己を識る者
更新できました。
出発の前日。エイドはガレンの指示により、再び冒険者ギルドへと足を運んでいた。
「来たか、エイド」
「はい。今日はいったい?」
エイドが尋ねると、ガレンは顎で受付を指し示した。
「明後日からは、お前がCランクに上がってから初めての任務だ。おまけに、あのギルド長のクソジジイの思惑が絡んだ泥沼の戦場になる。……出る前に、自分のカードを更新して、現在の『スキル』をその目できっちり確認しておけ」
ガレンの声音はいつになく真剣だった。
「自分の力を過信する奴は論外だが、過小評価する奴も戦場じゃ真っ先に死ぬ。特に、お前のように『誰も殺さねえ』なんて我儘を貫くつもりなら、自分が今何を持っていの一番に動かせるか、手札のすべてを完璧に把握しておかなきゃ話にならん。やれ」
「――分かりました」
エイドは頷き、受付所に向かい『Cランクのステータスカード』を受け取った。
「Cランクおめでとうございます。こちらのランクからはスキルの見え方が変わります。自身でご確認ください。」
真鍮のステータスカードを確認した。その表面に俺の現状が浮かび上がった。
【ステータスカード】
• 氏名: エイド(真名:――)
• 年齢: 18歳
• 職業: 葬儀師
• 保有スキル:パリィ(受け流し)、調理(中級)、解体(中級)、炭鉱(初級)、看破(初級)、身体操作(中級)、身体強化(初級)
•固有スキル:異世界の知識、天運、一点集中、特殊調理
「……やっと調理のスキルが上がった。けどこのひと月でこんなにもできることが増えたのか。それにしても固有スキルって一体」
エイドが冷静に自己分析をつぶやくと、横から覗き込んでいたガレンがフッと鼻を鳴らした。
「相変わらず、歪な伸び方をしてやがる。だが、悪くない。固有スキルは獲得条件が厳しいスキルだな。それにデメリットを孕んでいるものもあるから気をつけろよ。お前はすでに、Cランクに恥じない独自の『武器』を持っている。スキルはあくまでも自分のできることを示しているだけだ、固執すると碌なことにならん。それを忘れるな」
「ありがとうございます」
「おう。確認が終わったらさっさと行け。今日はもう解散だ。明日から出発だから準備を怠るなよ。お前、この後は神官のところに行くんだろ? 遅れると面倒だぞ」
ガレンはそれだけ言うと、大きな背中を向けて訓練室の隅へと歩いていった。エイドはカードをしっかりとポケットに収めると、自分の両手を一度握り締め、己の現在地を深く胸に刻み込んだ。
ギルドを後にしたエイドは、その足で街の端にある石造りの教会へと向かった。
昼下がりの礼拝堂は静まり返っており、ステンドグラスから差し込む五色の光が、厳かな静寂を美しく彩っている。エイドが中へ入ると、奥から昨日彼に聖水を分けてくれた年配の神官が、穏やかな微笑みを浮かべて姿を現した。
「おや、エイド。昨日は無事に『実験』は成功しましたか?」
「はい。なんとか成果を得られました」
エイドは背筋を真っ直ぐに伸ばし、前世の極上のホスピタリティを体現するような丁寧な一礼を捧げた。
「聖水を用いてワイルドボアの内臓の魔力を完全に中和したところ、えぐみや呪いの成分が一切消え去り、極上の食材へと変わりました。昨日から『黒鉄の休らぎ亭』で黒ビール煮込みとして売り出したのですが、驚くほどの反響を呼び、大ヒットとなっています」
その報告を聞いた神官は、驚いたように目を丸くしたが、すぐに深く得心のいったように何度も頷いた。
「素晴らしい、本当に素晴らしいことだ。誰もが見向きもせず、廃棄していた魔物の部位を、聖なる力とあなたの知恵で『命の恵み』へと変えたのですね。……これなら、安価で栄養のある食事として、私たちが運営している孤児院の子供たちにもお腹いっぱい食べさせてあげることができます。神の教えである『命を尊び、分かち合う』という精神、そのものです」
「そう言っていただけると、苦労した甲斐があります」
エイドが微笑むと、神官は一転して表情を引き締め、その優しい瞳の奥に、年長者としての深い光を宿した。
「さて……それでは、昨日約束した通り、これからのあなたのために『お渡ししたいもの』を受け取っていただきましょう。こちらへ」
エイドは神官に促され、一般の信徒は立ち入ることのできない教会の最奥、厳重な鉄の扉で閉ざされた「宝物庫」の前へと案内された。
神官が古い鍵を差し込んで扉を開けると、そこには数々の年代物の聖典や、儀式用の法具が整然と並んでいた。神官はその中から、ビロードの布に包まれた本を慎重に取り出し、エイドの前へと差し出した。
「開けてみなさい」
エイドは緊張感を漂わせながら、静かに木箱の蓋を押し上げた。
中に収められていたのは、一冊の『本』だった。
それは漆黒の革で装丁され、鈍い銀色の金属で補強された、重厚な本だった。表紙には、細かく精緻な聖刻文字がびっしりと刻まれており、見ているだけで吸い込まれそうな、圧倒的に純粋な魔力の気配を放っている。
「これは……」
「神官が神官になるための魔導書です」
神官は静かに語りかけた。
「私たちは葬儀師が来ると皆様にお貸ししているのです。これが先日お伝えした切っても切れない縁の理由の一つでもあるのです。あなたが持っている『ミゼリコルファ(慈悲の短剣)』は、非常に強力な力を秘めていますが、同時にその強大さゆえに、魔物を刺し続けると『ミゼリコルファ』に魔が溜まり、使い手の精神や周囲の魔素を激しく侵食する危険性を孕んでいます。最悪は魔物になることもあると伝えられています」
神官は本の表紙を指で優しくなぞった。
「ここには、『浄化』や『癒やし』の魔法が書かれています。その魔法で『ミゼリコルファ』の魔を祓うこともできるのです。ただし、あなたが何を得られるかは私にもわかりません。過去には『浄化』の魔法を得れなかった葬儀師もいます。それに魔法を得たとしても適性がないと『魔力』の消費が増えます。私ども教会では適性がなくても構造を理解すれば『魔力』の消費が抑えられるとも言われておりますが、『浄化』の構造を知り得ている者はいないとされてます。」
エイドの目が見開かれた。
この魔導書の読むことで、『魔法』をつかうことができる。
「今、この街のギルドや商会の裏で、何やら不穏な風が吹き始めていることは、私たち教会も察知しています」
神官はエイドの目を真っ直ぐに見つめた。
「これをお貸しいたします。明日の朝にはお返しください。この『魔導書』が、あなたの歩む『誰も殺さない慈悲の道』の、確かな力となるように。」
「……深く、感謝いたします」
エイドは深く頭を下げ、両手でその重厚な魔導書を受け取った。
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