『いのち』の選別
更新日付が超えてしまいごめんなさい。
街の外に出た初日。俺は自分の見通しの甘さを呪っていた。
門をくぐり、ガレンの歩調に合わせて歩き始めて数時間。舗装されていない獣道を進むだけで、18歳の肉体は悲鳴を上げた。目的地に辿り着く頃には、膝は笑い、視界はチカチカと明滅している。
(今までの旅はこちらのペースに合わされていたということか、くやしいな)
「……さて。まずはその辺の小鬼でも捌いてみろ」
ガレンが指差した先には、一匹の魔物がいた。第2話で対峙した時よりも弱そうな個体だ。だが、俺は剣を抜こうとして——そのあまりの重さに戦慄した。
(——振れない)
鞘から引き抜くことすら、今の俺には大仕事だった。筋力にポイントを振らなかった「0」の代償。剣身は鉛のように重く、構えを維持するだけで腕が激しく震える。狙いを定めるどころか、まともに保持することすらままならない。
「……話にならんな」
背後から飛んできたガレンの声には、怒りすらこもっていなかった。ただ、使い物にならない道具を捨てる時のような、冷徹な無関心。冷ややかな声が突き刺さり、ガレンの声をする方に顔をあげた時にはガレンはおらず。ガレンを確認できた時にはゴブリンはすでに殺されていた。
昨日まで「運」への投資に満足していた自分が、急激に色褪せて見えた。どんなに強運を引き寄せようと、それを形にするための「腕」がなければ、ただの死に損ないだ。
俺は初日の探索を、一太刀も振れぬまま、ガレンの「荷物」として引きずられるようにして終えた。
翌朝。俺は朝日が街の輪郭を照らし出す前に宿を出て、外壁沿いの道を走り始めていた。
「はぁ……はぁ……、こんなことでは負けられない。」
肺を焼くような熱さを、かつての激務の記憶でねじ伏せる。どれほどスキルを持っていようと、それを支える足腰や体力がなければ、意味がない」
集合場所に行くと、ガレンが待っていた。俺の惨状を一瞥し、鼻で鳴らす。
「朝から走り込みか、関心だな。
しかしそんな付け焼き刃で生き残れるほど、外は甘くないと言ったはずだ。お前の心臓は、まだ戦う準備ができていない」
「……ええ、骨身に沁みています」
そのまま俺たちは二日目の探索へと踏み出した。ガレンから教わったのは、サバイバルの基礎……特に「素材採取」と「命の始末」についてだった。
「いいかエイド。魔物を倒して解体すれば『資源』になる。だが、ミゼリコルファで刺せば魂ごと灰になり、何も残らん。金が欲しければ泥臭くナイフを振るえ」
さらにガレンは、この短剣がもたらす「汚れ」についても語った。知性のない獣型なら感情は流れん。だが、知性ある人型を刺せば、その断末魔の感情がお前の中に逆流する。ミゼリコルファは死を受け入れたものにしか刺さらない。受け入れていないものには無意味だ。
俺は黙って頷き、ガレンの歩調についていく。筋力も技巧も「0」の今の俺には、まともな戦闘など不可能だ。だからこそ、俺は「運30」を別のベクトルに注ぎ込んだ。
「ガレンさん、あそこ……何かありますね」
俺がなんとなく指差した茂みの陰。そこには、ガレンですら数株見つかれば御の字だと言っていた希少な薬草が、不自然なほど群生していた。
「ほぅ。……鼻が利くどころの話じゃないな、お前は」
ガレンの呆れたような視線。俺は「偶然ですよ」と笑って誤魔化した。これが運30の「実益」だ。戦わずして、効率的に利益を上げる。
「採取してみろ」とガレンがナイフを渡してきた。
ナイフを受け取り、採取をしてみる。
「それは採取とは言わん。お前のやっているのは草刈りというのだ。
採取とは次の芽をつまず、今必要な分をいただくことだ。」
(俺は何もしらないんだな、ほんとに)
おもわず、服の中にある錠剤を無意識に触っていた。
薬草を背負い、再び歩きながら、俺はこれまでのことを分析していた。自分にできること、過去での出来事を教訓とすること。
まだスキルポイントすら知らなかったあの時、なぜ俺は格上のゴブリンを灰にできたのか。
(……ああ、そうか。あの時の俺が凄かったんじゃない)
思い返せば、あの時のゴブリンは、俺を見ていなかった。
俺の背後にいた、体制を崩したガレンを見ていたのだ。
ガレンはわざと隙を見せて、襲わせた。ゴブリンが飛びかかった瞬間にガレンが放った圧倒的な殺気が、ゴブリンに退路をなくさせ、死を悟らせ、強制的に『死』を受け入れさせていた。ミゼリコルファは死を受け入れた者に届く刃。俺はただ、ガレンが作り出した絶望の舞台で、隙だらけの獲物を突いただけだったのだ。
(甘えてられないな……)
次はガレンさんの圧に頼るわけにはいかない。自力で相手を追い詰め、死を自覚させるだけの力が要る。
宿に戻った俺は、疲れ切った体に鞭打ち、部屋の隅でスクワットを開始した。
ふと窓の外を見ると、通りを歩くガレンと目が合ったような気がした。彼は立ち止まることなく去っていった。
(金貨のことは、後回しだ。余計なことを考えずに目の前のことと向き合おう)
筋肉の震えは、そのまま明日への足場になる。
18歳の肉体に鞭をいれ、明日に足掻く。
明日もこのぐらいの時間までには更新します。




