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因果のスープ

なんとかできました。

深夜に及ぶワイルドボアの解体作業を終え、泥のように眠りについたはずだった。

 しかし、翌朝、東の空が白み始めるのと同時に、俺の目はすっきりと覚醒した。トレーニングが日課となっている今では起床時間は異世界の過酷な労働環境下でも狂うことはない。それどころか、連日の『負荷石』訓練のおかげか、短時間の睡眠でも肉体が深く回復している明確な実感があった。

 俺は痛む筋肉を心地よく感じながら、ルーティン通り足首に『負荷石』を巻き、先に体幹トレーニングをこなし、早朝のランニングへと出発した。

 ただ走るだけでは時間がもったいない。俺はランニングのルートを少し変更し、活気づき始めた早朝の朝市へと足を向けた。手元にある潤沢な銀貨26枚から数枚を崩し、市場を鋭い視線で物色する。

 目的は、昨夜手に入れたあの硬い「スジ肉」のポテンシャルを最大限に引き出すための、臭み消しのハーブと数種類の香味野菜だ。

 食材の特徴もわからないため、八百屋のおっちゃんに相談しながら必要な食材を的確に買い出す。それらを背嚢に詰め、負荷石の重みを足首に感じながら、俺は再び宿へと走り去った。買い出しをランニングのついでにこなす——我ながら完璧な朝のスタートだった。

 宿に戻った俺は、さっそく女将さんに厨房のレンタルを交渉した。

「女将さん、昨夜ギルドの余り物でもらった肉を使って、少し新しい調理法の実験をしたいのです。午前中の数時間、厨房の片隅をお借りしてもよろしいですか? もちろん、上手くいったら最初に試食していただきたいと考えています」

「あら、エイドさん。厨房を使うのは構わないけど……あれって、ギルドで廃棄されるカチカチのスジ肉でしょ? 煮ても焼いてもゴムみたいで食えたもんじゃないって、うちの仕入れ先も言ってたわよ?

あと臭いは気をつけてね。」

「承知しました。まぁ見ていてください。」

 俺は確信を得ていたので不敵に微笑んだ。

 こちらの世界の人間は、コラーゲンが加熱によってゼラチンへと糖化変性する理論を知らない。強火で一気に沸騰させ、硬く縮こまった段階で「食えないゴミ」だと判断しているのだ。

 俺は新調した『料理用包丁』で香味野菜を刻み、スジ肉を丁寧に下茹でして一度アクと余分な脂を捨てる。そこから、買ってきたハーブと野菜を絶妙な比率で投入し、驚くほどの弱火でじっくりと煮込み始めた。

 数時間が経過した頃、厨房にはこちらの世界では嗅いだことのない、濃厚でどこか甘やかさすら感じる、肉とハーブの極上の香りが立ち込め始めていた。様子を見に来た女将さんが、その匂いだけで信じられないといった風に目を丸くしている。

 鍋の火を止め、小さな器に澄んだ琥珀色のスープと、驚くほど縮んでホロホロになったスジ肉を盛り付けた。

「お待たせしました。試作品です」

「え……っ、これが、あのゴムみたいなスジ肉なの……!?」

 女将さんが恐る恐るスプーンを口に運ぶ。次の瞬間、彼女の目が見開かれた。

「嘘……! 噛まなくても、お肉が口の中で解けていくわ……! それにこのスープ、信じられないくらい濃厚で、深いコクがある……!」

「じっくり時間をかければ、廃棄物も一級品の商品(に化けるという証明ですね」

 上客としてのポジションをさらに強固にする素晴らしいプレゼンだった。俺は女将さんから木製の容器2つ借りて、帰ってきてから飲むスープを鍋に残し残りのスープをしっかりと木製の容器に詰め、ギルドの訓練室へと向かった。

 昼過ぎ、ギルドに行き昨日の受付嬢にスープを手渡した。怪訝な顔をしていたがなんとか受け取ってもらえた。

ギルドの中を進み訓練室の扉を開けると、ガレンさんは木剣を片手に床に座り込んでいた。

「ガレンさん、昨日の成果への配当です。どうぞ」

 俺が差し出した容器を受け取り、蓋を開けた瞬間、ガレンさんの鼻腔がピクリと動いた。

「あァ? なんだこの美味そうな匂いは。小僧、お前またどこかの高級宿の厨房にでも忍び込んだか?」

「いえ、昨夜のワイルドボアの解体時に、ゴミとして廃棄されそうになっていた『スジ肉』です」

「……あの硬えスジだと?」

 ガレンさんは疑わしそうな目を向けながらも、容器からスープと肉を口に運んだ。

 直後、彼の動きが完全に止まった。

「……おい。これ、本当にあのワイルドボアの、あの部位か?」

「ええ。適切な比率で味を入れ、時間をかけて構造を崩せば、これだけの価値を生み出せます。もし売ることができれば、仕入れ値は野菜のみです。純利益は計り知れません」

 ガレンさんは驚愕を隠せない様子で、しかし獰猛な笑みを浮かべながらスープを飲み干した。

「ハッ、お前という奴は……これはいつものスープと違い、お前の味なのだろう。

(ようやくスキルを受け入れたか、やりたいことと上手く合わさったな)」

 美味そうに食うガレンさんの姿を見ながら、俺は自分の右手をそっと握りしめた。

(これで調理スキル初級を自分のスキルと胸を張って言える。盗んだスキルだと自分を卑下するのはやめよう。)


その後はガレンさんにしっかりと鍛えてもらった。


 昨日から深夜にかけての依頼と猛烈な解体作業、そして今朝の負荷石ランニングとトレーニング、肉体を限界まで追い込み、休ませ、そして帰宅後にこの極上のスープを自らも口にしたことで、体の中に明確な「変化」が起きていた。

(……温かい)

 胃の腑のあたりから、これまでの筋肉の熱とは違う、澄んだ、しかし力強いエネルギーの奔流が全身の血管を巡る感覚。

 ガレンさんが言っていた、「負荷石が魔力を吸う」という言葉の意味が、今ならわかる。激しい肉体労働を経て空っぽになった俺の肉体に、初めて『魔力の流れ』がクリアな形として定着し始めていた。

 手元の銀貨は26枚。そして、廃棄食材を使う独自の食材調達ルート

 この世界でも、やっていける手がかりが掴めた。

だがあくまで手段に過ぎない、今の目的はガレンの足になることなのだから。

誤字脱字や前後の因果に、おかしいことあれば教えてください。

あと感想もお待ちしてます。

明日は更新お休み予定です

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