人の形をしたもの
若干重いです。
三匹のゴブリンが、獲物を囲むように散開した。先頭の一匹が、錆びた短剣を振り回しながら跳躍する。
「ギィ、ギィッ!」
その鳴き声は、不快な金属音のように鼓膜を抉った。
(……やめろ)
俺は動けなかった。39歳の冷静な頭脳は「これは魔物だ」と理解していても、生理的な嫌悪感が足を止める。この「小さく、あまりに人間に似た姿」をした生命を、鉄の塊で切り刻むという行為に、本能が拒絶反応を示していた。
「何をボサッとしている、小僧!」
1匹目のゴブリンは老騎士が素早く倒してくれたが、その結果残りのゴブリンは警戒するように距離を測っている。
ガレンが強引に前に出る。だが、踏み込んだ右膝から「ミシリ」と不吉な音が響いた。
「ぐっ……!」
老騎士の身体が崩れる。そこへ、二匹目のゴブリンが背後から躍りかかった。
「ガレンさん!」
叫んだときには、身体が動いていた。思考を追い越す反射。俺はガレンを突き飛ばすようにして背後に庇い、同時に右手の短剣――を突き出した。
刃がゴブリンの胸元に触れた、その瞬間だった。
(――ッ!?)
脳内に、ドロリとした「負」の感情が濁流となって流れ込んできた。
『痛い、暗い、腹が減った、まだ死にたくない、憎い』
ゴブリンが死の瞬間に抱いた、生存への諦念と、永遠の眠りへの怒り、言葉にならないドロドロとした断末魔の残滓が、俺の精神を直接土足で踏み荒らしていく。
手応えは、驚くほど無かった。
抵抗も、骨を断つ感触もない。ただ、命が吸い取られ、塵となって消えていく。
最後のゴブリンは逃げていった。
逃げていくのを確認し、緊張が解けると
「誰かを終わらせた」という生々しい感覚だけが、掌から心臓へと突き刺さった。
「……う、げぇっ……」
俺はその場に膝をつき、激しく嘔吐した。
返り血一つ浴びていない無垢な刃を見つめ、昨晩ガレンに言われた「殺す」という言葉を思い出す。その言葉が、今さら心臓を直接掴まれたような衝撃となって全身を駆け巡った。
(俺は殺したのだ、命のあるものを奪ったのだ)
魔物を殺しても、生きなければならない。
だが、相手の絶望的な感情だけを押し付けられ、魂が摩耗していく。
「はじめてか……見事な手際だ。やはりお前は、天性の葬儀師だな」
膝を抱えて立ち上がるガレンの言葉が、今の俺には呪いのようにしか聞こえなかった。
もし、この短剣を「人間」に使ったなら。その時、一体どれほどの「死の瞬間の絶望」を飲み込まなければならないのか。
(人間に使うなど絶対にダメだ。冷たくさせない。)
俺は震える手で短剣を鞘に叩き込み、左のポケットにある**「一錠の白い錠剤」**を、指の形が変わるほど強く握りしめた。
「……冷たくなんて、させません」
自分でも驚くほど、枯れた声が出た。
それはガレンへの誓いというより、二度とあのおぞましい「死の流入」を味わいたくないという、俺自身の悲鳴だった。
なんだかんだで3話目です。
1週間に一度の投稿のはずが、頑張ってます。
誤字脱字あれば教えてください。




