限界点と索敵の果て
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「おい、新入り! 起きろ! 日が昇ってどれだけ経ってると思ってるんだ」
頬を叩く冷たい感触に、俺は意識を浮上させた。視界の先には、朝の陽光を背負って呆れ顔で見下ろしてくるガルバの姿がある。
慌てて体を起こすが、頭の中に鋭い痛みが走った。昨夜、セリアと並んで座り、腹部に意識を集中させて魔力循環を繰り返していた記憶が最後だ。どうやら、魔力を完全に使い果たし、限界を超えて気絶していたらしい。
「す、すみません……寝過ごしました」
「ったく、お前は戦闘じゃ頼もしいが、体力管理がどうなってるんだ」
ガルバがニヤリと笑い、俺の肩を強く叩く。「まあ、死んでるわけじゃねえならいいが……お前、夜通し魔力の循環をやってたらしいな? セリアの奴が『エイドさんが倒れるまで魔力回路を回し続けてるわ』って、半ば呆れて報告してたぞ」
焚き火の片付けをしていたトトがひょいと顔を出し、面白がるように笑った。
「マジでエイド、あの体勢から一ミリも動かなかっただろ。魔力切れでぶっ倒れたまま朝を迎えるなんて、ある意味すごい才能だよ。そんなに魔法使いになりたかったのか?」
トトのからかいに、少し離れた場所にいたセリアが本を閉じながら近づいてくる。
「ええ、本当に驚いたわ。でもね、エイドさん。あれは……隊長からの『追加の試験』だったのよ」
試験、という言葉に俺が怪訝な顔をすると、セリアが可憐に微笑んだ。
「そう。私たち『鉄の牙』にとって、野営は命の次に大事な場所。女性メンバーがいる環境で、夜中に不審な動きを見せたり、規律を乱すような真似をしないか……昨晩は、エイドさんがそれをクリアできるかを見ていたのよ。」
ガルバが腕を組んで付け加える。
「トトが夜通し見張ってたが、お前は色気より修行を選んだ。合格だ、エイド。」
まさか魔力切れで気絶していただけの時間が、信頼を勝ち取るための試験だったとは。俺は深く息を吐いた。
「……評価いただき光栄です。ただの修行のつもりでしたが、合格できて何よりです」
「ふふ、正直な人ね。顔に出てるわよ」
セリアの言葉を合図に、一行は早々にキャンプを畳み、森の深部へと足を踏み入れた。
道中、少しふらつく俺の横に、トトが自然な様子で並んできた。
「おい、エイド。まだ頭が痛いなら無理すんな。その代わり、昨晩の『修行』のついでに、森での索敵のイロハを叩き込んでやるよ」
「索敵、ですか」
「そうだ。いいか、周囲の『魔素の揺らぎ』を捉えるんだ、魔力を循環するとわかりやすくなるぞ、なれれば魔力の循環は必要ないけどな」
トトの教えに従い、俺は目を閉じ、セリアから教わった呼吸法で魔力を循環させる。だが全くわからなかった。
「すいません、私にはわからないみたいです。」
「あきらめるのが少し早すぎだぞ、
セリナ、魔法を使ってみてくれ、エイドは揺らぎを見極めろよ。」
周囲に満ちる魔素の流れを、肌を撫でる風のように微かな脈動として感じられるのだ。
「セリナさんの周りの魔素の密度が、不自然に渦巻います。」
「そうだ。それが索敵の基礎になる。もう少し視野を広げてみろ。」
ふと、進行方向左手、樹齢の古そうな大木の根元で、その流れが滞っているのに気づいた。周囲を素通りする魔素が、まるで岩に当たった川の流れのように、一箇所で淀んでいる。
「トトさん、あそこです。あの木の根元、魔素が不自然に滞留しています」
俺が指差した先を、トトが鋭い目つきで見やる。一瞬の静寂の後、トトが小さく口角を上げた。
「……上出来だ。エイド、お前、初日でこれが見えるのか」
トトは慣れた手つきで短剣を抜き、音もなく接近する。数秒後、根元から唸り声を上げ、毛羽立った小型の魔獣が飛び出してきた。だが、トトが俺の索敵で先手を打っていたおかげで、ガルバが難なく盾で受け止め、瞬時に首を刎ねた。
「ほう、エイドの索敵か。なかなかいい精度じゃねえか。」
ガルバが血のついた剣を拭いながら感心したように言う。
「ありがとうございます。だけど歩きながらは難しいですし、循環しないと私にはまだできません。立ち止まっていて集中できるのでなんとかできるのですが」
それから数時間。俺はトトの指導の下、周囲のわずかな気配を汲み取りながら森を進んだ。
「よし、森の出口だ! 抜けるぞ!」
ガルバの快活な声が響く。次第に木々の間隔が広がり、鬱蒼とした影が薄れていく。不自然な魔素の渦も感じられなくなり、ようやく前方に開けた視界と、遠くに広がる街道の風景が見えてきた。
(油断するな、フラグ的にこういう時に何か起こる)
長かった森の探索。俺はトトに教わった索敵術を極限まで引き絞り、歩きながらできるように一歩進むごとに周囲の魔素の揺らぎを検知し続けていた。
(まだだ……まだ魔素の流れに乱れはないか? 隠れた淀みは……)
森の出口はもうすぐそこだ。
集中を切らしてはならない。そう自分に言い聞かせ、俺は視界がぼやけ始めてもなお、神経を魔素の密度へと研ぎ澄ませていた。
全身の血管が、まるで焼き付くような熱を帯びている。昨晩の魔力循環による疲労と、昼間の索敵による神経の摩耗。俺の器は、すでに限界をとうに超えていた。
森の境界線をまたぐ、その直前。
ふと、大気の流れが急激に反転したように感じた。
「エイド、最後尾はいい……っおい、エイド!?」
背後でトトの驚いたような声が聞こえた。
視界が急速にモノクロへと反転し、世界がぐるりと回転する。地面が近づいてくる感覚よりも先に、俺の意識は深い闇の中へと溶けていった。
「……またかよ。こいつ、どんだけ集中力に全振りしてんだ」
意識が途切れる寸前、ガルバの呆れ混じりの笑い声が聞こえた気がした。
森を抜け出したという安堵感と、自分の限界を見極め損なった不覚への自嘲。俺は、まるで客室で倒れ込んだ後のような深い安らぎの中で、再び強引に意識をシャットダウンさせた。
遠征二日目、森の出口。
俺はまたしても、その場に崩れ落ちていた。
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