歪んだ指名
できました。物語りの進むスピードがゆっくりで申し訳ありません。
宿の部屋で、俺は手元の銀貨一枚を眺めていた。
昨日の収益、銀貨一枚。ここから宿代はまとめて払っているにしても、食事代や準備を考えるとこれは「完全な赤字」一歩手前の経営状態である。
(金貨3枚……このペースでは、一体何年かかる?)
焦燥感を打ち消すように、俺は深く呼吸を整え、硬くなった筋肉を解きほぐすためのストレッチを始めた。
そこへ、部屋の扉が乱暴に叩かれた。
「小僧、いるか。やることが終わったらギルドへ行くぞ」
ガレンだ。相変わらずの無愛想な声だが、どこか急き立てるような響きがあった。
「日課を終えたら合流します。少し時間がかかりますがギルド前で待っていてください」
2時間後、ギルド前で合流したガレンは、不機嫌そうに鼻にシワを寄せて舌打ちを漏らした。
「……お前、昨日納品したあの薬草の場所、正確に覚えているか?」
「覚えているか、と言われましても。なんとなく茂みの奥が気になっただけで……。一緒にいたガレンさんの方が場所を覚えているんじゃないですか。プロなんだし」
「薬草なんぞの場所をいちいち覚えているか。俺が覚えるのは逃げ道と殺し場だけだ。……いいか、実はギルドの受付が血相を変えてお前を探している」
「えっ。もしかして何か不備ですか。あ、もしかして毒草が混ざっていたとか」
「それなら今頃衛兵が来ている。……とにかく中に入れ」
そんな不安を抱えながらギルドに入っていく。ギルドのカウンターでは、昨日とは打って変わって、受付嬢が身を乗り出して俺を待っていた。
「エイドさん! お待ちしていました。昨日納品いただいた『月見草』、あれは極上品でした。ちょうど王都の熟練錬金術師から至急の調達依頼が入っていたところで……。ぜひ、同じ場所でもう一度採取をお願いしたいんです。これは、あなたへの『指名依頼』です」
提示された報酬は、銀貨5枚。そして、副賞として「下級回復薬ポーション」が一本。
今の俺にとって、ボロボロの肉体を癒やすポーションは、現金以上の価値がある。
「僕の一存では……」
俺はガレンを振り返った。だが、彼は突き放すように肩をすくめる。
「指名だと?
(お前、まさか『持って』いるのか。)
俺に聞くな。自分の判断で決めろ」
ガレンが忌々しげに、だがどこか羨望の混じったような視線を俺に向けた。
(……指名依頼、か)
本来喜ぶべきことだが、今のこれは俺の技術に対する評価ではない。俺が全振りした「運30」というパラメータが、無理やり王都の需要と俺の行動をこじつけ、指名という形に変換して俺の元へ放り投げたのだ。
ガレンとエイドは知る由もないだろう。
彼がどれほど腕を磨き、死線を越えても、なぜか報酬に見合わぬ窮地ばかりを引き寄せてしまう理由を。彼が「世の中は非情だ」と断じるその裏で、彼自身が「悪運50」という底なしの負の因果を背負っていることを。
そして、その因果の濁流を、エイドの持つ歪な「幸運」が無理やり捻じ曲げてしまったことを。
「……承知いたしました。お引き受けします」
(依頼を受けるのはこれで2回目。だが、自分の名前が載った依頼書はこれが初めてだ)
俺は震える指先を隠しながら、依頼書にサインした。
これが幸運の呼び水か、それともさらなる因果の歪みを招く罠か。今は考えるだけ無駄だ。今後のことを考えると提示された条件が良ければ乗るしかない。
「さて、準備を……」
「ああ、俺は今日はギルドの訓練室で若造どもの教官を任された。(遊ぶ金もないしな)とにかく、今日の依頼はお前一人でこなせ」
「えっ、一緒に来ていただけないんですか? 昨日、一人で外に出るのは甘くないって言ったばかりじゃないですか」
「不安なら断ってもいいんだぞ。指名を蹴る『無能』としてギルドに名を刻むだけだ」
ガレンの言葉は冷たいが、その目は俺の覚悟を試しているようだった。
一人での探索。護衛なし。今の俺の筋力は「0」で、剣をまともに振ることもできない。だが、銀貨5枚とポーションという「資本」は、今の俺が喉から手が出るほど欲しいものだ。
「……分かりました。ガレンさん、訓練室の仕事、頑張ってください。若手に怪我させないように」
「……抜かせ。死ぬんじゃないぞ、小僧。俺の酒がまずくなる。」
ガレンはどす黒い、不吉なオーラを纏いながら訓練室へ消えていった。
一度は門へ向かおうとした足を止め、俺は再びギルドのカウンターへと引き返した。
指名依頼という高揚感に浮かされて、最も重要な「手段と目的」の確認を疎かにするところだった。
「すみません、もう一度いいでしょうか」
戻ってきた俺に、受付嬢は不思議そうな顔をした。
「はい、エイドさん。何か忘れ物ですか?」
「いえ、月見草の『正しい採取方法』について、改めて詳細を伺いたくて。昨日の納品分は運良く質が良かったようですが、実は独学……というか、人から『それは草刈りだ』と叱られたばかりでして」
俺の言葉に、受付嬢はあっと声を上げ、納得したように頷いた。
「素晴らしい心がけですね! 確かに月見草は非常に繊細なんです。ただ引っこ抜くだけでは、根の魔力が霧散してランクが落ちてしまいますし、群生地を枯らしてしまう原因にもなりますから」
彼女はカウンターの下から一冊の古びた図解を取り出し、指でなぞりながら説明を始めた。
「コツは三つです。一つ、根元の土を少し広めに残して掘り起こすこと。二つ、周囲に生えている『露草』を数本一緒に束ねて持ち帰ること。露草が月見草の魔力を安定させる緩衝材になるんです。そして三つ目——」
彼女は真剣な表情で俺を見つめた。
「**『一番大きな親株には絶対に手を触れないこと』**です。親株を失えば、その場所には二度と月見草は育ちません。採取は、周囲に寄り添う子株だけ。それがこのギルドで『採取』と呼ばれる仕事のルールです」
「……なるほど。(親株を採取していたら今ごろは指摘を受けていたな。運が良かった。)
持続可能な収穫、ということですね」
俺は深く頷いた。目先の利益のために資源を枯渇させては、次の商売に繋がらない。
「ありがとうございます。助かりました」
「いいえ! 指名してくださった錬金術師様も、そういった『作法』を守る採取者を好まれます。頑張ってくださいね、エイドさん」
背中に受付嬢の応援を受けながら、俺は今度こそ門へと歩き出した。
頭の中で「土の残し方」と「露草との結束」を何度もシミュレートする。筋力はない、戦闘もできない。だが、教わった「手順」を完璧におぼえよう。
あとは、あの群生地まで無事に辿り着けるか。
俺は腰の鉄剣の柄にそっと手を置き、自分の「運」が、どうか平和な道筋を描いてくれるよう祈った。
門を抜ける風が、昨日より冷たく感じる。
ガレンという、理不尽なまでの強さを持つ「盾」はもういない。
これまでの二日間の教えと、この不気味な「因果の歪み」だけを頼りに、俺は初めて独りで未知の戦場へと踏み出した。
明日は更新できないと思います。
初めて確認したらブックマークしてくださった方がいらっしゃいました。ありがとうございます。実はまだ1人です。ほんとに嬉しいです。
感想もお待ちしてます。




