敵襲来
更新です。
荷物監査を終えてから数時間。馬車は順調に北へと進み、街道の左右にはいよいよ鬱蒼とした魔物の領域が広がり始めていた。だが『運』のおかげか魔物は出てこなかった。
まもなく1日目の行程を終え、休息ポイントへと着くと安堵していたところ、御者台からロイドの鋭い声が荷台へと飛び込んできたのは、太陽が西に傾きかけた頃だった。
「上空、敵影! 速度を上げて急降下してくるぞ、鳥系だ!まだ出るなよ」
その警告と同時に、狭い馬車の中にいたガルバ、セリア、トトの3人が一瞬で戦闘態勢へと移行する。
「よし、『ワイルドホーク』だ。
セリアは荷台から出るな、ガルバは正面、俺とトトは左右の警戒! エイド、お前は後方だ。初陣だ、焦るなよ!」
ガルバが背中の大剣を引き抜きながら馬車の外へと飛び出す。俺もそれに続き、しっかりと地面を踏みしめた。
見上げれば、上空から巨大な影が猛スピードで肉薄してきている。
現れたのは、鋭い嘴とナイフのような爪を持つ鳥類の魔物、――『ワイルドホーク』。2羽がガルバたちへ向かい、そして残る1羽が、俺を明確な獲物と定めて急降下してきた。
(よし、まずはしっかり時間を稼ぐぞ。…違うなチャンスがあれば仕留める!やらなければやられる)
俺は心の中で強くそう誓いながら、腰の鞘から『新しい剣』静かに引き抜いた。
ガレンさんと訓練してから、これが初めての実戦だ。
手になじむグリップの感覚、独特の重量バランス、そして美しい刃渡り。襲いかかる怪鳥の質量を前にしても、不思議と恐怖はなかった。俺は怪鳥の突進をじっと見据える。(点で捕らえるぞ)
キィィィアアア!
ワイルドホークが風を切り、引き裂くような爪を突き出して俺の顔面へ肉薄する。
俺はガレンさんから仕込まれた『受け流し』の技術を頭の中でイメージした。力で受け止めるのではない。新しい剣の滑らかな刃の腹を使い、怪鳥の爪の軌道を滑らせるようにして、その猛烈な突進のベクトルを横へと受け流した。
『運』のおかげか空振ったワイルドホークの巨体が、慣性で俺のすぐ横へと激しく突っ込み、完全に体勢を崩す。
隙だらけになったその首筋へ、俺は新調した剣を迷わず一閃させた。
ズバッ、と小気味いい手応えと共に、新調したばかりの鋭い刃が怪鳥の強固な羽を容易く断ち切る。確かな手応えを残し、ワイルドホークは短い悲鳴を上げて地面へと沈み、ピクピクと痙攣した後に動かなくなった。
「ほう……」
隣の2羽を大剣で一刀両断にしていたガルバが、俺の立ち回りを見て感心したように低い声を漏らした。
「本当に懐の『武器』は使わなかったか、新調した剣をきっちり使いこなしてやがる。あのアドベンチャー精神に乏しいスープ屋が、上等な『いなし』じゃねえか」
「ありがとうございます。」
俺は新しい剣の血を払い、静かに鞘へと収めた。完璧な肉質を保ったまま横たわっている。
俺はバックパックから、先ほどの監査でも見せた『解体用ナイフ』を取り出した。ミスリル用砥石で完璧に研ぎ澄まされたその刃を手に、俺は仕留めたばかりのワイルドホークの前にしゃがみ込む。
(襲われた時は大きく感じたが、実際は1メートルもないな)
ここからの手際は、まさにプロの『命のマネジメント』だった。
無言でロイドも隣に座り同じように捌く準備をしていた。
ロイドを隣で見ながら見様見真似で、逆さ吊りにして迅速に行う血抜き、手際の良い羽むしり、そして関節の隙間に正確にナイフの刃を滑り込ませていく、一切の無駄がない部位ごとの切り分け。そしてスープ屋として培ってきた包丁捌きが、異世界の魔物相手にも完璧に通用していく。
「……おいおい、マジかよ」
胸肉、もも肉、手羽を完璧に仕分け、監査の際に見せていた『塩と数種類の香草類』をすり込んでいく。
せっかくだから内臓も一体分だけ持っていくことにした。
その後、3体分の解体を終え肉を詰め込み、安全なキャンプ地へと馬車を寄せ、夕方の休憩に入った。
ここからが、俺の力の発揮どころだ。
「よし、晩御飯の仕込みを始めます」
馬車に積んであった鍋をもち、トトの隣に座った。
火を熾していたトトが、呆然とした様子で俺の手元を凝視している。
「戦闘で新しい剣をスマートに使ったと思ったら、今度はその解体ナイフの手際……。お前、本当にただのスープ屋か? 肉の処理の美しさが、そこらの専門の解体業者より上だぞ」
「ギルドで教えていただいたんです。とはいえこの前は『ワイルドボア』でしたけどね」
そんな話をしながら手羽先と水を鍋に入れた。水はセリナさんが魔法で作ってくれた。
やがて、コトコトと煮込まれた鍋から、街道の冷えた空気を変えるほどの、猛烈に食欲をそそる香草と鳥肉の芳醇な香りが漂い始めた。
捌きたての新鮮な鳥魔物を贅沢に使った、特製鳥煮込みスープの完成だ。
せっかく火があるので内臓を焼こうとした。
「お前、何を焼こうとしている」
ロイドに腕を掴まれた。
「内臓ですけど、ダメですか」
「ダメだ、内臓には魔が多く含まれてる。」
「そうなんですね、知りませんでした。申し訳ありません。モモ肉を焼きますね」
「はい、どうぞ。遠征初日のディナーです」
木のお椀に盛り付け、ガルバたちに差し出す。
一口スープを口に含んだ瞬間、セリアの目が丸くなり、ガルバの手が止まった。
「――っ!? う、美味い……! 何これ、お肉がすごく柔らかくて、香草の風味が完全に臭みを消してるわ!」
「信じられん……遠征の初日に、こんなクオリティの飯が食えるとはな。エイド、お前を試験失敗にしないでおいて本当に正解だったぜ」
ガルバが豪快に笑いながら、ものすごい勢いでスープを口に運んでいく。
トトも「胃袋掴まれるってのはこういうことかぁ」と幸せそうに顔を綻ばせていた。
戦闘での新しい剣の鮮烈なお披露目。そして、解体ナイフによる完璧な調理。
胃袋を完全に掴んだことで、俺の「料理番」という役割は、鉄の牙にとって不可欠な最高のポジションとして初日にして完全に定着した。
俺たちの遠征は、これ以上ない最高のスタートを切って夜の闇へと更けていく。
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