新たな契機
本日も更新できました。時間がいつも適当ですいません。
翌朝、俺はいつも通りのルーティンをこなしていた。足首に『負荷石』を巻き、体幹トレーニングで体の「芯」を意識してから、早朝のランニングへと繰り出す。深夜の激務の疲労をルーティンで上書きしていく感覚は、不思議と心地よかった。
じっとりとした汗を拭いながら宿に戻ると、驚いたことに厨房の前で昨日の受付嬢が待っていた。普段のギルド制服姿の彼女が、朝一番で宿にまでやってくるのは明らかに異例だ。俺の姿を見つけると、彼女はパッと表情を明るくして駆け寄ってきた。
「エイドさん! 突然押し掛けてしまってすみません。でも、どうしても朝一番でお伝えしたくて……!」
「おはようございます。何か緊急の案件ですか?」
「いえ、昨日のスープです! 怪訝な顔で受け取ってしまって本当に申し訳ありませんでした。あの後、同僚の職員たちと分けていただいたのですが……全員、言葉を失いました。あの硬くて廃棄するはずのスジ肉が、あんなに柔らかく、濃厚なスープになるなんて……ギルドの調理師も『革命だ』って大騒ぎなんです!」
俺は内心で小さくガッツポーズを作った。仕掛けたお裾分けが、期待以上の成果となって彼女たちに刺さったようだ。
「それは良かったです。時間をかけて構造を崩せば、どんな素材も一級品の商品になりますから」
「はい! それで……そのエイドさんの素晴らしい手際を見込んで、ギルドから臨時の『手伝い』をお願いしたいのです。報酬はなくて、ランクの評価が上がるだけで申し訳ないのですが、実は、最近街の周辺でが慌ただしいみたいで……」
彼女の口から出たのは、近隣 や開拓村から避難してきた人々や、連日不眠不休で防衛にあたっている下位冒険者たちのために、ギルドが主催する「臨時の炊き出し」の案件だった。限られた予算と食材で、大量の人間を満足させる美味いものを作れる人員として、俺に白羽の矢が立ったのだ。
「分かりました。お受けします」
ギルド裏の広場に設置された臨時の大釜の前に立ち、俺はエプロンを締め直した。
目の前に積まれているのは、お世辞にも上質とは言えない大量の根菜と、昨夜俺が捌いたものと同質のワイルドボアの端肉や骨。骨は頼んで特別に用意してもらった。
「全員、エイドさんの指示通りに動いてください。」
「みなさん、エイドです。お願いします。
まず骨と端肉は強火で一気にアクを抜く。野菜のカットサイズは適当で大丈夫です。」
ボランティアの職員や俺みたいに呼ばれた冒険者たちに的確に仕事を割り振り、俺の指揮のもと、混沌としていた広場は瞬く間に無駄のない完璧な工場へと変貌していった。大釜からは、あのスジ肉煮込みのノウハウを応用してじっくりと火を入れる、濃厚で食欲をそそるハーブと肉の香りが広がり始める。
だが、広場に集まった避難民や冒険者たちの数は予想を超えていた。連日の緊張と疲弊のせいか、会場にはピリピリとした不穏な空気が漂っている。
「おい! なんであいつの皿の方が肉が多いんだよ! 俺たちは命がけで戦ってんだぞ!」
配給の列の端で、血走った目をした下位の冒険者が、配給係の職員に掴みかかった。ストレスの限界を迎えた人間が暴発しかけている。周囲の避難民から悲鳴が上がり、男が腰の短剣に手をかけた、その時だった。
「——おい。飯の場で無様に吠えるんじゃねえよ、三下」
地響きのような低い声とともに、圧倒的な質量を持つ巨躯が男の背後に現れた。
大剣を背負ったその男は、暴れようとした冒険者の手首を、まるで小枝でも掴むようにへし折らんばかりの力で握り潰した。久しぶりの再会となる、中央鋳造所のボルグさんだ。
「が、あぁっ!? あ、お前、……!」
「不満があるなら、俺がその薄汚い口にこの熱々のスープを鍋ごと流し込んでやろうか? あァ?」
凄まじい眼光と殺気。暴れかけていた男は一瞬で戦意を喪失し、ガタガタと震えながら列の後ろへと逃げ去っていった。広場の空気が一気に引き締まる。息を吐き、大剣の柄から手を離したボルグさんが、ニヤリと笑って俺の方を振り返った。
「よう、小僧。相変わらずシケた面して、随分と美味そうなもん作ってやがるじゃねえか」
「お久しぶりです、ボルグさん。助かりました」
「気にするな。それよりよ、お前が面白いものを作っていると聞いてな。一つ、話を通しておきたい依頼がある」
ボルグさんは俺の作ったスープを美味そうにすすりながら、声を潜めて言った。
「近々、俺たちの縄張りである『鋳造所』に最近鉱石が入ってこない。だから採掘の補助人員を増やすことになってな。魔物の動きで手一杯みたいだから、お前みたいに暇で、道具の扱いが丁寧な奴の手を借りたい。ギルドを通した指名依頼として出す。悪い話じゃねえだろ?」
「ありがとうございます。前向きに調整させていただきます」
「おう、期待してるぜ、あとスープすげぇおいしくなってたぞ」
ボルグさんとの心強いビジネスの約束が交わされた直後、さらに磨き抜かれた装備に身を包んだ男女の四人組が歩み寄ってきた。この街のもう一つの精鋭、Bランクパーティー『鉄の牙』の面々だ。彼らもまた、大釜から漂う尋常ではない匂いと、俺の盛り付けの手際に釘付けになっていた。
「おい、ボルグが絶賛するだけはあるな……。君、俺たちにもそのスープを一杯もらえるか?」
「ええ、どうぞ」
手際よく注いで手渡すと、彼らは口にした瞬間、一様に目を見開いた。
「……っ! なんだこれ、めちゃくちゃ美味いぞ!? カチカチの端肉のはずなのに、口の中でホロホロに解ける……!」
「味のベースもしっかりしてるし、ハーブの使い方が絶妙ね。長旅の疲れが一気に吹き飛ぶわ。おい君、本当にただのEランクか? これだけの料理をこの規模で出せるなんて、王都の高級宿でもそうそうないぞ」
最前線で戦う精鋭たちからの、純粋な賛辞。
「適切な比率で調理すれば、どんな素材も一級品になりますから」
「ハハッ、言うねえ。ごちそうさん、おかげで次の防衛も乗り切れそうだ!」
ボルグさんに続き、別のBランクパーティーまでもが料理の質で唸り、満足そうに戦線へと戻っていく。その光景は、広場にいた周囲の冒険者たちにも無言の衝撃を与えていた。エイドという男の「価値」が、実力者たちの間で完全に共有された瞬間だった。
炊き出しのオペレーションは一件の遅滞もなく完璧に終了した。
一息ついた俺の元へ、先ほどの受付嬢が血相を変えて走ってきた。
「エイドさん、お疲れ様です! 本当に素晴らしい料理でした。……ですが、休む間もなく申し訳ありません。今すぐ、最上階のギルド長室へお越しください。ギルド長が直々にお待ちです」
「ギルド長が、ですか?」
いよいよインバウンドの本命が来たか。俺はエプロンを外し、髪を整えてから最上階へと向かった。
重厚な扉を開けた先、広い執務室のデスクに座っていたのは、全身からただ者ではない威圧感を放つ老人——ギルド長だった。彼は部屋に入ってきた俺を、鷹のような鋭い一瞥で射抜いた。
「お前がエイドか。噂は聞いている。『吸血針蝿』の『傷一つない完璧な納品』、昨夜の『ワイルドボア6体の解体』、さらに今日の炊き出しにおける『手腕』……どれも並のEランク冒険者ができる仕事ではない」
「過分なお言葉、恐縮です」
「謙遜は要らん。率直に言おう。お前を、Dランクへの昇格試験に推薦する」
ギルド長はデスクの上に、一枚の黒い書状を置いた。
「お前のその『技術』は、Dランクにふさわしい実力だ。受けるか?」
Dランクへの昇格。それは、さらに高単価な依頼へのアクセス権と、ギルド内でのポジションを意味する。資本を拡大し、ガレンさんの「足」としての目的を果たすための、これ以上ないショートカットだ。
「喜んで、お受けします」
俺は、次なる試験、そして確実に近づきつつある激動の数字を計算しながら、静かに頭を下げた。
誤字脱字、因果関係のおかしなとこあれば教えてください。
感想お待ちしてます。
あと一回頑張れたら更新します。




