裏方の指名案件
依頼の続きです。すぐに更新しました。
俺は銀貨の袋をしっかりと握り締めた。
そのままギルドを後にするのではなく、泥を払って地下の訓練室へと向かう。この成果を出せたのは、あの理不尽なメニューで俺の軸を固定してくれたガレンさんの指導があったからこそだ。成果の報告は、ビジネスパートナーに対する最低限の礼儀でもある。
重い木扉を開けると、ガレンさんは相変わらず不機嫌そうな顔で、壁に背を預けて鉄剣をいじっていた。俺が歩み寄り、チャリリ、と音を立てて銀貨の袋を見せると、彼は片眉をピクリと跳ね上げた。
「……フン、仕留めてきたようだな」
「はい。ガレンさんの見立て通り、私の技術を売るには絶好の市場でした。無傷の5匹に加え、予備の1匹もボーナスがつき、銀貨12枚です」
「木の実を突くよりは、多少マシな手応えだったろ」
「ええ。おかげさまで、狙った一点に剣先を『置く』感覚が、実戦でも狂わずに機能しました。これで手元は22枚。活動限界を数日分、後ろに押し戻すことができました」
ガレンさんは鼻で笑い、「少しは算盤以外の地力がついてきたか」と呟いた。
二人の間でそんな報告を交わしていると、訓練室の扉が勢いよく開き、バタバタと慌ただしい足音が響いた。振り返ると、先ほどカウンターで報酬をくれたはずの受付嬢が、少し息を切らせてこちらへ走ってくるところだった。ギルド職員がわざわざ地下の訓練室まで降りてくるのは、明らかに異例の事態だ。
「エイドさん、ここにいらしたんですね! よかった……今から臨時の、バックヤードのお仕事を手伝っていただけませんか?」
「私に、ですか?」
彼女が提示したのは、他の冒険者が狩ってそのまま持ち込んだという、動物型魔物『ワイルドボア(野生豚)』の未解体の死体だった。今日は多くの冒険者が普段より魔物を狩れたらしく。ギルドの専門職員だけでは捌ききれず、解体場がパンクしかけているのだという。
「さきほどエイドさんが納品されたブラッド・ニードルがあまりにも見事でしたので……刃物の扱いが丁寧なあなたなら、急ぎの解体作業も任せられるのではないかと。もちろん報酬は出ますし、ギルドのベテラン職員から動物型魔物の構造と解体手順を直接教えてもらえるように手配します!」
おいおい、と隣でガレンさんが不敵にニヤリと笑った。
「新入りの小僧が、早くもバックヤードの指名とは恐れ入る。だがな小僧、解体手順を直に学べるなら、今の段階としちゃ悪くない。行ってこい」
「はい。喜んでお受けします」
ギルドの裏手にある薄暗い解体場へと足を踏み入れる。
大きな木机の上に横たわっていたのは、どっしりとした質量を持つ一頭のワイルドボアだった。ゴブリンのような人型でもなく、蝿のような虫でもない、四足獣の生々しい肉体。まだ微かに残る体温、独特の獣臭、分厚い皮。一瞬、現代人としての忌避感が脳裏を過ったが、俺はそれを押し込めた。これは命の残滓であると同時に、俺の事業を支える「素材」だ。
「よし、新入り。まずは皮の剥ぎ方からだ。刃を入れる角度を間違えると、せっかくの毛皮の商品価値が落ちるからな」
エプロンをつけた頑固そうなベテラン職員の指導のもと、俺は『解体用ナイフ』を抜いた。
驚くほど滑らかに、刃が肉と皮の隙間へと吸い込まれていく。料理用包丁とは違い、肉や筋を断つために計算されたその刃の走りに、俺は道具の購入が正解だったと確信した。
皮、脂、肉、骨。それらが完璧な比率と構造で組み合わさった一つのシステム。全体の構造を正確に把握する集中力を解体に集中させた。関節の「中心の点」を見極め、最小限の力でナイフを滑らせていく。
「ほう……初めてにしちゃあ、随分と筋が良いな。無駄に肉を傷つけねえし、刃の入れ方に迷いがないな」
職員の言葉に小さく会釈しながら、俺は作業の手を止めなかった。手解きを受けながら「商品」へと切り分けていく。
一通りの解体が終わり、毛皮と肉が綺麗に仕分けられた。
その後も手解きを受けながら2体さばき、その後は1人で4体捌くことができた。気付けば夕方から始めた作業も深夜に近づいていた。
指導してくれた職員も、様子を見に来た受付嬢も、初挑戦とは思えない仕事ぶりに目を見張っていた。
「素晴らしいです、エイドさん。これほど綺麗な状態なら、臨時の報酬として銀貨4枚をお支払いできます」
「ありがとうございます。……それと、一つご相談があるのですが」
俺は切り分けられた肉の端、骨の周りに残された、白く硬い「スジ肉」の塊を指差した。この世界では、硬くてとても食えたものではないと、そのまま廃棄処分される部位だ。
「あそこに集められているスジ肉ですが、もし処分するだけなら、報酬の他に、余り物として私が頂いていくことは可能でしょうか?」
「え? あんな硬い部位をですか? 煮ても焼いてもゴムみたいで、とても食べられませんよ?」
「ええ、少し試してみたい調理法がありまして。構いませんか?」
「ええ、廃棄するだけのものですから、お好きなだけどうぞ。ランクアップできるように私からギルド長に掛け合ってみますね」
「ありがとうございます。良い指導を受けたおかげですかね」
俺が微笑むと、彼女は感心したように頷き、木箱から銀貨を取り出した。
銀貨4枚の報酬に加え、俺はズシリと重いスジ肉の塊を鞄へと収めた。じっくりと時間をかけて煮込み、適切な比率で味を入れれば、これほど美味な食材はない。周囲が価値を認めないブルーオーシャンから、独自の利益を掠め取る。
手に入れた銀貨はこれで26枚。
明日は女将さんに頼み厨房を貸してもらおう。宿の厨房で作る「極上の煮込み料理」の算段を立てながら、銀貨の袋をしっかりと握り締めた。
誤字脱字や前後の因果に違和感あれば教えてください。
あと1話がんばります。




