人間にとっては「神への祈り」や「聖なる光」といった、極めて抽象的で感覚的なイメージの数々だった。普通であれば、自身の適性や神への信仰心を天秤にかけ、ただ感覚のままに魔力を流すもの。
(まぁ確かにこれは、適性ないとイメージできないから難しいだろうな)
一通り読み終えたエイドの頭には『サナファン(魔法)』の発動方法が流れ込んできた。
(おそらく『浄化』と『癒やし』が合わさった効果だと思うけど、使ってみないとわからないな。使って気絶だと話にならないから、構造理解を深めよう。)
この世界の住人が「神の奇跡によって魔を霧散させる」と表現している『浄化』のプロセス。それをエイドは、一昨日自らが行った内臓の処理に当てはめて考えてみる。『魔』が揮発しているように見えた。ということは『魔』→『魔素』に変換させているように思う。そもそも『魔』は『魔素』が変異か構造変化しているみたいだしな。
神官様は『浄化の構造を知り得ている者はいない』と言っていた。けれど、前世の科学的視点や、この世界の魔力操作を噛み合わせれば、構造の理解はいずれは可能かな。
『癒やし』に関しては純粋に治すということに余計なイメージ(神や祈り)が混ざることで、魔力の伝達ロスが発生しているからのような気がするな。
明日の朝、魔術書を返すついでに神官に聞いてみよう。あとは久しぶりに魔力循環だな。
気付けば。激しい熱気に包まれていた『黒鉄の休らぎ亭』の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
翌朝。数時間しか眠らず夜を明かしたエイドだったが、その足取りに疲れはなかった。
まだ薄暗い朝霧が立ち込める大通りを抜け、街の端にある石造りの教会へとトレーニングをしながら向かう。礼拝堂の奥で待っていた年配の神官に、エイドは両手で丁寧に魔導書を差し出した。
「神官様、約束通りお返しに参りました。お貸しいただき、本当にありがとうございました」
神官は魔導書を受け取ると、エイドのどこか晴れやかな、しかし底知れない気配を宿した瞳を見て、驚いたように目を見開いた。
「……エイド、まさかあなた、一晩で何かを掴んだのですか?」
「はい。私なりの『魔法』は見出せました。しかしこの『魔法』がどのようなものか確信が持てずにいますので今使ってみてもよろしいでしょうか」
「私でよければ、…ではお願いします。」
「ありがとうございます。それではいきますよ。
…『サナファン』」
身体から魔力がなくなるのを感じた。体感だとまだ余裕があった。
柔らかな光が神官を包んだ。
「本当に底の知れない方ですね、」と小さく感嘆の息を漏らし、それから優しく微笑んだ。
「あなたの『魔法』初めて聞く名前ですね。効果は『癒やし』と『浄化』の力が含まれていますね、あとは効果に関しては『浄化』はとても強く、『癒やし』に関しては中級ですね。あなたの歩む『誰も殺さない慈悲の道』に、とても役立つと思いますよ。あと失礼ですが『魔法』は言葉にする必要はありません。使い慣れていけばイメージがより明確になり魔力消費も抑えられますし効果も増えると思いますよ。」
「ありがとうございます。あと不躾で申し訳ないのですが聖水の作り方を教えていただけませんか」
「あなたならいいですが、誰にも言わないとお約束していただけますか」
「もちろんです。」
「純度の高い水に『浄化』の効果を持つ『魔法』をかけることです。『浄化』の力が弱いと何度もかけないといけませんがエイドさんなら一瓶に対して一度で問題ないでしょう」
「何から何まで本当にありがとうございます。」
深く感謝を伝えたエイドは、銀貨を5枚渡し教会の重い木製の扉を押し開け、外へと出た。ひんやりとした朝霧が頬を撫で、張り詰めた空気が肺を満たす。
新たな力を手にした満足感を胸に教会の階段を下りようとした、その瞬間だった。
コツ、コツ、と霧の向こうから規則正しい足音が響き、一人の男が階段を上ってきた。
エイドはその姿を捉えた瞬間、思考を瞬時に懐かしい思いと気が引き締まった。
――『鉄の牙』のロイドだった。
朝霧の中で、二人は完璧に正面から鉢合わせる形となった。
ロイドはエイドの姿に気づくと、一瞬だけ意外そうに眉を動かしたが、すぐにいつも通りの冷徹で合理的なプロの顔に戻り、低く声をかけてきた。
「エイドか。こんな早朝から教会に何用だ?」
「おはようございます、ロイドさん。少し、先日の実験の報告とお礼に伺っていまして。ロイドさんこそ、このような時間にどうされたのですか?」
純粋な敬意を込めて、いつもの丁寧な微笑みで問いかけた。前回の護衛任務で「甘さは命取りになる」とプロとしての非情さと厳しさを教えてくれたロイドのことを、エイドは実力あるベテランとして純粋に尊敬していた。
「あぁ。明日の朝からの輸送任務に向けて、万が一のための『聖水』を買い付けに来た」
ロイドは淡々と、極めて合理的で筋の通った理由を口にした。
「前回の襲撃のような不測の事態がまた起きないとも限らん。貴重な前衛を魔物の呪いや毒で失いたくはないからな。事前に準備をしておくのはプロとして当然の義務だ」
「…なるほど、さすがですね。事前のリスク管理、本当に勉強になります」
エイドが感銘を受けて頷くと、ロイドはフンと鼻を鳴らした。
「Cランクへの飛び級昇格、おめでとうと言っておこう。だが、浮かれるなよ。今日からの任務は前回ほど甘くはない。自分の手札を過信する奴から死ぬのが戦場だ」
「はい。肝に銘じます」
ロイドはそれだけ言い残すと、エイドの横をすれ違い、教会の重い扉の向こうへと消えていった。
エイドは足を止め、振り返ってロイドが去った扉を静かに見つめた。
エイドは、彼の呼吸、そして筋肉の緊張、まとう魔力の微かな揺らぎは、なぜか言葉の合理性とは裏腹に、妙に張り詰め、どこか冷たく淀んでいるように感じられたのだ。
(……気のせい、だろうか。ロイドさんのようなプロでも、今日の遠征を前にこれほど警戒を強めているということなのかな。一度荷物をとりに宿に帰ろう)
エイドは、ただの「ベテランの油断のない緊張感」として解釈しようとした。しかし、自身のスキルが告げたその微かな違和感は、消えない澱のようにエイドの胸の奥に静かに残り続けた。
エイドは初めてのC ランク任務に向けて、朝霧の広がる空を静かに見上げるのだった。
誤字脱字と因果関係に違和感あれば教えてください。
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