揺れる天秤
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夕方の冒険者ギルド長室。重厚な木製デスクの上で、一本の葉巻から立ち上る紫煙が、ランプの淡い光に揺れていた。
主であるギルド長――深く刻まれた皺の奥に鋭い光を宿した老人は、背もたれに深く身体を預けながら、対面に立つ巨漢を静かに見つめていた。
「……で、ガレン。お前から見て、先日の『昇格試験』の護衛任務はどうだった?」
ガレンは腕を組み、不敵な笑みを浮かべたまま低く唸った。その眼光は、夜の闇よりもなお深い。
「結論から言えば、『やってくれたな』だ。飛び級でのランクアップはもちろんだが、
…計ったな。
エイドから聞いた盗賊どもの奇襲のタイミング、そしてこちらの布陣をあらかじめ知っていたかのような最適の配置……どれをとってもプロの仕業だ。いや、プロだからこそ異常さが際立つ。ガルバが指示を出した『隙』にこっちの荷物を襲いにきた。どういった意図でエイドが荷物に残っていたかわからないが、完璧にできていた。まるで、ここに突っ込んでくれと言わんばかりにな」
ガレンの言葉に、ギルド長は細い目をさらに細めた。
「身内の仕込み、それも『鉄の牙』の戦術を隅々まで熟知している奴の仕業、か。……狙いは商会の一般的な商品ではなく、彼らが秘密裏に運んでいた『真の荷』だったというわけだね」
「あぁ。ガルバは気づいちゃいねえが、前線で完璧に立ち回っていたはずの男が、一番不自然に動いていた。緊急時でもあいつなら荷物に1人は残るように進言するはずだ。――『鉄の牙』のロイドだ。あの徹底した現実主義者の男なら、商会やギルドを天秤にかけ、より重い『報酬』に寝返ったとしても不思議じゃねえ」
ロイド。エイドが人間相手に剣を止めた際、「その甘さは命取りになる」と冷徹にプロの現実を突きつけた男。その彼が、裏では綺麗事だけでは生きていけない非情な現実に身を投じ、内通者として糸を引いていた。これ以上ない皮肉だった。
「なるほどなぁ、報告を聞いて商会が怪しいと睨んでいたが外れたか」
ギルド長は葉巻の灰をトントンと落とし、不敵に笑った。
「そして、その完璧な計画を引っかき回したのが、例の風変わりな新人、エイドというわけだ」
「そうだ。ロイドが作った完璧な『隙』を、あいつが何だかの異常な索敵能力と、人を殺さねえ独自の制圧術で埋めちまった。内通者側にとっちゃ、計算外だったろうさ。あんなに強かったのはな。……おい、ギルド長。あいつをCランクに飛び級させたのは、まさか」
「ククク、察しがいいね。内通者が動くなら、自分たちの計画を狂わせた異分子を真っ先に排除しようとするはずだ。Cランクという『目立つ盾』にしておけば、嫌でも敵の動きが加速する。餌としては最高だろう?」
ガレンの拳が、みしりと音を立てた。
「……あの食えない小僧を、そんな泥沼の盾にされてたまるかよ。あいつの頑固なこだわりは、俺が直々に磨いてる最中なんだ、それにあいつは俺の『足』になると言ってる」
「だからこそ、次の任務だ、ガレン」
ギルド長は引き出しから、厳重に封印された一通の特級依頼書を取り出した。
「近く、同じ商会からさらに重要度の高い『本物の荷』の輸送依頼が入る。これを敢えて前回と同じ『鉄の牙』、そしてCランクに上がったばかりの『エイド』に発注する。ロイドが本性を現すか、あるいは後ろの黒幕が動くか……。ガレン、お前も『護衛役』としてこの任務に同行しろ、事前にもう1人だけ内容を話しておく、誰かはあえて言わん」
ガレンはしばらく依頼書を見つめていたが、やがて獰猛な笑みを浮かべてそれをひったくった。
「いいだろう。特等席で見張ってやる。移動中、あの小僧に『気配の起こり』を叩き込む良い課外授業にもなりそうだからな」
ギルドの奥でそんな陰謀が渦巻いているとは露知らず、翌日の『黒鉄の休らぎ亭』は、かつてない熱気に包まれていた。
「おい、女将! 例の『黒鉄の煮込み』をもう一杯くれ!」
「こっちにも黒パンと煮込みを追加だ! 悪魔的に美味すぎるぞこれ!」
食堂は、溢れんばかりの冒険者や行商人の熱気で満ち満ちていた。
マーサたちは、エイドの助言通り、宿の伝統であり元々の名物だった「黒ビール」を使って内臓の煮込みをアレンジし、正式にメニューへと加えたのだ。黒ビールの持つ独特の苦味とコクが、聖水で完璧にクレンジングされたモツやレバーの旨味と奇跡的な化学反応を起こし、赤ワイン煮込みよりもさらに濃厚で、酒が進む最高の逸品へと昇華していた。
廃棄物同然の内臓を仕入れているため、価格は他店の肉料理の半値以下。それでいて味は高級店以上。噂は瞬く間に街中に広がり、多くの冒険者や同業者さえも手のひらを返したように『黒鉄の休らぎ亭』へと押し寄せていた。
「はいよ、今持っていくからね!」
大忙しで厨房とフロアを往復するマーサは、大変そうながらも、その顔には心からの弾けるような笑顔が戻っていた。
「エイド、本当にありがとうね。あんたのおかげで、この宿は完全に息を吹き返したよ。まさかうちの黒ビールがこんな風に活きるなんてねぇ……」
厨房の隅で洗い物を手伝っていたエイドに、マーサがしみじみと、しかし力強く感謝を伝えた。心の声で「思った以上の手際だったね、本当に認識を改めないと」と呟きながら、エイドという少年の持つ底知れなさに、改めて深い信頼を寄せていた。
「お役に立てて光栄です、マーサさん。けど『聖水』の確保をどうするかがまだ課題ですね」
エイドはホテルマンとしての完璧な微笑みを返し、綺麗に磨き上げた皿を並べた。恩人の宿を守り、確かな達成感が、彼の胸を温かく満たしていた。
しかし、その平和な時間は突如として破られる。
カランカラン、と宿の扉が開き、一人のギルド職員が血相を変えて食堂へと飛び込んできた。まっすぐにエイドの元へと歩み寄ると、上質な羊皮紙で封印された一通の書状を差し出した。
「Cランク冒険者、エイド! ギルド長より、至急の『指名依頼書』だ。直ちに内容を確認し、受託の準備を整えよ!出発は明後日だ」
食堂の喧騒が、一瞬だけ静まり返る。周囲の冒険者たちが「もう指名依頼だと!?」と驚愕の声を漏らす中、エイドは冷静に書状を受け取り、その封を切った。
中身を一読した瞬間、エイドの眉がわずかに動いた。
依頼内容は、先日の商会の「再度の輸送任務」。編成メンバーには、当然のように『鉄の牙』の名前がある。そして何より、同行者としての末尾に、信じられない名前が連なっていた。
『護衛:ガレン』
(ガレンが、護衛として同行する……?)
エイドの脳裏に、強烈な違和感が走った。街の最高戦力であるガレンが、たかが商会の護衛に直々に引っ張り出されるなど、通常では有り得ない。さらに、Cランクに上がったばかりの自分に対する報酬額も、前回の数倍という破格の値段が提示されている。
割の良すぎる話、不自然な最高戦力の投入。
エイドは、先ほどまで感じていた宿屋の温かい活気から、一瞬で冒険者としての冷徹な思考へと意識を切り替えた。この依頼の裏には、ギルドの、あるいはこの街の深い闇が隠されている。前世の組織で数々の裏交渉を見てきたエイドの勘が、そう告げていた。
ふと視線を上げると、酒場の喧騒の向こうで、数人の古参の冒険者たちが、露骨にエイドを睨みつけているのが見えた。Cランクへの飛び級を面白く思わない者たちか、それとも――。
「……分かりました。お受けします」
エイドは静かに職員に告げると、自身の頑固な信念と、前世の知恵を全て動員する覚悟を決め、静かにその目を研ぎ澄ますのだった。
誤字脱字と因果関係に違和感あれば教えてください。
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話の更新予定は明日ですが時間があればここまでのスキルや装備のまとめをさせていただきます。




