報酬の重みと、届かぬ一歩
更新しちゃいました。なんとか20話です。
「帰るまでが遠足」とはよく言ったものだ。
俺は鞄の重みを肩で感じながら、一歩一歩、確実に街への道を戻っていた。門番の言葉通り、命を諦めなかったことで手に入れた「魔石」と、採取された「月見草」。これらは今の俺にとって、単なる素材ではなく、明日を生きるための貴重な「金」そのものだった。
幸い、帰り道に波乱はなかった。
門をくぐり、詰所にいたあの門番に軽く会釈をする。彼は驚いたように目を見開き、それからニカッと笑って親指を立てた。その仕草に、この日一番の安堵を感じていた。緊張の糸が切れたのか疲れが押し寄せてきた。
ギルドのカウンターに辿り着くと、忙しそうな受付嬢が俺を迎えた。
「指名依頼の件ですね。拝見します」
俺が丁寧に梱包した月見草を取り出すと、彼女の動きが止まった。周囲にいた数人の冒険者たちも、その瑞々しい輝きに視線を向ける。
「……これは、素晴らしい。根元の保湿も、露草による魔力安定も完璧です。親株を傷つけずにこれほど質の良い子株を揃えるのは、熟練の採取家でも容易ではありませんよ」
「採取の仕方を教えていただいたからです、ありがとうございました。」
提示された報酬は、約束通りの銀貨5枚と、琥珀色の液体が揺れる「下級回復薬ポーション」一本。さらに、ゴブリンから回収した3つの魔石は、俺の「運」が作用したのか、平均よりも僅かに透明度が高く、追加で銀貨3枚の換金となった。
(銀貨8枚とポーション。これが、今日の俺の『純利益』か)
昨日の状態から一転、手元にはズシリとした重みが残る。現実的な感覚が、この数字の価値を正確に計上し、胸の奥で小さな高揚感が弾けた。
その足で、俺はギルド併設の訓練室へと向かった。
扉を開けた瞬間、熱気とともに、ガレンの怒号が響いてくる。
「腰が浮いている! それではただの踊りだ、若造!」
そこには、額に青筋を立てて座り込むガレンと、その前で息を切らして立ち尽くす数人の若手冒険者たちがいた。ガレンが訓練していたのは、実力過信で話を聞かない、教育効率の極めて悪い問題児ばかりだったようだ。
「……戻ったか、小僧」
俺の姿を認めたガレンが、忌々しげに、だがどこか安堵したように鼻を鳴らした。
「無事に採取は終わりました。報酬もこの通りです」
「フン、なんとかなったようだな。」
ガレンは、今日鍛えた中でも最もマシな動きをしていた軽戦士の若手を呼び寄せた。
「こいつの相手をしろ。実戦の熱が残っているうちに、体に叩き込むぞ」
模擬戦。相手の若手は、エイドのような「初心者」を相手にすることに露骨な不満を隠そうともせず、細身の剣を構えた。
(あいつは、俺のことを勇者気取りと馬鹿にしてた奴だな。今は疲れていて絶対に勝てない)
「いま、依頼を終えたばかりなのに模擬戦をするのですか。」
「魔物はお前の都合など待ってくれないぞ、いいから構えろ」
ガレンは木剣を投げ渡した。
受け取ったと思ったらすぐに、冒険者は向かってきた。
「さっさと終わらせてやるよ、勇者気取り」
若手の攻撃は鋭かった。速度に自信があるのか、繰り出されるのは執拗な「突き」の連打。
(受け流すことができない。弾くのが精一杯だ、焦るな、全体を見るぞ)
相手の剣先ではなく、その「肩」と「視線」に集中させた。突きが放たれる直前、肩が僅かに内側に入る。視線が俺の胸元に固定される。
「線で追うな、点だけを見ろ!」
ガレンの声が飛ぶ。
俺は呼吸を整え、相手との間を開ける。
突進してくる剣先。その「点」が俺の領域に侵入する瞬間、俺は鉄剣の腹を、相手の剣の側面に「置いた」
カッと木の音がなる。
力で押し返すのではない。突き進もうとする相手のエネルギーの頂点に、ほんの少しの角度を与えるだけだ。
「なっ……!?」
空を切った若手の剣が、俺の脇をすり抜けていく。
相手が体勢を崩したその隙間。俺は、今日ゴブリンを仕留めた時と同じ感覚で、静かに一歩踏み出した。
剣先を、相手の喉元へ「置く」。
そこには、運だけではない、自らの意志で手繰り寄せた「勝利」の予感があった。
だが、現実は甘くない。
俺が踏み込んだその瞬間、若手の冒険者が屈辱に顔を歪め、無理やり体を捻った。
「ふざけるな、勇者気取りがッ!」
彼は体勢を崩しながらも、空いた左拳を俺の腹部へと叩き込んできた。
技術も何もない、ただの泥臭い一撃。しかし、自己研鑽を始めたばかりで筋力に乏しい俺の体は、その一発であっけなく「ハの字」に折れ曲がった。
「ぐっ、あ……」
肺から空気が押し出され、視界が火花を散らす。
俺の剣先が喉元から逸れた隙を、若手は見逃さなかった。彼は強引に立て直した足首のバネを使い、至近距離から二の太刀を突き出す。
今度は「点」を捉える余裕などなかった。
鈍い音とともに、訓練用の木剣が俺の肩口を激しく叩き、俺の体は無様に地面へと転がった。
「……そこまでだ」
ガレンの低い声が響き、模擬戦は終了した。
地面に這いつくばり、泥の味を噛み締めながら、俺は荒い息を吐き出す。
勝てたはずだった。いや、勝てる「形」は作れていた。だが、最後の一歩で自らの肉体的な地力の差が出た。
「はぁ、はぁ……負け、ました……」
情けない声が出る。今日の喜びも束の間、今は苦痛で笑顔は無残に剥がれ落ちていた。
若手の冒険者は、勝ったにもかかわらず苦々しい表情で俺を見下ろし、吐き捨てるようにその場を去っていった。一度は喉元を取られたという事実が、彼にとっても消えない屈辱だったのだろう。
「立て、小僧」
ガレンが歩み寄り、俺の前に無造作に手を差し出した。
「形は悪くなかった。実力が伴っていないのは理解したな。だが勝てなかったのは別の理由だ。
いつもお前は口ではカッコいいことを言っているが覚悟がない。門番にも言われたのではないのか、訓練だと思って油断もしていただろう。」
「…。」
負けた。完敗だ。無様な負け方だ。覚悟不足。
俺は相手を舐めていた。
手の中にある銀貨8枚の重み、そして今、全身を支配しているこの鋭い痛み。
それらすべてが、この残酷な因果で回る世界における、俺の「現在地」を教えてくれている。
俺は立ち上がり泥を払い、再び前を見据えた。
(後ろ向きの思考なんてしても、解決しない。)
自己研鑽も覚悟も足りない。この敗北を経て、より具体的な「飢え」へと変わっていた。明日からは、筋力も、持久力も、もっと貪欲に積み上げなければならない。
(……ようやく、長い一日が終わったな)
俺はガレンに深く頭を下げ、重い足取りで、だが確かな足取りで、宿へと向かった。
読んでいてくださる方ありがとうございます。
エイドが実力で勝つ日をもうしばらくお待ちください。




